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林業試験場

ヤツバキクイムシ

ヤツバキクイムシ

写真1 若い成虫。浦幌町、アカエゾマツ丸太、1997/9/18。

写真2 樹皮下の穿孔・繁殖状況。浦幌町、アカエゾマツ丸太、1997/7/10。

写真3 樹皮下の若い成虫・蛹。旭川市、アカエゾマツ、1997/8/28。

写真4 生立木被害。日高町、アカエゾマツ、2006/8/31。

写真5 穿入孔・羽脱孔。日高町、アカエゾマツ、2006/8/31。

写真6 生立木被害。雄武町、アカエゾマツ、1997。

被害の特徴
樹 種 エゾマツ・アカエゾマツ・ドイツトウヒなどトウヒ属。
部 位 幹の樹皮下。
時 期 春から秋。
状 態 木が枯れる(写真4)。 幹に穴が開く(写真5)。 穴は円形、直径約3mm。穴から粉状の木くず、ときにヤニがでる(写真6)。
樹皮下に甲虫・幼虫・蛹がいる(写真1~3)。また、樹皮の内側に上下方向に延びる幅3mmのトンネル(母孔)がある。母孔から左右に延びるトンネル(幼虫孔)がある。幼虫孔は先端に向かって太くなり、また、粉状の木くず・糞が詰まる。
幼虫・蛹 体長最大約5mm(写真2~3)。白色。幼虫の頭部は淡褐色。 幼虫は脚がない。
成 虫 体長約5mm(写真1、3)。 光沢のある黒色または暗褐色。円筒形で、尾端の背面左右に各4個の短い刺がある。 羽化直後は黄褐色。

和名  ヤツバキクイムシ(文献1994など)
別名 ヤツバキクイ(文献1943)

学名 命名者  Ips typographus japonicus Niijima
(文献1943、1994など)

分類  コウチュウ目(鞘翅目)Coleoptera、キクイムシ科Scolytidae


形態  上述のとおり(文献1943、1994)。

寄主  トウヒ属のエゾマツ・アカエゾマツ(文献1943)、ドイツトウヒ(文献1994)並びにマツ属のヨーロッパアカマツ・チョウセンゴヨウ・ストローブマツ(文献1994)。
 グイマツに穿孔することがあるが、繁殖はしない(文献1943参照)。

生態  生活環は下表のとおり(文献1985を一部改変)。北海道では普通年2回発生、北部では年1回発生;成虫越冬(文献1943)。
 越冬成虫は20℃を超えると飛来が活発になる(文献1967)。先ず雄成虫が寄主穿孔し、樹皮の内側に菱形の部屋(交尾孔、交尾室)を作る;穿入するときに集合フェロモンを放出し仲間を呼ぶ(文献1994)。1雄のもとには2匹(ときに1または3匹)の雌成虫が集まり、雌成虫は幹の長軸方向に向かって母孔を約10cm掘り、母孔の壁に卵を産む(文献1994)。卵は1週間から10日ほどで孵化し、幼虫は母孔の左右に向かって伸び、生長とともに徐々に太くなり、先端に楕円形の蛹室を作って蛹になる(文献1943)。成長し、蛹になる;羽化した成虫は内樹皮を食べて成熟する(文献1943)。樹皮が薄い場合は材表面付近も食べる(文献1943)。

 発育ステージ ~3月   4    5    6    7    8    9   10   11~
 成虫(越冬◇、産卵・摂食◎) ◇◇◇ ◇◇◇ ◎◎◎ ◎◎◎                    
 幼虫(摂食・生長)◆、蛹+           ◆ ◆◆◆ ◆++                
 成虫(産卵・摂食◎、越冬◇)                  ◎ ◎◎◎ ◎◎◎ ◎◇◇ ◇◇◇
 幼虫(摂食・生長)◆、蛹+                      ◆◆ ◆++        
 成虫(摂食◎、越冬◇)                          ◎ ◎◇◇ ◇◇◇

天敵  鳥類、昆虫(カッコウムシ類、ハネカクシ類、ハナカメムシ類、コバチ類)などが知られている(文献1943参照)。

分布  北海道(文献1943)、本州(文献1994)。サハリン(文献1943)。別亜種がユーラシアに広く分布(文献1943)。

被害観察地域 (樹木害虫発生統計資料に基づく)

被害  老木や衰弱木、新鮮な倒木に好んで寄生する(文献1943)。健全木を加害することがある(文献1994)。大きい木ほど被害を受けやすい(文献1991)。道内ではトウヒ属以外の被害記録はないようである。
 被害は一般に林縁または林内の疎開した個所に現れ、次第に周囲に拡大し、集団的に枯死木を生ずることが多い(文献1943)。被害が問題になるのは多くは風倒の後で、残った生立木で被害が発生する;風倒が8月下旬以降の場合は、次の年に風倒木に寄生し、2年後から生立木被害が発生する;3年目は生立木被害は減少し、4年目には終息する(文献1994参照)。天然林の伐採では、1年目は放置木で繁殖し、生立木被害はほとんどないが、2年目から生立木被害が発生し、それ以降3~4年続くのが普通である(文献1977)。
 胸高直径10~16cmの若い人工林の除間伐では伐倒木を放置しても被害はごくまれである;若い人工林の被害による枯損率は最大約5%で、被害は1年で終わった(文献2002)。しかし、風雪害を受けた場合は、若い林でも大量の被害木が発生した例が知られている。
 なお、潜る部分は主に樹皮であるため、木材の価値を下げることはなく、材質劣化が問題になったことはない(文献1943、1994参照)。

防除  これまで言われてきた防除の方法を以下の表に取りまとめた。予防はヤツバキクイムシの生息数を低く抑えるための手段で、何らかの原因で生息数が増加した場合は、駆除が必要になると考えられる。なお、表内の林・木・丸太とはアカエゾマツなどトウヒ属の林・木・丸太である。

施業種など 防除の方法
予防の基本 ・丸太や風雪害木は早期搬出し、5~8月には山に置かない。
(繁殖源になるため(文献1943、1994)。)
全 般 ・昨年、除間伐や主伐を行った林や風雪害が発生した林に近い林では施業を行わない。
(生息数が増加している可能性が高いため。)
保育伐・
切り捨て間伐
・伐倒丸太を搬出しない場合は、丸太を林縁や日当たりの良い場所に置かない。
(日当たりの良い丸太に好んで穿孔する傾向があるため。)
間伐・主伐 ・末木や枝条は山土場や作業道に敷いて重機で踏み固める。
(繁殖源として不適になるため。)
・地際の腐朽部位や曲がりを除去・放置するときは、30cm間隔で切断する;利用価値のない丸太も同様に切断する;秋から冬の伐倒木であれば直径8cm以下の部分は短く切らなくても乾燥が進む(文献2001)。
(丸太の乾燥が進むので、繁殖源として不適になるため。)
・丸太を搬出できない場合は、丸太全体を剥皮する(文献1943)。または、ヤツバキクイムシの活動開始直前の5月中旬頃に農薬を丸太に散布する(文献1994など)。
(剥皮すれば繁殖できなくなるため。ただし、秋から冬は樹皮が剥がれにくい。農薬散布により穿孔するヤツバキクイムシが約1/10になるため。)
・山土場は生立木からできるだけ離す。
(丸太の近くの立木が被害を受けやすいため(文献1994参照)。)
枝打ち ・秋~冬に実施する。
(枝打ち痕の臭いに虫が誘引されるため。)
風雪害木 ・短期間に処理できないときは、単木的風雪害木から搬出する。
(風雪害木周囲の立木が被害を受けやすく、風雪害木がかたまっているところより単木的なところの方が、周囲の立木が相対的に多いため(文献1994)。)
搬出できないときの丸太の処理方法は間伐・主伐の場合と同様。
駆 除 ・丸太を6月まで置いて、ヤツバキクイムシが入ってから搬出するか、剥皮するか農薬を散布し、中のヤツバキクイムシを駆除する(文献1943、1994)。ただし、処理が遅れると、ヤツバキクイムシを増殖させることになる。
・フェロモンを取り付けたトラップで雌雄成虫の大量捕獲が可能である(文献1994)。しかし、国内では農薬登録されていない。

文 献
[1943] 松下眞幸, 1943. 森林害蟲學. 410pp. 冨山房, 東京. (形態、生態、被害、防除、過去の文献;なお、上記引用部分の出典は確認していない)
[1967] 山口博明・小泉力, 1967. ヤツバキクイ(Ips typograhus L.f.japonicus NIIJIMA)の繁殖,行動,分散に関する研究Ⅲ. 寄主への飛来と2,3の環境因子との関係. 林業試験場研究報告, 204: 113-127.
[1977] 小泉力, 1977. 北海道における針葉樹天然林の伐採にともなう穿孔虫の被害.  林業試験場研究報告, 297: 1-34.
[1985] 林康夫・吉田成章・小泉力・高井正利・秋田米治・福山研二・前田満・柴田義春・中津篤・田中潔・遠藤克昭・松崎清一・佐々木克彦, 1985. 北海道樹木病害虫獣図鑑. 223pp. 北方林業会, 札幌. (生態、被害、カラー写真)
[1991] 中山基・古田公人・高橋郁雄・佐藤義弘・井口和信, 1991. エゾマツ天然木の伐採後の虫害枯損とヤツバキクイムシの成虫の動態. 東京大学農学部演習林報告, 84: 39-52.
[1993] 井口和信・山本博一・古田公人, 1993. エゾマツ天然林の択伐にともなう虫害枯損木の発生経過. 東京大学農学部演習林報告, 90: 1-15.
[1994] 吉田成章, 1994. ヤツバキクイムシ. 小林富士雄・竹谷昭彦(編集), 森林昆虫, 総論・各論: 171-178. 養賢堂, 東京. (形態、生態、被害、防除)
[2001] 原秀穂, 2001. 林地に放置したアカエゾマツ丸太は乾燥するのか-ヤツバキクイムシ予防方法の確立に向けて-. 森林保護, 281: 2-4.
[2002] 原秀穂・林直孝, 2002. 若いアカエゾマツ人工林における除間伐後のヤツバキクイムシ被害の発生状況. 北海道林業試験場研究報告, 39: 69-74.

2011/7/9