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林業試験場

オオアカズヒラタハバチ

オオアカズヒラタハバチ

写真1 幼虫の巣、1991/9/6。

写真2 中齢幼虫、飼育下、1992/8/6。

写真3 卵のそばに留まる雌成虫、1992/7/15。

写真1~3 網走市のドイツトウヒ防風林に発生した個体群を撮影。

被害の特徴
樹 種 トウヒ属(ドイツトウヒ、エゾマツなど)。
部 位 葉。
時 期 8月~10月(幼虫加害時期)。
状 態 葉がなくなり、糸や糞がみられる(写真1)。 被害部位の端から端までの長さは20cmを超える。 被害部位に幼虫や幼虫の脱皮殻がみられる(写真2)。蛹や蛹殻はない。糞は細長く、たいてい長さは直径の2倍以上(針葉樹を食べるハバチ亜目の特徴)。
被害木下の土中に幼虫や前蛹がいる。 繭は作らない。
幼 虫 体長最大約30mm。胸腹部は緑黄色で側縁部は灰白色、黒い斑点がある。頭部と腹端は黒色(写真2)。数十頭で集団を形成する。巣は葉や糞を糸で粗く綴っただけのもので、明瞭な筒状にならない。
ヒラタハバチ科では腹脚がなく、腹部先端節の両側に細長い突起を持ち、触角と胸脚は細長い。 ハバチ亜目では眼(側単眼)は左右に各1個、脱皮殻は頭部から腹部までつながり、頭部が縦中央で割れる。
注) トウヒ属を食べるヒラタハバチは数種あるが、オオアカズヒラタハバチの幼虫は色彩により他の種から区別できる(文献2005)。また、巣あるいは食害範囲が大きく、巣には明瞭な筒状の部分がない。

 本種は1918年に大雪山で採集された標本に基づき文献1930で新種記載された。古くから害虫として知られている(文献1941、1943、1990)。


和名  オオアカズヒラタハバチ(文献1930)

学名 命名者・年   Cephalcia isshikii Takeuchi, 1930

分類  ハチ目(膜翅目)Hymenoptera、ハバチ亜目(広腰亜目)Symphyta、ヒラタハバチ科Pamphiliidae


形態  幼虫は上述の通り(詳細は文献1959)。成虫(写真3)は体長15mm、黒色で雌では頭部が橙色(詳細は文献1930);ニホンアカズヒラタハバチAcantholyda nipponicaに似るが、Cephalcia属は前脚に先端だけ刺がある点でAcantholyda属から区別できる。

寄主  トウヒ属(ヨーロッパトウヒ、アカエゾマツ、エゾマツ、トウヒ、バラモミなど)(文献1990など)。

生態  1世代に1~2年、ときに3年を要する;成虫の出現時期は発生地により異なり、早くて6月中旬~7月上旬、遅くて8月中旬(文献1990a)。幼虫の食害が目立つ時期は早くて8月中~下旬、遅くて9月中~下旬、幼虫が老熟し地面に降りる時期は早くて8月下旬~9月中旬、遅くて9月下旬~10月上旬である。時期が早い場合は年1回発生、遅い場合は2~3年で1回発生となる(文献1990)。
 雌成虫はあまり飛翔せず、通常は幹を登って樹冠に達する;当年枝の針葉上に20~90卵(平均約50卵)をまとめて産み、その近くに留まる;卵は10~日~2週間で孵化する;幼虫は旧葉を好み、群生して糞や食べ残した葉を糸で綴って巣を作る;幼虫は針葉を根元から切り取り、巣に運んで食べる;5齢(雄)または6齢(雌)で老熟し、地面に落下して土中に深さ5~20cmほど潜って部屋(土窩、どか)を作る;この中で秋に前蛹になり越冬、翌春に蛹化、ついで羽化する;幼虫のまま越冬し、翌年または翌々年の秋に前蛹になり、その翌春に蛹・成虫になる場合もある(文献1990)。

 発育ステージ ~3月   4    5    6    7    8    9   10   11~
 成虫・卵              ‥◎ ◎◎◎ ◎◎◎ ‥          
 幼虫(摂食・成長)                  ‥◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ‥      
 幼虫・前蛹(休眠) ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇‥ ‥‥◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
 蛹           ‥ +++ +++ +‥             

分布  北海道・本州・九州(文献1998)。
 北海道では、被害発生地域は網走・十勝・上川・留萌・空知・石狩・胆振・日高・後志・渡島地方というように全道の広い範囲に及ぶ(文献2010など)。

被害観察地域 (樹木害虫発生統計資料に基づく)

被害  北海道では被害は1938年頃に初めて発生した(文献1941)。それ以降、頻繁に観察されている(文献2010)。被害地で枯死木が発生した例がある(文献1943、1991)。

防除  ヤツバキクイムシの密度が高い林やナラタケ病が発生しやすい林では本種の発生経過に注意する必要がある(文献1994)。雌成虫はほとんど飛翔せず幹を歩いて上るので、幹に粘着剤を取り付けることで捕獲でき(文献1991)、駆除にも応用可能である(文献1992、1993)。ただし、小鳥やコウモリなどが捕獲される可能性があるため、粘着剤を目の粗い網で覆うなどして誤捕獲を防ぐ必要がある(文献2010)。“まつ類”の“ハバチ類”に適用可能な農薬としてMEP乳剤(商品名スミパイン乳剤・普通物・魚毒性B)及びジフルベンズロン水和剤(商品名デミリン水和剤・普通物・魚毒性A)がある(2009年10月時点)。これら農薬は本種に対して有効である(文献1991、1994)。


文 献
[1930] Takuechi, K., 1930. A revisional list of the Japanese Pamphiliidae, with description of nine new species. Transactions of the Kansai Entomological Society, 1: 3-16.
[1941] 内田登一・西川原謙吉, 1941. 北海道に於けるドイツトウヒの新害虫オホアカヅヒラタハバチに就いて. 北海道林業会報, 39: 287-297.
[1943] 松下眞幸, 1943. 森林害蟲学. 410 pp. 冨山房, 東京.
[1959] 奥谷禎一・石井梯・安松京三, 1959. 膜翅目. 江崎悌三・石井梯・河田党・素木得一・湯浅啓温(編), 日本幼虫図鑑: 546-590. 北隆館, 東京.
[1988] 吉田成章・前藤薫, 1988. オオアカズヒラタハバチの研究(II)―薬剤による殺卵および殺虫試験―. 日本林学会北海道支部論文集, 36: 127-128.
[1989] 阿部正喜・富樫一次, 1989. ハバチ亜目. 平嶋義宏(監修), 日本産昆虫総目録: 541-560. 九州大学農学部昆虫学教室, 福岡. (分布)
[1990] 前藤薫, 1990. オオアカズヒラタハバチ(1). 林業と薬剤, 114: 13-17.(発生記録、形態、生態)
[1991] 前藤薫, 1991. オオアカズヒラタハバチ(2). 林業と薬剤, 114: 1-6. (天敵、被害、防除、文献)
[1992] 佐々木満・岡山誠・千葉保夫・竹花邦夫・小野寺英美・原秀穂, 1992. 網走におけるオオアカズヒラタハバチの被害と粘着剤による防除の検討. 平成3年度北海道林業技術研究発表会大会論文集: 130-131. 北海道林業改良普及協会、札幌。(網走地方での生態と粘着剤による防除試験)
[1993] 小野寺英美・小山一治・千葉保夫・竹花邦夫・伊藤雅之・原秀穂, 1993. 粘着テ-プによるオオアカズヒラタハバチ防除効果について. 平成4年度北海道林業技術研究発表会大会論文集: 150-151. 北海道林業改良普及協会、札幌。(粘着剤による防除試験)
[1994] 前藤薫, 1994. オオアカズヒラタハバチ. 小林富士雄・竹谷昭彦, 編集, 森林昆虫, 総論・各論: 346-348. 養賢堂, 東京. (形態、生態、天敵、防除)
[1998] Shinohara, A., 1998. Pamphiliid sawflies (Hymenoptera, Symphyta) from Kyushu, southwestern Japan. Memoirs of the National Science Museum, Tokyo, (31): 237-245.
[2005] 篠原明彦・原秀穂, 2005. ヒラタハバチ科(Pamphiliidae). 青木典司ほか, 日本産幼虫図鑑: 272-276. 学習研究社, 東京.(幼虫の形態や生態の概要)
[2010] 原秀穂, 2010. 北海道における膜翅目ハバチ亜目の樹木害虫I:ナギナタハバチ科, ヒラタハバチ科, ミフシハバチ科, コンボウハバチ科. 北海道林業試験場研究報告, 47: 51-68.(北海道における被害、文献など)

2011/7/22