法人本部

第4回 クマ出没の理由

シリーズ講座 北海道の生物多様性と私たちの暮らし
~ 害獣・希少種・外来種とのつきあいかたクマ出没の裏を読み解く-森とクマと人と-

2010年10月12日(火)
環境・地質研究本部 環境科学研究センター 間野 勉(まの つとむ)
森林研究本部 林業試験場 今 博計(こん ひろかず)

こんなお話をしました

(間野から)
 近年、本州各地でツキノワグマの大量出没と大量捕獲が社会問題となっていますが、北海道でもヒグマの出没に伴うあつれきは増加傾向にあります。北海道は、それまでの絶滅容認から共存へとヒグマへの政策を転換し、1966年から実施してきた春グマ駆除制度を廃止しました。ところが、その後ヒグマ捕獲数は増加傾向にあり、1990年代初頭の年間約200頭から2000年代以降には、約400頭水準と、ほぼ倍増し、2005年には、1974年以来31年ぶりにヒグマの捕獲数が500頭を超えました。このような状況の原因はどこにあるのでしょうか。単純にヒグマの生息数が増加しているためなのでしょうか。

そこで、ヒグマの利用する餌資源を考慮した春(1~4月)、初夏(5~7月)、晩夏・初秋(8、9月)、秋(10~12月)の季節区分ごとに、捕獲の動向について調べました。すると、捕獲の動向には季節による差がみられました。初夏と晩夏・初秋の捕獲数には顕著な増加が見られたのに対し、春と秋の捕獲数には増減傾向は見られませんでした。

そこで、捕獲数のほかヒグマが秋に利用するブナやミズナラの堅果(ドングリ)の豊凶について1990年代から調査が実施されている渡島半島地域を対象に、詳細な分析を行いました。渡島半島地域でも北海道全域と同様の傾向が見られましたが、晩夏・初秋の捕獲数の年平均増加率は16%に達し、また初夏の捕獲数も年平均8%で増加しました。これに対し、春と秋の捕獲数には増減傾向は見られませんでしたが、ブナ、ミズナラ堅果の凶作年に秋のヒグマ捕獲数が多くなりました。

以上のことから、秋の捕獲数の変動には堅果類の豊凶が影響していると考えられました。一方、晩夏・初秋は、ヒグマによる農作物被害が一年で最も顕著な季節であり、この時期の捕獲数は農業被害対策で駆除された個体数を反映しています。晩夏・初秋の時期の急速な捕獲数の増加は、農作物の食害を学習した個体が急増していることを示しています。問題解決のためには、被害の防除対策を喫緊に充実させる必要があります。


(今から)
   北海道南西部の渡島半島地域は、様々なヒグマの事故や被害が生じているため、具体的で効果的なヒグマ対策の確立が急がれています。ヒグマ対策には、ヒグマの生息動向を把握し予測することが必要です。この際、植物果実の豊凶が、その年の行動圏の大小や出産数を規定している可能性が考えられます。渡島半島ではヒグマの捕獲数は年変動が激しく、較差は5~6倍に達します。また、捕獲時期は9~10月に突出していて、秋季の食物資源の変動が生息動向に影響している可能性が高いと考えられます。ヒグマは、秋季にオニグルミ、ヤマブドウ、サルナシなど様々な果実を利用しますが、現存量・栄養価・年変動などからブナ・ミズナラの種子が主食になっていると考えられます。

林業試験場では、ブナとミズナラの豊凶のメカニズムを探るため、渡島半島のブナ5林分とミズナラ11~61個体を1990年以降、花数や結実数を観測しつづけています。そこで、ヒグマの秋季(10~11月)の捕獲数と結実数との関係を調べてみました。その結果、結実数と捕獲数には負の関係が認められ、豊凶調査データにより捕獲数を説明することができました。ブナとミズナラがともに凶作の年に、ヒグマの出没頻度が高くなり、捕獲される傾向にある、ということがわかりました。

したがって、ブナ・ミズナラの豊凶予測することができれば、ヒグマ注意報の発信が可能です。現在、NPOや市民と一緒に豊凶モニタリングする体制の整備や予測手法の開発に取り組んでいます。また、2005年の大量出没の時から、道庁自然環境課が中心となり、大学演習林、道総研(環境科学研究センター、林業試験場)らの調査結果を取りまとめ、9月中旬に注意報の発信も開始しています。

質問にお答えします

質問

回答

会場からの質問

今後のクマ対策の仕組みの望ましいあり方は何ですか
また、私たち市民としてできることはありますか

趣味の狩猟者任せの捕殺一辺倒の対策から脱却し、野生動物の保護管理業務実施する公的なしくみを整備して人材を配置する必要がありますが、このような「しくみ」を作ることに対する社会的な認知は低いのが現状だと思います。
公的な対処を求める世論が必要なのではないでしょうか。

気候の違いは、クマの冬眠の時期に作用しますか
例えば、今年のように暑い夏は冬眠開始が遅くなるなど・・・

気候変動がクマ類の生態に与える影響は、海外でも関心の対象です。
ただし、単純に気温が冬眠時期に影響するのではなく、例えば、結実周期の延長など、食物条件の変動がヒグマの行動に与える影響が大きいと予測されます。

子離れの時期と出没に関係がありますか
人間の怖さを学習しているのでしょうか

ヒグマの社会構造が行動に影響していることは間違いありませんが、詳しいことは分かっていません。
ただし、例えば初夏に亜成獣の個体が市街地近くで目撃されるなどの事例は、子別れ直後の若い個体の行動が影響しているとも考えられます。
ヒグマが最初に人間と接触する過程で、人間への対応を学習すると考えられることから、このときに、人間を忌避することを学習すれば、問題行動を取ることは少なくなると考えられます。

ハンターの数は減っていますが、捕獲数は増えているのですか

狩猟登録者数の減少は、捕獲数の変化にどの程度の影響を与えているのですか

クマの生息数は増えていますか
捕獲数と生息数の関係はどうなっていますか

捕獲数の増加は狩猟目的によるものではなく、害獣駆除の増加によるものです一つの要因は、わなによる捕獲が増加していることです。多数のわなを掛けっぱなしにしておくことで、捕獲効率が上昇していると考えられます。
また、ヒグマ捕獲の技術と経験を持っている狩猟者は限定されるため、これら特定の狩猟者がリタイアするまで、捕獲レベルは維持されると考えられます。
北海道のヒグマ生息数の増減は明らかかでありませんが、減少しているとする明らかな根拠はありません。ただし、生息数の増加だけでは説明できない捕獲数の増加傾向が見られます

里山の減少がクマの人里への出現に影響しているという話を聞いたことがあります
そのようなデータも得られていますか

下草が刈られ、見通しが良い里山は、クマに対する緩衝帯として働いてきましたが、農家・林家の減少にともなって、管理が行き届かなくなり、針葉樹の林には広葉樹が茂り、耕作放棄地が増えています。
こうした管理の変化により,クマが人里まで近づきやすくなり、人とのあつれきが増えていると考えられます。詳しいデータは持ち合わせませんが、クマと人との接点が増えているのは確かかと思います。

さらに詳しく知りたい方は・・・

  動画(道総研公式チャンネル

  案内チラシ