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林業試験場

有珠山噴火による被害森林の復旧に関する調査研究

2000年3月31日、有珠山が23年ぶりに噴火しました。ここでは、前回の噴火時に当試験場で行った調査研究の概要を紹介します。
(林経協月報209号、1979年2月、18ページから24ページの掲載記事)


はじめに

従来より,数十年の間隔で噴火活動をくり返してきた有珠火山は,昭和新山の円頂丘生成後,32年ぶりで昭和52年8月7日より小有珠の中腹から大爆発を起して,8月13日まで大小13回の噴火により,各方面に記憶に生々しい大被害を与えた。林業にも森林面積8,890ha,被害金額115億8千万円の被害を与えた。(図-1)
図1:有珠山噴火による森林被害図にリンク
53年になってからも時々,水蒸気爆発を起し山体周辺に火山灰を降らせ,微粉の灰が森林,農作物の葉上に附着したり,砂ぼこりとなったりして支障を与えているが,当初の如き惨状は呈せず,序々に終息に向っている模様である。
当試験場は最初の噴火後ただちに行政機関と密接に連けいし,本庁,胆振支庁の係員とともに現地での調査活動を開始し,森林被害の把握と検討,復旧方法に対する所見,試験調査結果を随時公表してきた。
本道ではこの有珠以外でも,過去にいくつかの火山噴火による森林被害の例はあるが,噴火状況,噴出物の状況によって被害が異なっており,また森林被害を対象にした組織的・継続的な調査研究の例が少ない。そのため当場では,将来の火山噴火被害と復旧にそなえるための貴重な実例として,関連する研究科によりプロジェクトチームをつくり,当面緊急に必要な対応研究に引き続き,固定試験地を設けて継続的な試験調査を進めている。以下その概要を報告する。

被害森林の実態解析
 (1)噴出物の種類による被害形態

今回の被害は前後13回の噴火により,その時点の噴出物の種類と風向による降下地点により,①粒径の粗い岩片,軽石が多く下降した地区(有珠山山体部周辺および南東方向,例.虻田町洞爺湖温泉木の実団地)と②微粒子の火山灰が降った地区(主として北西方向,例,虻田町月浦)では被害形態を異にしている。

すなわち①前者では葉の脱落や葉脈のみ残存する被害と,枝,幹の表皮剥離,裂傷が多く,枝や幹の折損は少ない。②後者では微粒質の火山灰が枝葉に付着堆積し降雨により重量を増し,幹や枝に倒伏折損の被害を与え,また乾燥とともにモルタル状に固化し容易に脱落しない状態となり,倒伏・折損しないまでも葉の光合成と呼吸作用を阻害し葉を脱落せしめた。
この被害形態はその後の回復の経過においても明らかな違いになって現われており,前者の1カ月後の9月初旬の木の実団地はヤナギ,ドロノキ等殆んどの広葉樹およびカラマツから新葉が開きはじめ,あたかも早春の観を呈した。一方,堆積約10cmの月浦では樹高3mのカラマツ林で,すべての立木が枝葉は下垂し,樹幹を倒伏させた当初のままの惨状を呈していた。これらの降灰直後の灰の付着量は降灰厚10cmで高さ6mのカラマツは枝葉の重さの8倍の約90kg,高さ3mのカラマツは枝葉の重さの6倍の約50kgであった。トドマツでは折損倒伏は少ないが,枝を下垂させた状態が続いた。広葉樹は折損の害が多かった。以上の如く森林,立木に与えた被害は主に後者の降灰付着によるもので,いくつかの事例を写真で紹介しておく。(写真1、2、3、4)

写真1:噴石により葉の脱落した天然生林にリンク

写真2:灰泥の付着により倒伏したカラマツ幼齢林にリンク

写真3:灰泥の付着により枝が下垂したトドマツ幼齢林にリンク

写真4:灰泥の付着により中折,倒伏した広葉樹幼齢林にリンク

以上のほかに噴出物の地表面堆積による樹幹の埋没は降灰地全域に発生したが,森林地域では堆積の最も厚い個所が有珠山麓で約50cmであり,噴源から遠ざかるに従い薄くなっており,樹体の小さいトドマツ造林地の幼齢木が埋没のため枯死した例があるが,全般的には灰の堆積による被害は少なかった。

(2)地表堆積物の種類と性質
噴出物は,主として北西方向と南東方向にそれぞれ2回放出された。
 北西方向の虻田,洞爺地区では,近いところは2回の噴出物とも軽石,岩片が主体であり,両層とも上部に灰を伴っている。さらに遠くなると灰と砂の互層となる。北西方向の堆積物は南東方向のものに比べて灰っぽい。雨にたたかれた灰は乾燥するとモルタル状に固化した。  南東方向の伊達地区堆積物はおもに砂と礫で北西方向のものに比べてやや砂っばい。有珠山に近い大平地区では,軽石,岩片の礫が表層に多く,遠ざかるにしたがい砂が主体となる。
 全体として礫層は通気性がよすぎて乾燥気味であり,また灰の層は表面で乾燥すると固化し,下部では水を含みすぎて通気性が不良である。pHの値は堆積直後は8.6~8.1であり,9月下旬でも8.7~7.4でアルカリ性であり,酸性を好むトドマツなど針葉樹苗木の新しい堆積層への年内植裁は,アルカリ性のため障害を起す心配があった。また礫層に植える場合は乾燥害をうけるおそれもある。
以上のような地表の堆積物がどのように変化し,また埋没土に影響するかは,毎年継続して断面調査により理化学的性質等を追跡することにより明らかにする。

被害森林の復旧に関する試験

(1)被害森林の推移と更新・保育方法
 天然生広葉樹林はさきに述べた通り,葉の脱落程度に止まった被害と,幹,枝の折損に至るまでの被害があるが,年内に新葉を展開し冬芽を形成した場合も多く,再生カ,萌芽性のある樹種が多いことから萌芽更新とともに回復は漸次進行している。萌芽更新が遅れると判断して,伐倒したものも萌芽を始めている。
 人工林のトドマツ,天然生林のケヤマハンノキ等の幼齢木の倒伏木,枝の下垂木に対する降灰除去,幹おこし,剪定等は樹幹,樹形,樹勢の回復に大変有効であった。特に堆積後すぐに実行したものは,完全に立ち直り無被害地と変りない状態で生育している。(写真-5)

写真5:幹おこし,剪定を行ったカラマツ幼齢林にリンク

被害人工林の保育については,いずれにしても樹勢が衰えているので,下刈・つる切り・除伐などを充分に実行して樹勢の回復を助けることが大切である。間伐についても,被害木を主にすることは勿論であるが,やや強めの間伐を実行し,林内に充分陽光をあて,枝葉の発達を促がし樹勢の回復を図ることとしている。
 噴出物堆積地での針葉樹の植栽は,土壌のアルカリ性化による障害を懸念し,年内植栽は控えるよう指導したが,11月植えこみによる場内での堆積物による冬期問の温室内植栽実験と露地での植栽越冬実験を行なった。pH値は植込時8.3と8.2であったが,一冬越した53年6月には7.7と6.7に下がり,帯雪下にあった露地では中性状態となった。植栽した苗木は,針葉樹としてトドマツ,カラマツ,モンタナマツ,広葉樹では,ケヤマハンノキ,ミヤマハンノキ,センノキ,タニウツギの山行苗を使ったが,温室内では冬期間に開芽開葉,生長を終えた。(写真-6)

写真6:堆積物と畑土による栽培比較にリンク

露地で越冬したものは,苗畑の苗木と同様春開芽開葉し,秋まで生長を続けた。両者とも比較区の畑土栽培との生長量の差はないが,堆積物には全く有機質は含まれず,燐酸も少ない関係か,生育終期の秋には,畑土に比較して冬芽の形成,黄葉,落葉が早くなった。以上の如く堆現物に植栽した苗木は,NとPの不足の傾向はあるが,pHの高いことによる障害は認められない。
 現地の堆積地におけるトドマツ・カラマツの植裁試験は53年春行った。現地でもpHは6月には6.1~7.3に下っており,53年の夏の高温,寡雨のための乾燥の影響も考えられるが,枯損,生育過少のものもあり,原因について目下調査中である。
新植の事業実行上の指針としては,堆積量が10cm未満であれば,堆積物と埋没下の土壌とをよく混耕して植付けすれば,理化学的障害もなく,活着,生育すると考えられる。しかし堆積量が10cm以上の場合は,できれば筋状,群状に除灰して植栽することが望ましい。

(2)病虫獣害の発生予察と防除
 本道においては林木を食害するエゾヤチネズミが生物害として最も顕著であるが,降雪前の予察では堆積量の多い調査地でも捕獲数は少なくなく,30cmの堆積地でha当り27頭の捕獲があり,森林の被害により総体的な餌不足と判断され,冬期間の林木加害を予想し,毒飼による防除措置を講じたが,融雪後の調査では食害木が散見されるのみであった。春以降のエゾヤチネズミの消長は,20cm以上の堆積地では生棲数は減少しているが,堆積量の少ない個所は無堆積地と同様の消長をしている模様で,53年は全般的に発生が増加しており,堆積地内でも8月時点でha当り35頭の個所もあり,秋以降の予察とあわせて警戒を要する状況である。
 次に激害のカラマツ造林地では多数の折損木,倒伏木がでたので,これらの被害木へのカラマツヤツバキクイの侵入と周辺木への蔓延を警戒して調査を進めており,53年秋までの結果では生立木への侵入になる枯損は局部的である。しかし中折木のある林分では,折損木の根元部分に多少ともキクイムシが発生しており,降灰により堆積地全域の造林地が衰弱しているので,54年は被害木,林分を中心に被害が広がる可能性があるので54年春以降厳重な警戒を要する。
病害については被害枯損木の一部に胴・枝枯性病薗の侵入が認められる程度で54年以降の観察にまちたい。

山地災害防止に関する試験
(1)堆積物の移動調査
 山腹斜面の噴出物堆積層は土石流被害を発生させる原因となる。堆積物は粒径の大きいものほど粘着カが乏しく,みかけ比重が1よりも小さいため,水に流亡し易い。このように水に不安な降灰の移動とその形態を解析することは,今後の防止工法の基礎資料として重要である。このため52年秋に移動形態と移動量を知る調査として,鉄柱の打込みと木円板を堆積層の上下に埋没する方法を用いた。固定された鉄柱は移動厚を測り,埋設した円板はその位置の変化により,堆積層各部の移動距離を観測出来ることになる。
山腹斜面における融雪時の移動は傾斜度10度~23度の調査地点でも殆んど見られなかったが,その後の降雨により雨裂がかなり発生しており,とくに谷地形ではガリーの発達がみられ,箇所によっては土石流被害も出ている。53年度の推移と量は目下調査中である。

(2)林床植生の回復
 堆積地における植生の存在,回復は堆積物の移動,土石流被害と密接に関連する。植生上部の林木の推移は上述した如くである。新しい林床での植生は堆積層の厚さと質によって異なることが予想されるので,状況の異なった数箇所に固定調査地を設けて追跡している。
堆積当年の秋の調査では埋没を免がれた多年生のクマイザサ,ハイイヌガヤ,落葉した草本でもオオイタドリ,オオヨモギは新葉を展開,生存し続けた。埋没してしまった植生でも堆積が20cm程度まででは当年のうちに,クマイザサ,フツキソウは新葉を発生させ,クマイザサ,ヤマドリゼンマイ,アキタブキ,チシマアザミ,エンレイソウ,オオイタドリ,オニシモツケなどは堆積層中で冬芽を形成し,53年春以降は続々地表面に発生し旺盛な回復がみられる。しかし50cm以上の調査地区では,今年に至るも旧植生の回復も,新しい植生の侵入もなく裸地状態のままであり,54年度以降の新植生の侵入が期待される。

(3)植生導入試験
 面的な緑化(草生被覆工)や線的な緑化(植栽工やさし木)は,堆積物移動を積極的に防止する人工的方策である。
 堆積物のpHが高く地床被覆のためのまきつけや植栽にとって,発芽や生育の障害が懸念されるので,早々に堆積物を採取し,場内の温室でまきつけと植栽実験を行った。
 温室内のまきつけ実験は,草本としてイネ科のケンタッキーフェスク,チモシー,マメ科のホワイトクローバの3種と木本はマメ科のイタチハギを9月に行ったが,順調に発芽生育し,3カ月後の12月には畑土よりよい生育を示した。温室内の植栽は先にあげたモンタナマツ,ケヤマハンノキ,ミヤマハンノキ,センノキ,タニウツギで畑土との差はみられなかった。
一方被災現地では堆積物の移動による災害防止は一刻を争う急務であるので,渓流工事や山腹工事としての柵工が危険地域では早々に行われたが,これと併行して柵工を実施した斜面に植栽,さし木,まきつけによる植生導入試験を9月から行なった。植栽は温室で植裁試験に使った樹種と,イタチハギの成苗,さし木はナガバヤナギ,まきつけは温室実験に使った牧草3種であった。植栽,まきつけは温室実験と同様全く支障なく,牧草は年内に発芽,生育し,植栽樹種とともに積雪下で越冬し,両者とも53年春から開芽,順調な生育を続けている。ナガバヤナギのさし木も53年春順調に開芽,発根し生育している。

おわりに
以上,有珠山噴火より1年以上を経過したなかで,当場が森林の被害に対応して,緊急,恒久的な調査,試験を進めて来た概要をのべたが,樹木,植生,堆積物の状況等は時間的に推移していくため,さらに年月をかけて経過を観察していく予定であるが,現時点では,自然的にも人工的に措置した場合も回復の方向に向っていると判断される。