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林業試験場

ニホンカラマツヒラタハバチ

ニホンカラマツヒラタハバチ

写真1 被害枝、1995/8。

写真2 幼虫の巣。1993/8/27。

写真3 2の巣内の老齢幼虫、体長18mm、1993/8/27。

写真4 カラマツの被害、1993/8/27。

写真5 卵、1994/6/30。

写真6 雌成虫(左)と雄成虫(右2匹)、1994/6/15。

写真1~6 1990年代に弟子屈町のカラマツ林で多発した個体群を撮影。

被害の特徴
樹 種 カラマツ属(カラマツ、グイマツなど)。
部 位 葉。
時 期 7月~8月(幼虫加害時期)。
状 態 葉がなくなり、糸・糞・枯れ葉が絡まる(写真1~2)。 食害部位に幼虫や幼虫の脱皮殻がみられる(写真3)。 蛹や蛹殻はない。 糞は細長く、たいてい長さは直径の2倍以上(針葉樹を食べるハバチ亜目の特徴)。
夏から翌春までは被害木下の土中に幼虫や前蛹がいる。 繭は作らない。
幼 虫 体長最大約18mm。胸腹部は灰褐色(写真3)、老熟すると灰黄色に変わる。頭部は黒色から褐色。 単独性。糸でトンネル状の巣を作る(写真2)。巣に糞があまり付着しない。
ヒラタハバチ科では腹脚がなく、腹部先端節の両側に細長い突起を持ち、触角と胸脚は細長い。 ハバチ亜目では眼(側単眼)は左右に各1個、脱皮殻は頭部から腹部までつながり、頭部が縦中央で割れる。
注) 北海道ではカラマツ属を食べるヒラタハバチとして他にカラマツヒラタハバチとニホンアカズヒラタハバチが知られている;カラマツヒラタハバチは、幼虫の胸腹部が灰色から灰緑色で、老熟幼虫では暗緑色であり、また、幼虫の巣に糞が密に付着する;ニホンアカズヒラタハバチは、幼虫の胸腹部は鮮やかな黄緑色で、老齢幼虫の巣は糸を粗く張っただけで明瞭なトンネル状にならない。

 本州では古くから被害が発生している(文献1997a)。北海道では1993年に初めて分布及び被害が確認された(文献1994)。本州からの侵入種と考えられる(文献1996、1997a参照)。


和名 ニホンカラマツヒラタハバチ(文献1997a)

学名 命名者・年 Cephalcia lariciphila japonica Shinohara, 1997

分類 ハチ目(膜翅目)Hymenoptera、ハバチ亜目(広腰亜目)Symphyta、ヒラタハバチ科Pamphiliidae、マツヒラタハバチ亜科Cephalciinae


形態  幼虫は上述の通り(詳細は文献1983、1996a、2005)。成虫(写真6)は体長10~12.5mm、黒色で黄色や褐色の斑紋がある;カラマツヒラタハバチと極めてよく似ている(詳細は文献1997a)。

寄主  カラマツ(文献1997aなど)、グイマツ(文献1995)。

生態  弟子屈町では年1回発生、成虫は6月中旬から7月上旬に出現、幼虫は7月上旬から8月中旬に葉を食べる(文献1996b)。卵は短枝葉の裏側先端付近に1個ずつ産まれ、長枝葉には認められない;幼虫は単独性、糸を吐いて作ったトンネルの中を移動しながら、主に短枝葉を切りとって食べる;老熟すると落下して土中にもぐり、土室を造ってその中で越冬する(文献1983、1996a)。

分布  北海道・本州;別亜種はヨーロッパからシベリア・中国(文献1997a)。道内で被害が確認されているのは清里・小清水・東藻琴・美幌・津別・弟子屈・標茶・阿寒である(文献2004bなど)。2009年現在、他地域での発生は未確認である(文献2010)。

被害観察地域 (樹木害虫発生統計資料に基づく)

被害  本種は長い間カラマツヒラタハバチと混同されてきた(文献1997a)。本州におけるカラマツヒラタハバチによる1980年頃の被害は本種の誤同定であり、1910年代の被害記録も本種と考えられる(文献1997a)。
 北海道では1993年に弟子屈で被害が確認され、"ヒラタハバチの1種"として報告された(文献1994)。被害は徐々に拡大し、2000年に最大16,000haに達した後、減少して2004年まで続いた(文献2010参照)。それ以降は被害記録がないが、土壌中の個体密度は比較的高く維持されている(文献2008)。大発生の直前には温暖な年が3年続いており、それが大発生の引き金となった可能性がある(文献2004b)。低密度化の要因として土壌中における個体数の減少と成虫期の減少が重要と考えられるが、減少原因は不明である(文献2008)。
 本種の被害はグイマツよりもカラマツで激しい(文献1995)。カラマツ被害木では生長量が低下する(文献1997b)。長野県では食害によると考えられる枯死木の大量発生が報告されている(文献1983)。道内では食害が直接の原因と考えられる枯死木の発生は観察されていないが、木を枯らすカラマツヤツバキクイムシによる二次被害が報告されている(文献2004a)。

防除  被害が長期化し著しく拡大したため、道央で発生したカラマツヒラタハバチの主要天敵であるヒメバチ科の1種(Homaspis sp.)の導入による防除試験が行われた(文献1999a)。しかし、導入地でのヒメバチ科の1種の密度は低く推移した(文献2008)。
 森林ではカラマツヤツバキクイムシの二次被害に注意が必要である。
 “まつ類”の“ハバチ類”に適用可能な農薬としてMEP乳剤(商品名スミパイン乳剤・普通物・魚毒性B)及びジフルベンズロン水和剤(商品名デミリン水和剤・普通物・魚毒性A)がある(2009年10月時点)。


文 献
[1983] 小島耕一郎, 1983. カラマツヒラタハバチの生態について. 第31回日本林学会中部支部大会講演集: 171-174. (幼虫の特徴、生態、文献1997参照)
[1994] 福山研二・前藤薫・東浦康友・原秀穂, 1994. 平成5年度に北海道で発生した森林昆虫. 北方林業, 46: 291-294.
[1995] 真宮靖治・中村直子・杉本和永・山岡好夫, 1995. 玉川大学弟子屈演習林におけるカラマツおよびグイマツのヒラタハバチ被害とそれに関連する昆虫病原性Steinernema属線虫. 日本林学会論文集, 106: 455-456.
[1996a] 前藤薫・福山研二, 1996. カラマツを食べるヒラタハバチに注意. 森林保護, 251: 6-7. (生態や被害)
[1996b] 佐藤滝也, 1996b. 弟子屈町のカラマツ林で発生したヒラタハバチの一種の被害と生態. 森林保護, 254: 29-31. (生態や被害)
[1997a] Shinohara, A., 1997. Web-spinning sawflies (Hymenoptera, Pampiliidae) feeding on larch. Bulletin of the National Science Museum, Tokyo, Ser. A., 23: 191-212. (分類や形態、文献の整理、過去の被害の要約)
[1997b] 斉藤孝次・小西孝広, 1997. カラマツ林に大発生したヒラタハバチの調査(経過報告)について. 帯広営林支局, 平成8年度業務研究発表集: 51-55.
[1998b] 原秀穂・林直孝, 1998. ヒメバチによるニホンカラマツヒラタハバチの生物的防除の検討. 森林保護, 268: 41-44. (大発生時の密度や天敵の調査)
[1999a] 原秀穂・林直孝, 1999. 寄生蜂によるニホンカラマツヒラタハバチの生物的防除の取り組み. 日本林学会北海道支部論文集, 47: 70-72. (大発生時の密度や天敵の調査)
[1999b] 岡田充弘・岩間昇 1999. 長野県におけるカラマツヒラタハバチの生態およびカラマツへの食害. 森林防疫 48: 163-169.
[2004a] 尾崎研一・原秀穂, 2004. 2001年に北海道で発生した森林昆虫. 北方林業, 56: 34-36.
[2004b] Ozaki, K., K. Fukuyama, M. Isono and G. Takao, 2003. Simultaneous outbreaks of three species of larch web-spinning sawflies: influences of weather and stand structure. Forest Ecology and Management, 187: 75?84. (大発生要因)
[2005] 篠原明彦・原秀穂, 2005. ヒラタハバチ科(Pamphiliidae). 青木典司ほか, 日本産幼虫図鑑: 272-276. 学習研究社, 東京.(幼虫の形態や生態の概要)
[2008] 坂西由加里・鈴木悌司・原秀穂, 2008. 弟子屈町カラマツ人工林におけるニホンカラマツヒラタハバチの動態解析. 日本森林学会北海道支部論文集, 56: 173-175.
[2010] 原秀穂, 2010. 北海道における膜翅目ハバチ亜目の樹木害虫I:ナギナタハバチ科, ヒラタハバチ科, ミフシハバチ科, コンボウハバチ科. 北海道林業試験場研究報告, 47: 51-68.(北海道における被害、文献など)

2010/3/31