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林業試験場

マツノクロホシハバチ

マツノクロホシハバチ

写真1 終齢幼虫、最大長25mm。1990/10/25。

写真2 繭、長さ8mm。1990/10/24。

写真3 雌成虫、体長8mm。

写真4 雄成虫、体長6mm。

写真5 雌成虫と卵。キタゴヨウ、1992/8/26。

写真6 被害。様似、キタゴヨウ、1990/10/25。

写真1~6 様似で大発生した個体群。

被害の特徴
樹 種 マツ属(アカマツ・キタゴヨウ・ストローブマツなど)、カラマツ。
北海道ではカラマツの被害は観察されていない。
部 位 葉。
時 期 9月~10月(幼虫加害時期)。
状 態 葉が先端から食害される。食害は通常、隣接する枝から枝へと連続的に発生する。 食害部位に幼虫や幼虫の脱皮殻が見られる(写真1)。 糸、蛹、蛹の抜け殻はみられない。 被害部位の下に虫糞がある。糞は細長く、たいてい長さは直径の2倍以上(針葉樹を食べるハバチ亜目の特徴)。 秋から翌夏までは被害木下の下草、落葉、松ぼっくりの隙間などに繭がある(写真2)。
幼 虫 体長最大25mm。 胸部と腹部は黄色、頭部と胸脚は黒色、尾端背面は暗い(写真1)。 終齢では胸腹部の背面がやや暗くなる。 刺激すると頭部を持ち上げて、口から唾液を出す。 集合性、通常数十頭の集団を形成する。
マツハバチ科では、触角は3節(基部2節は盤状、第3節は円筒状)、上唇には溝がなく、腹部の第1~8節は小環節数が5~6(背面の横じわが4~5)、体液の分泌腺はない。胸脚の爪に付属物はない。
ハバチ亜目では眼(側単眼)は左右に各1個、脱皮殻は頭部から腹部までつながり、頭部が縦中央で割れる。

 1910年に日本(産地不詳)から新種として記載された種で(文献1910)、本州・四国・九州に分布することが知られていた(文献1940、1989)。北海道では1988年に初めて生息が確認され、その後大発生した(文献1995a、1998b)。


和名  マツノクロホシハバチ

学名 命名者・年   Diprion nipponicus Rohwer, 1910
 従来良く使われてきた"nipponica"は誤り。

分類  ハチ目(膜翅目Hymenoptera)、ハバチ亜目(広腰亜目Symphyta)、マツハバチ科(Diprionidae)


形態  幼虫は上述のとおり(文献1959、1960、2005)。 成虫(写真3~4)は体長6~8mm(詳細は文献1910、1940、1965、1985)。

寄主  マツ属のアカマツ・クロマツとカラマツ(文献1916)、キタゴヨウ・ハイマツ・ストローブマツ・バンクスマツ・ヨーロッパアカマツ(文献1991、1995a)。北海道ではクロマツの食害は観察例がなく、カラマツはストローブマツに接触する枝の葉が食害された例があるにすぎない(文献1995a)。マツ属につくものとカラマツにつくものとは生態的に異なるといわれている(文献1986)。

生態  北海道では年1回発生、成虫は7月下旬から8月下旬に羽化する;幼虫の食害のピ-クは9月中旬から10月中旬;10月中旬から11月初旬に幼虫は地面に降りて繭を作ってその中で越冬する;繭を作る場所は落葉の中、松ぼっくりの中などで、土壌中には潜らない(文献1995a、1998b)。雌成虫は卵を1葉6~10個ずつ隣接する8~10枚の葉にまとめて産む(写真5);幼虫は集団で葉を食べ、一枝の葉を食いつくすと他の枝へ移って食害する;老熟すると樹幹を伝って地上に降りる(文献1960、文献1994)。 
 北海道の多発地では小哺乳類による繭内幼虫の捕食率が場所によっては98%に達しており、被害の終息要因として重要と考えられる(文献1995a、1998b)。このほか、寄生性天敵であるヤドリバエ科の1種とヒメバチ科の1種が繭から出てくるが、寄生率は低い(1998b)。

分布  北海道(文献1991、1995a)、本州・九州(文献1940)、四国(文献1989)。道内では被害が浦河・様似・えりも・広尾で確認されている(文献1998b)。

被害  本州では古くから良く知られた害虫で、被害が1910年台から記録されている(文献1916、1960)。
 北海道では被害が1990年に初めて発生し、面積7000ha強の大規模なものであった(文献1991、1995a)。被害は様似・えりもを中心に1994年まで継続的に報告された(文献1991、1992、1993、1994、1995b)。1995年以降は2009年現在まで被害報告はない。ただし、上記地域の被害は少なくとも1998年まで継続した(文献1998b参照)。被害地では枯死木がかなり発生し、全滅したストローブマツ人工林もあった(1995a参照)。

防除  群棲する幼虫や繭を捕殺する(文献1960)。
 “まつ類”の“ハバチ類”に適用可能な農薬としてMEP乳剤(商品名スミパイン乳剤・普通物・魚毒性B)及びジフルベンズロン水和剤(商品名デミリン水和剤・普通物・魚毒性A)がある(2009年10月時点)。MEP乳剤については本種に対して有効であることが確かめられている(文献1995a)。
 しかし、上記の被害では発生地が河川生物の保護水面に近いことから、農薬散布は行われなかった(文献1995a)。このため、性フェロモンによる防除が検討されたが(文献1998a、1998b)、実用化には至っていない。


文 献
[1910] Rohwer, S. A., 1910. Japanese sawflies in the collection of the United States National Museum. Proceedings of the United States National Museum, 39: 99-120.
[1916] 矢野宗幹, 1916. 松葉蜂類の学名. 昆虫世界, 20: 179-181.
[1940] Takeuchi, K. 1940. A systematic study on the suborder Symphyta (Hymenoptera) of the Japanese Empire (III). Tenthredo, 3: 187-199.
[1959] 奥谷禎一・石井梯・安松京三, 1959. 膜翅目. 江崎悌三・石井梯・河田党・素木得一・湯浅啓温(編), 日本幼虫図鑑: 546-590. 北隆館, 東京.
[1960] 井上元則, 1960. 林業害蟲防除論, 下巻(I). 210pp. 地球出版, 東京.
[1965] 富樫一次, 1965. ナギナタハバチ科, ヒラタハバチ科, キバチ科, クビナガキバチ科, ヤドリキバチ科, クキバチ科, ヨフシハバチ科, ハバチ科, マツハバチ科, コンボウハバチ科, ミフシハバチ科. 朝比奈正二郎・石原保・安松京三(監修), 原色昆虫大図鑑III: 243-254, pl. 122-127. 北隆館, 東京.
[1985] 富樫一次, 1985. カラマツを加害するチョウセンカラマツハバチとマツノクロホシハバチ. 森林防疫, 34: 60-63.
[1986] 福山研二, 1986. 解説林木を加害するハバチ類(2)マツノクロホシハバチ. 森林防疫, 35: 35-36. (概要、生態)
[1989] 阿部正喜・富樫一次, 1989. ハバチ亜目. 平嶋義宏(監修), 日本産昆虫総目録: 541-560. 九州大学農学部昆虫学教室, 福岡.
[1991] 小泉力・前藤薫・東浦康友・原秀穂, 1991. 平成2年度に北海道で発生した森林昆虫. 北方林業, 43: 155-161. (北海道での初被害記録)
[1992] 福山研二・前藤薫・東浦康友・原秀穂, 1992. 平成3年度に北海道に発生した森林昆虫. 北方林業, 44: 271-274.
[1993] 福山研二・前藤薫・東浦康友・原秀穂, 1993. 平成4年度に北海道に発生した森林昆虫. 北方林業, 45: 269-272.
[1994] 福山研二・前藤薫・東浦康友・原秀穂, 1994. 平成5年度に北海道で発生した森林昆虫. 北方林業, 46: 291-294.
[1995a] 東浦康友, 原秀穂, 1995. マツを枯らす害虫, マツノクロホシハバチ. 光珠内季報, 98: 16-19. (北海道での被害、薬剤防除試験)
[1995b] 福山研二・前藤薫・東浦康友・原秀穂, 1995. 1994年に北海道で発生した森林昆虫. 北方林業, 47: 166-169.
[1998a] Tai, A., Higashiura, Y., Kakizaki, M., Naito, T., Tanaka, K., Fujita, M., Sugimura, T., Hara, H., and Hayashi, N., 1998. Field and electroantnnogram responses of the pine sawfly, Dprion nipponica, to chiral synthetic pheromone Candidates. Biosci. Biotechnol. Biochem., 62: 607-608.
[1998b] 東浦康友, 1998. 日高地方でのマツノクロホシハバチの大発生. 森林保護, 266: 26-28. (被害の推移、生態、天敵など)
[2005] 原秀穂・篠原明彦, 2005. マツハバチ科(Diprionidae). 青木典司ほか, 日本産幼虫図鑑: 277-278. 学習研究社, 東京.

2010/3/31