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林業試験場

ニホンアカズヒラタハバチ

ニホンアカズヒラタハバチ

写真1 老齢幼虫、体長14mm、1995/6/27。

写真2 老齢幼虫、体長14mm、1995/7/11。

写真3 卵、長さ2.5mm、1995/6/27。

写真4 雄成虫、体長12mm、1995/6/27。

写真5 雌成虫、体長15mm、1995/6/27。


写真1~5 支笏湖周辺のカラマツ林で1995年に多発した個体群を撮影。

被害の特徴
樹 種 カラマツ属、マツ属(ストローブマツなど)。
部 位 葉。
時 期 7月~8月(幼虫加害時期)。
状 態 葉がなくなり、枝上に粗く糸がかかる。 幼虫や幼虫脱皮殻がみられる。蛹や蛹殻はない。
被害木下にある虫糞は細長く、長さは直径の2倍以上(針葉樹を食べるハバチ亜目の特徴)。夏から翌春までは土中に幼虫や前蛹がいる。繭は作らない。
幼 虫 体長最大約25mm。胸腹部は鮮やかな黄緑色、頭部は淡い褐色、尾端はオレンジ色に縁取られる(写真1~2)。ときに前胸背面が黒い。
ヒラタハバチ科では腹脚がなく、腹部先端節の両側に細長い突起を持ち、触角と胸脚は細長い。 ハバチ亜目では眼(側単眼)は左右に各1個、脱皮殻は頭部から腹部までつながり、頭部が縦中央で割れる。
注) 北海道ではカラマツ属やマツ属を食べるヒラタハバチ科が数種知られているが、幼虫の色彩と巣の状態で区別できる。

 1928年に新種として発表されて以来、近年まで本州でのみ生息が確認されてきた。ところが、1994年に初めての被害が北海道で確認され、道内に生息することが明らかになった(文献1995、1997b)。このため、本州からの侵入種と考えられる(文献1996、1997b参照)。ただし、マツ属も宿主とするため在来種の可能性が残る(文献1997b)。


和名  ニホンアカズヒラタハバチ(文献1930)

学名 命名者・年   Acantholyda nipponica Yano and Sato, 1928

分類  ハチ目(膜翅目)Hymenoptera、ハバチ亜目(広腰亜目)Symphyta、ヒラタハバチ科Pamphiliidae


形態  幼虫は上述の通り(詳細は文献2005)。成虫(写真5~6)は体長10~16mm、黒色で青い光沢があり、雌では頭部が橙色;オオアカズヒラタハバチCephalcia issikiiに似るが、Acantholyda属は前脚に先端だけでなくとその前にも刺がある点でCephalcia属から区別できる(詳細は文献1997b、2001)。

寄主  アカマツ・クロマツ・ストローブマツ・ハイマツ・カラマツ(文献2001)。

生態  年1回発生、成虫は6月上中旬に出現し、短枝葉の葉に1個ずつ卵を産む;幼虫は単独性で、糸を吐いて作った巣内を移動しながら、短枝葉を切りとって食べる;8月中には食葉を終え、落下して土中にもぐり、土室を造ってその中で越冬する(文献1996)。前蛹にならず幼虫のまま越冬する個体がかなりあり、次の年も土中にとどまる。いつ成虫になるかは不明。なお、前蛹は蛹になりかかった幼虫のことで、動きが鈍く、幼虫の頭部の皮膚の下にある蛹の目が透けて見える。天敵として糸状菌の1種、ヤドリバエ科の1種(ともに種不明)が観察されている(文献1999)。

分布  北海道・本州(文献2001)。道内では苫小牧・千歳で採集されており(文献1997b)、他に江別・札幌・恵庭で被害記録がある(文献1997aなど)。今のところ他地域では未確認である(文献2010)。

被害観察地域 (樹木害虫発生統計資料に基づく)

被害  本州では古くからマツ属の害虫とされてきたが(文献1937、1980)、被害記録はないようである(文献1960、1997b参照)。
 北海道では1994年に初めて"ヒラタハバチの1種の3"として報告された(文献1995)。被害は1994~1998年まで苫小牧から札幌にかけてのカラマツ林を中心に、カラマツヒラタハバチの被害と混在して継続的に発生し、その後、2001年に苫小牧で再び発生したが、2002年以降は報告がない(文献2010)。大発生の直前には温暖な年が3年続いており、それが大発生の引き金となった可能性がある(文献2004b)。被害が終息した原因は不明である(文献1998)。カラマツのほかにストローブマツも被害を受け枯死が心配されたが、両樹種とも本種の食害や穿孔虫等の二次被害による枯死木の発生は報告されていない(文献2010)。なお、成虫が建造物の屋上に大量飛来し排水口が詰まって困るという相談があった(文献2010)。

防除  食害により木が枯死した例はないため、森林では防除の必要はないと考えられる(文献2010)。しかし、食害様式がほぼ同じニホンカラマツヒラタハバチではカラマツヤツバキクイムシの二次被害による枯死木の発生例があり(文献2004a)、本種でも注意が必要である。マツ属の樹木はマツカレハなどの食害では枯れることがある。ニホンアカズヒラタハバチのマツ属での被害実態はよく分かっていない。将来、マツ属に多発した場合は食害後の経過を詳しく観察する必要がある。
 "まつ類"の"ハバチ類"に適用可能な農薬としてMEP乳剤(商品名スミパイン乳剤・普通物・魚毒性B)及びジフルベンズロン水和剤(商品名デミリン水和剤・普通物・魚毒性A)がある(2009年10月時点)。


文献
[1930] Takeuchi,K., 1930. A revisional list of the Japanese Pamphiliidae, with description of nine new species. Transactions of the Kansai Entomological Society, 1: 3-16.
[1937] 渡邊福寿, 1937. 日本樹木害蟲総目録. 487pp. 丸善, 東京.(害虫リスト)
[1960] 井上元則, 1960. 林業害蟲防除論, 下巻(I). 210pp. 地球出版, 東京.
[1980] 日本応用動物昆虫学会(監修), 1980. 農林害虫名鑑. 307pp. 日本植物防疫協会, 東京.(害虫リスト)
[1995] 福山研二・前藤薫・東浦康友・原秀穂, 1995. 1994年に北海道で発生した森林昆虫. 北方林業, 47: 166-169. (北海道における最初の発生記録)
[1996] 前藤薫・福山研二, 1996. カラマツを食べるヒラタハバチに注意. 森林保護, 251: 6-7. (生態や被害)
[1997a] 伊藤賢介・福山研二・東浦康友・原秀穂, 1997. 1996年に北海道で発生した森林昆虫. 北方林業, 49: 224-227. (被害記録)
[1997b] Shinohara, A., 1997. Web-spinning sawflies (Hymenoptera, Pampiliidae) feeding on larch. Bulletin of the National Science Museum, Tokyo, Ser. A., 23: 191-212. (分類や形態、文献、過去の被害の要約)
[1998] 原秀穂・林直孝, 1998. ヒメバチによるニホンカラマツヒラタハバチの生物的防除の検討. 森林保護, 268: 41-44.
[1999] 原秀穂・林直孝, 1999. 寄生蜂によるニホンカラマツヒラタハバチの生物的防除の取り組み. 日本林学会北海道支部論文集, 47: 70-72.
[2001] Shinohara, A., 2001. Conifer-feeding Webspinning Sawflies of the Genus Acantholyda (Hymenoptera, Pamphiliidae) of Japan. Species diversity, 6: 23-63.(分類・形態・宿主など)
[2004a] 尾崎研一・原秀穂, 2004. 2001年に北海道で発生した森林昆虫. 北方林業, 56: 34-36.(被害記録)
[2004b] Ozaki, K., K. Fukuyama, M. Isono and G. Takao, 2004. Simultaneous outbreaks of three species of larch web-spinning sawflies: influences of weather and stand structure. Forest Ecology and Management, 187: 75?84. (大発生要因)
[2005] 篠原明彦・原秀穂, 2005. ヒラタハバチ科(Pamphiliidae). 青木典司ほか, 日本産幼虫図鑑: 272-276. 学習研究社, 東京.(幼虫の形態や生態の概要) 387pp. 日本応用動物昆虫学会, 東京.
[2010] 原秀穂, 2010. 北海道における膜翅目ハバチ亜目の樹木害虫I:ナギナタハバチ科、ヒラタハバチ科、ミフシハバチ科、コンボウハバチ科. 北海道林業試験場研究報告, 47: 51-68.(北海道における被害、文献など)

2010/3/31