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林業試験場

マルナギナタハバチ

マルナギナタハバチ

写真1 新芽の被害。厚真、1994/8/25。

写真2 被害痕の脱落後(1年前のもの)。美唄、1988/5/18。

写真3 連年被害による樹形異常。厚真、1994/8/25。

写真4 土中の老齢幼虫。厚真、1996/5/14。

写真5 交尾中の成虫。厚真、1995/ 5/18。

被害の特徴
樹 種 アカエゾマツ。他のトウヒ属(エゾマツなど)は食べない。
時 期 5~6月(幼虫加害時期)。
部 位 新芽。
状 態 幼虫は新芽内部の枝の部分だけを先端から食べ、新芽を枯らす(写真1)。 枯れた部分は中が空洞で葉だけが残る。食害に気づく頃は幼虫がいないことが多い。糸や虫糞はない。
枯れた部分は脱落しやすく、後に途中で切断されたような枝が残る(写真2)。食害が何年も続くと枝が減少した異常な樹形になる(写真3)。
夏から翌春までは被害木下の土中にもろい繭があり、中に幼虫または蛹がいる。
幼 虫 最大8mm、乳白色、円筒形、腹部先端がやや尖る(写真4)。 胸脚は小さく、腹脚はない。
ナギナタハバチ科の幼虫は単眼は触角孔に近接し、触角が細く、6~7節。
注) アカエゾマツでは新芽を枯らす害虫が他に数種あるが、食害の状態で区別できる。

 1931年に大雪山で採集された標本に基づきヨーロッパに産する"Pleroneura dahli"として国内から初めて報告された(文献1938)。しかし、その後、北海道にのみ分布する新種とされた(文献1995a)。
 古くは大雪山や阿寒で採集される程度であったが(文献1955)、1980年代以降は道内各地で見つかっている(文献1995a参照)。アカエゾマツ造林地の拡大が関係するかもしれない。近年になって害虫化した種と考えられる(文献2010)。
 ナギナタハバチ科は雌成虫が長刀のような産卵管を持つ。この科は中生代に栄え、琥珀に封じ込められた化石が多く見つかっている(文献2007)。


和名  マルナギナタハバチ(文献1955)

学名 命名者・年  Pleroneura piceae Shinohara and Hara, 1995

分類  ハチ目(膜翅目)Hymenoptera、ハバチ亜目(広腰亜目)Symphyta、ナギナタハバチ科Xyelidae


形態  幼虫は上述の通り(文献1994、2005)。成虫(写真5)は体長5~7.5mm(雌は産卵管を除く)、全体的に暗色、胸脚は淡褐色で基部は黒い;雌では前胸が広く赤褐色(詳細は文献1995a)。卵は乳白色、長卵形、長さ1.3mm、繭は透明な薄い膜状(文献1994)。

寄主  トウヒ属アカエゾマツ(文献1994、1995a)。

生態  年1回発生;成虫は5月に出現;雌成虫は膨らんではいるが芽鱗をかぶっている芽に産卵管を突き刺して芽の中に卵を1個ずつ産む;孵化した幼虫は、まず芽の中を先端に向かって進み、次いで先端から枝の原基の部分だけを食べ進む;食害により当年生枝の先半分から全体が失われる;幼虫は6月上旬頃に老熟し、土に潜る;土壌中にもろい繭を作り、そこで蛹になり越冬する;中には幼虫のまま越冬するものもあり、これらは翌年に蛹になり再び越冬するものと推測される(文献1994、1996)。

分布  北海道(文献1995a)。大雪山系や阿寒のほかに置戸・足寄・上士幌・新得・旭川・美唄などで採集されている(文献1995a)。被害は厚真(文献1994)、苫小牧(文献1995b)、紋別・せたな(大成)(文献1997b)で記録がある。

被害  激しい被害は1992年に厚真のアカエゾマツ若齢人工林で初めて観察された(文献1994、ナギナタハバチの1種)。被害は1994年,1996年にも見つかり(文献1995b、1997b)、道内の広い範囲で確認された(文献1997a)。しかし、1997年以降は報告がない。現在でも食痕は道内各地の天然林や人工林で普通に見られるが、激しい被害は発生していないようである(文献2010)。緑化樹での発生は観察していない(文献2010)。
 幹の頂芽を食害することは希で被害により複数の幹が立つことはないが,激しい食害が何年も続くと枝が減少した異常な樹形になり生長量も低下する(文献1996、2000a、2000b)。

防除  被害木は生長量が低下する程度であるため、森林では防除が必要になることはほとんどないと考えられる(文献2010)。開芽時期の早いアカエゾマツは被害を受けにくい(文献2000a、2000b)。


文献
[1938] Takeuchi, K. 1938. A systematic study on the suborder Symphyta (Hymenoptera) of the Japanese Empire (I). Tenthredo 2: 173-229.
[1955] 竹内吉蔵 1955. 原色日本昆虫図鑑(下). 190pp. 68pls. 保育社, 大阪.
[1994] 原秀穂, 1994. アカエゾマツを加害するナギナタハバチについて. 光珠内季報, 96: 13-15. (生態、被害)
[1995a] Shinohara, A, 1995. The sawfly genus Pleroneura (Hymenoptera, Xyelidae) in East Asia. Japanese Journal of Entomology, 63: 825-840. (分類、形態)
[1995b] 福山研二・前藤薫・東浦康友・原秀穂, 1995. 1994年に北海道で発生した森林昆虫. 北方林業, 47: 166-169. (被害記録)
[1996] 原秀穂, 1996. アカエゾマツの新害虫マルナギナタハバチ. 森林保護, 254: 25-26. (生態)
[1997a] 原秀穂, 1997. 道内のアカエゾマツ人工林におけるマルナギナタハバチの被害発生状況およびシントメタマバエの1 種による被害の発見. 光珠内季報, 109: 6-7.
[1997b] 伊藤賢介・福山研二・東浦康友・原秀穂, 1997. 1996年に北海道で発生した森林昆虫. 北方林業, 49: 224-227. (被害記録)
[2000a] Masaka, K., and H. Hara, 2000. Inter-tree variation and yearly fluctuation in the susceptibility of Sakhalin spruce Picea glehnii, to shoot-boring sawfly Pleroneura piceae. Ecography, 23: 547-552. (被害、発生要因)
[2000b] 真坂一彦・原秀穂, 2000. 芽吹きの早いアカエゾマツは食われにくい!-食害の受け方の個体差とその差が成長に及ぼす影響-. 北方林業, 53: 39-42. (被害、発生要因;上記英語論文の解説)
[2005] 原秀穂・篠原明彦, 2005. ナギナタハバチ科(Xyelidae). 青木典司ほか, 日本産幼虫図鑑: 272. 学習研究社, 東京.(幼虫や生態の概要)
[2007] 川上洋一, 2007. 世界珍虫図鑑, 改訂版. 218pp. 柏書房, 東京.
[2010] 原秀穂, 2010. 北海道における膜翅目ハバチ亜目の樹木害虫I:ナギナタハバチ科,ヒラタハバチ科,ミフシハバチ科,コンボウハバチ科. 北海道林業試験場研究報告, 47: (被害、文献など)

2010/3/31