試験研究は今 No.477「北海道における伝染性造血器壊死症IHNの変遷」(2002年7月12日)
北海道における伝染性造血器壊死症(IHN)の変遷
はじめに
伝染性造血器壊死症(IHN)はサケ科魚類の養殖に大きな被害をもたらす非常に危険なウイルス性の伝染病です。この病気は水温10~15度の主に春期に発生が多くみられ、感染した魚は、鰓が白くなるほど激しく貧血し死亡します。北海道でも1970年代にこの病気の存在が確認されて以来、現在まで数多くの発生例があります。その間に、稚魚でしか被害がなかったものが成魚でも死亡がみられるようになったり、発生がなかった魚種に感染が広がる等の病気の変化が現象として確認されています。北海道のIHNは変化しているのでしょうか?北海道にて10年以上前に発生したIHNと最近発生したIHNの違いを原因ウイルスの遺伝子を比較することにより昔と今の違いを推定してみました。
方法
IHNの原因ウイルスは次の図のように6つの遺伝子を持つことが知られています。今回はこのうちNV遺伝子を読むこととしました。
北海道内にて1980年代後半に発生した4件のIHN(仮称 あ、い、う、え)および2000年・2001年に発生した4件のIHN(仮称 ア、イ、ウ、エ)を対象に原因であったウイルスのNV遺伝子を読みました。今回読んだ北海道発生分8件にあわせ、すでに米国の研究者により読まれている米国発生分8件のIHN(仮称 A,B,C,D,E,F,G,H)の計16件のデータをもとに、原因となったウイルスの類縁関係を推定しました。
解析の対象としたIHNのリスト
北海道分 | 米国分 | ||||||
件名 | 発生地域 | 魚種 | 発生年 | 件名 | 発生地域 | 魚種 | 発生年 |
あ | 北海道 | ニジマス | 1989 | A | カリフォルニア州 | マスノスケ | 1966 |
い | 〃 | ニジマス | 1986 | B | オレゴン州 | ニジマス | 1976 |
う | 〃 | サクラマス | 1988 | C | ワシントン州 | マスノスケ | 1973 |
え | 〃 | サクラマス | 1988 | D | 〃 | マスノスケ | 1980 |
ア | 〃 | ニジマス | 2000 | E | アイダホ州 | ニジマス | 1982 |
イ | 〃 | ニジマス | 2000 | F | 〃 | ニジマス | 1984 |
ウ | 〃 | ニジマス | 2001 | G | カリフォルニア州 | ニジマス | 1985 |
エ | 〃 | ヒメマス | 2001 | H | ワシントン州 | マスノスケ | 1989 |
結果
北海道にて1980年代後半に発生した4件(あ、い、う、え)のIHNのNV遺伝子はよく似ていました。またこれら4件のうち“え”を除く3件は米国オレゴン州にて1976年に発生した“B”に近似していることがわかりました。また最近、北海道にて発生した4件のIHN(ア、イ、ウ、エ)はそれぞれにどのウイルスとも似ておらず、独自性が強いことがわかりました。
これらの結果より北海道で発生するIHNは十数年前と比較し、多様化していることが推定されました。この原因としては他の地域からのウイルスの侵入やもともとあったウイルスの変化が考えられます。今回確認したウイルス遺伝子の多様化は、今まで被害がなかった魚種でのこの病気の発生や、今まで抵抗性を示した大きな魚での発生などの複雑化してしまったこの病気の性質を説明するものなのかも知れません。
1980年代後期の北海道で、1970年後期にオレゴン州にて発生したIHNとよく似たものが何件も発生していたことは非常に興味深い事柄です。世界中を調査したわけではないので発生源は特定できませんが、その当時、どこかの国から活卵等と一緒に日本に浸入したのでしょうか。伝染性疾病の流行は種苗の流通と密接に関連していることがこの結果からも伺い知れます。
1980年代後期の北海道で、1970年後期にオレゴン州にて発生したIHNとよく似たものが何件も発生していたことは非常に興味深い事柄です。世界中を調査したわけではないので発生源は特定できませんが、その当時、どこかの国から活卵等と一緒に日本に浸入したのでしょうか。伝染性疾病の流行は種苗の流通と密接に関連していることがこの結果からも伺い知れます。