●特集『木質バイオマス研究の今,石油に取って代われるか』

バイオマスの変換技術について~バイオマス講演会の報告~

利用部 再生利用科 檜山 亮


はじめに


 地球温暖化対策の一環として,国内外の大学,企業あるいは公設の各種の研究組織で,植物からバイオエタノールを生産するための研究が盛んに行われています。
 林産試験場でも木質バイオマスから糖を取り出してバイオエタノールを製造するための研究を行っています。それに関連して筆者は,(独)産業技術総合研究所の地域産業活性化支援事業という,地方の企業と公設の研究機関を支援する制度を利用し,2007年10月中旬から2008年3月下旬まで,茨城県つくば市に滞在して研究活動を行ってきました。
 その期間中,関東地方では1か月に1,2回くらいの割合でバイオマスに関する興味深い講演会や研究成果報告会,学会が開催されており,今後の研究に役立てるために積極的に参加して情報収集も行ってきました。

 研究内容については,別の機会で報告させていただくとして,ここでは,講演会や学会で得られた情報から,木質バイオマスをバイオエタノールに変換するための,国内のさまざまな研究動向を紹介します。

木質バイオマスの変換技術について


(1)木質バイオマスのアルコール原料としての特徴

 現在実用化されている,または実用化に向けて研究されているバイオエタノールの材料の変換しやすさを分かりやすい例を挙げて比較すると,サトウキビジュース>トウモロコシデンプン>草本のセルロース>木材のセルロースという順になります。

 デンプンとセルロースは,共にブドウ糖がいくつも直鎖状に連なった高分子です。しかし,デンプンとセルロースはブドウ糖の結合の仕方が異なり(図1),デンプンは生物的または化学的に分解しやすく,セルロースは分解しにくくなっています。
 さらに,セルロースは直鎖状の分子が束になりやすく,主に水素結合と呼ばれる力で互いにくっつきあって結晶のようになっています。
 また,草本や木材のセルロースのまわりにはリグニンと呼ばれる難分解性の高分子有機物がセルロースを保護するように取り囲んでいます。

図1

 ブドウ糖とは違う糖から構成されているヘミセルロースという成分は,リグニンとセルロースを結び付けるような役目を果たしています1,2)図2)。セルロースからとれるブドウ糖が容易にアルコールに変換できるのに対して,ヘミセルロースからとれる糖類には,普通の酒造りに使われる酵母ではアルコール発酵できないものが含まれています。

(2)木質バイオマスのアルコール変換工程

 木質バイオマスを燃料用エタノールに変換するには,大きく分けて四つの工程があります。
 はじめに,集荷された木質バイオマスの水分調整や粉砕をした後,セルロースの状態をブドウ糖に分解しやすい状態にする「前処理」と呼ばれる工程があります。
 次に,セルロースやヘミセルロースをブドウ糖などの糖にする「糖化」と呼ばれる工程があります。
 さらに,糖を酵母などの微生物の働きによりエタノールに変換する「発酵」と呼ばれる工程があります。
 最後に,エタノールと水の混合物を「蒸留」して100%に近いエタノールにする工程があって,ガソリンタンクに投入してもよい燃料ができあがります。

 各工程において,力をいれるべきポイントが絞られてきています。
 前処理工程では,セルロースを取り囲むリグニンのガードをうまくかわす方法やリグニンを分離して除去してしまう方法が研究されています。
 糖化工程では,効率よくブドウ糖を得るためにセルロースの結晶をどうやって分解するのかが重要です。
 発酵工程では,発酵しにくいヘミセルロース由来の糖を効率よく発酵できる微生物の開発と濃いエタノールを迅速に生産できる微生物の開発が重要です。
 蒸留工程では,エネルギーをあまりかけずに水とエタノールを分離するために特殊な膜で分離する技術が期待されています。

セルロースを分解するための技術開発


 ここからは,林産試験場が特にかかわりの深い前処理工程と糖化工程について国内の研究開発動向を少し詳しく見ていきます。
   現在研究されているセルロースを糖に分解する方法は,硫酸を使う方法と硫酸を使わずに酵素を使う方法の大きく二つに分けることができます。

(1) 酸を使ってセルロースを糖にする方法

 硫酸を使うと,リグニンをほとんど溶かさずにセルロースだけを溶かしてブドウ糖にすることができます。前処理工程のうち,リグニンの除去が必要なく,そのまま糖化できるのが利点です。

 硫酸を使う方法は,75%程度の濃い硫酸を使い,木粉を30~40℃の低温下で力強くこねる方法と,1%程度の薄い硫酸を使い,木粉を170~200℃程度の高温高圧にする方法の二つがあります。

 高温高圧の希硫酸を用いる手法では,糖の収率を低下させずに結晶性のセルロースを分解するのが難しいため3),酵素処理と組み合わせる方法がとられているようです4)

 これらの方法は比較的実用化が近いとされ,企業が参入して実証規模のプラントや商業規模のプラントが建てられており4~7),ガソリンと競争できる価格を実現するためにさらなる研究やプラントの工夫が進んでいます。

 なお,林産試験場では濃硫酸を使う処理の応用を検討してきました8)
 また,濃硫酸を用いる方法では,フェノール系の有機溶媒と濃硫酸処理を組み合わせてリグニンを硫酸から分離する相分離法という改良法の研究も進んでいます9)

(2) 酵素を使ってセルロースを糖にする方法

 セルロースを分解して糖にするセルラーゼは,ウシやシロアリなどの草や木を食べる生き物の胃腸に共生する微生物や木材腐朽菌など限られた生き物だけが作ることのできる酵素群のことを指します10)

 現状ではセルラーゼを安価に作ることができず,セルラーゼを使って木材から糖を取り出そうとすると多大なコストがかかってしまい,ガソリンよりもかなり高価なエタノールしかできない計算になっています11)
 しかし,酵素を使った方法は,近年大幅な進歩を続けている微生物工学がさらに劇的な発展を遂げれば,強力で安価なセルラーゼを作り出すことができるようになる可能性があります。そのため,将来的に低コストでエタノールを作ることが期待できるとして,各方面で酵素糖化の研究が進められています。

 酵素は,濃硫酸のように粗い木粉に直接作用してセルロース結晶から糖を作ることができないため,リグニンを除くことやセルロース結晶をほぐして酵素が作用しやすい状態にしてやる前処理の必要性が大きくなっています。
 酵素糖化のための研究は,様々な前処理技術が国内のいろいろな研究機関で検討されています。ここからは特に有望と期待される各種前処理技術を簡単に解説していきます。

(ア)超臨界水・亜臨界水処理(水熱処理)

 水を密閉容器の中で374℃以上になるように加熱し,218気圧以上にすると,蒸発しているけれど気体よりはずっと密度が高いという,液体でも気体でもない状態になります12)。この状態の水(超臨界水)は反応性がとても高く,難分解性の有機物の分解にも使用され,2008年5月に稼動開始した室蘭市のポリ塩化ビフェニル廃棄物処理施設にも応用されています12,13)

 木材のセルロースも,この超臨界水で分解することができます。超臨界水でセルロースを長時間処理するとその高い反応性のため,低分子の有機酸や二酸化炭素にまで分解されてしまいます14)
 そのため,超臨界水または超臨界水の手前の亜臨界水でごく短時間の処理を行うことで,セルロースの結晶が壊されて,一部だけが単糖化されて,大部分は非結晶性のセルロースになっているような状態にします。その後にセルラーゼを用いて糖化を行います14)

 水熱処理は,反応制御の難しさはありますが,すばやく反応が進むことや,硫酸を必要としないため中和または酸回収が必要ないという利点から,研究開発が続けられています。

(イ)アルカリ処理

 木材チップを耐熱耐圧の容器に入れ,アルカリを加え,170~180℃で数時間煮るとリグニンとヘミセルロースがアルカリ液に溶け出て,セルロースが残ります15)。これは,リグニンがアルカリに弱く,セルロースは強いという性質を利用した紙を作る工程の一部です。
 この技術を応用して,セルロースの繊維が懸濁した状態の水にセルラーゼを加えて糖化・発酵させてバイオエタノールを作る研究が進んでいます16)

 この方法には,リグニンとヘミセルロースが溶けたアルカリ液を熱源として燃やし,燃え残ったアルカリを容易に回収してリグニンを溶かす液として再利用できるという利点があります。また,すでにある製紙工場の施設を利用すればエタノール工場の建設コストを大幅に節減することができるという利点もあり,研究の発展が期待されています。

(ウ)微粉砕処理

 木材を特別な粉砕機で数μm(マイクロメートル)~数十μmまで粉砕することで酵素がセルロース作用できるようにする処理もあります17,18)
 すでに,セルロースの束をリグニンが取り囲んでいること,セルロース分子同士がしっかり結びついて束になっていることが酵素糖化の阻害になっていると述べましたが,この方法では,これらを物理的に破壊してしまおうとするものです。
 セルロース分子の束の一単位は太さが数nm(ナノメートル)と言われているので,粉砕機で数μmにすることだけではセルロースの分子同士の結びつきを完全にバラバラにはできませんが,結晶性が低下するという効果があります19)
 さらに,リグニンとヘミセルロース,セルロースの結びつきを壊したり弱めたりします。これらの効果により,酵素糖化の効率が向上しているようです。

 微粉砕には大きな動力がかかりますが,工夫によりかなり改善されているようで,化学薬品を使用しない方法として将来性が見込まれ,小規模の実証プラントの建設が始まっているようです20)

(エ)微生物処理

 シイタケやカワラタケなどのきのこは,白色腐朽菌という種類に分類され,難分解性の高分子であるリグニンを分解する能力を持っています21)
 バイオエタノールをつくるのにあたって邪魔になるリグニンをきのこの力であらかじめ分解して,残ったセルロースを糖化しようという研究も行われています。
 普通の白色腐朽菌はリグニンに加え,セルロースとヘミセルロースも分解しますが,ここではリグニンだけを選択的に分解する特殊な白色腐朽菌を使用します22)
 白色腐朽菌でリグニンを分解するにはかなり長い時間がかかりますが,エネルギーを使わずにリグニンを分解する方法として期待され,研究が進められています。

(オ)ソルボリシス

 セルロースやリグニンを溶媒に溶かすことをソルボリシス(加溶媒分解)と言います。
 木材関係ではリグニンを有機溶媒で溶かすオルガノソルブパルプ化23)や,セルロース溶剤のジメチルスルホキシド(略称DMSO),ビスコースレーヨンを作るときのアルカリ+二硫化炭素24)が有名ですが,ここでは近年急速に注目を集めつつあるイオン液体について紹介します。

 イオン液体は酸と塩基からなる“塩(えん)”ですが,常温やその付近の温度で液体である不思議な塩です。食塩の主成分である塩化ナトリウムや石灰石の主成分である炭酸カルシウムのような代表的な塩が,常温で固体であり,液化するには数百度という高温にしなければならないことを考えるとかなり特殊な性質と言えます。

 イオン液体は新しい電池の電解液などの研究に用いられてきた25)ものですが,近年になって,セルロースやリグニンがイオン液体に溶けることが確認され,ここ数年の間にいろいろな研究が行われています26~28)

 イオン液体は,有機溶媒と違って高温にしてもほとんど揮発せず27),添加剤を加えるなど簡単な操作で溶けている物質を沈殿させて取り出すことができる28)といった,従来の溶媒よりも優れた点を数多く持っています。そのため,環境に優しく木材を効率よく処理できるようになる可能性がある有望な技術とされています。
 現在,様々な研究機関で実用化を念頭においた基礎的な研究が始められています。

おわりに


 ここまで見てきたように,国内の多くの機関が様々なアイディアでセルロース系バイオマスからエタノールを作る研究を進めています。それぞれの技術には,一長一短があり,「この技術が最も優れている」と断言できるものはないというのが現状のようです。
 また,これらの技術は,対象となるバイオマスが,草本なのか広葉樹なのか針葉樹なのか,含水率が高いのか低いのかなどによっても変換効率がかわってきます。

 林産試験場でも他の研究機関の優れた成果を参考にしながら,北海道の原料や環境条件,燃料需要に合わせた木質バイオマス変換手法の開発に向けて取り組んでいるところです。

引用文献

1)「木材で牛を飼う」 研究の“森”から,農林水産省林野庁森林総合研究所
http://www.ffpri.affrc.go.jp/labs/kouho/mori/mori-12.html
2)右田伸彦,米沢保正,近藤民雄編「木材化学 上」共立出版株式会社1968年
3)山本哲史ら「酵素糖化法を促進する前処理技術の開発」第17回日本エネルギー学会講演要旨集p164-165,2008年8月
4)「バイオマス等未活用エネルギー実証試験『木質系バイオマスを主原料とするエタノール製造技術実証試験事業』報告書」(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構 平成18年度成果報告書 平成19年3月
5)バイオエタノール・ジャパン・関西株式会社HP
http://www.bio-ethanol.co.jp/
6)「開発項目『バイオマスエネルギー高効率転換技術開発/セルロース系バイオマスを原料とする新規なエタノール発酵技術等により燃料用エタノールを製造する技術の開発』」平成13年度~平成17年度成果報告書 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構平成18年3月
7)日揮株式会社HP
http://www.jgc.co.jp/jp/01newsinfo/2006/release/20060620.html
8)山崎亨史 「木材から糖をつくる(木材糖化)」 林産試だより2007年7月号
http://www.fpri.hro.or.jp/dayori/0707/5.htm
9)機能性木質新素材技術研究組合「木質資源循環利用技術成果報告書」2006年12月
10)森川 康「セルラーゼ研究の最前線-酵素糖化に向けて-」11-超臨界水 環境問題と新産業に大きな可能性-」2003年1月p9-12
http://www2.pref.shizuoka.jp/all/file_download1020.nsf/46DF758CDCB746034925737000089ED3/$FILE/taidanmyshizu1515-03.pdf
11)(財)地球環境産業技術研究機構 編 「バイオリファイナリー最前線」株式会社工業調査会2008年
12)静岡県HP「『超臨界水』環境問題と新産業に大きな可能性」
http://www.pref.shizuoka.jp/governor/taidan/myshizu15/myshizu15_2.htm
13)日本環境安全事業株式会社HP「北海道ポリ塩化ビフェニル廃棄物処理事業の開始について」2008年5月
http://www.jesconet.co.jp/facility/hokkaido/pdf/open-prelease.pdf
14)京都大学大学院坂研究室HP「超臨界水を用いたリグノセルロースからのバイオエタノール生産」
http://www.ecs.energy.kyoto-u.ac.jp/kenkyu/kenkyu-2.html
15)右田伸彦,米沢保正,近藤民雄編「木材化学 下」共立出版株式会社1968年
16)眞柄謙吾「木質バイオマスの総合利用-バイオエタノール化とマテリアル原料化-」独立行政法人森林総合研究所公開講演会 木質バイオマスのトリプル活用化戦略 講演要旨集p9-p12 2007年10月
17)遠藤貴士「バイオエタノール製造における酵素糖化のための前処理技術」日本木材学会バイオマス変換研究会・抽出成分と木材利用研究会2007年第1回合同講演会-木質バイオマスのエネルギー変換-講演要旨集p5-p18 2007年8月
18)小林信介ら「バイオエタノール製造のための木質バイオマス粉砕の最適化」第17回日本エネルギー学会講演要旨集p164-165,2008年8月
19)藤本真司「産総研バイオマス研究センターの取り組みの紹介とシステム研究から見た技術的課題」第2回農工大バイオマスシンポジウム-世界のバイオマスエネルギー動向と日本の研究課題-(講演資料)2008年2月
20)独立行政法人産業技術総合研究所HP内プレスリリース「より環境に優しいバイオマス燃料の製造プラントの開発を開始」
http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2008/pr20080131/pr20080131.html
21)土居修一「木を腐らせるキノコ」社団法人日本木造住宅産業協会HP
http://www.mokujukyo.or.jp/essey-03/200801.html
22)渡辺隆司ら「選択的白色腐朽菌-マイクロ波ソルボリシスによる木材酵素糖化前処理法の研究開発」独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構 バイオマスエネルギー高効率転換技術開発平成18年度成果報告会 予稿集 2007年10月
23)中野準三編「リグニンの化学-基礎と応用-」ユニ出版株式会社 1979年2月
24)磯貝 明「セルロースの材料科学」(財)東京大学出版会 2001年
25)北爪智哉,渕上寿雄,澤田英夫,井上敏幸「イオン液体-常識を覆す不思議な塩-」コロナ社 2005年3月
26)Diego A. Fortら「Can ionic liquids dissolve wood? Process and analysis of lignocellulosic materials with 1-n-butyl-3-methylimidazolium chloride」 Green Chemistry p63-69,9巻 2007年
27)大野弘幸「イオン液体を用いたバイオマス可溶化技術」(社)STAFF・(独)農研機構バイオエタノール・シンポジウム-草本系バイオマスの前処理・糖化技術を中心にして-講演要旨p36-p38 2007年10月
28)岸野正典ら「1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムクロライド([BMIM]Cl)中に溶解したトドマツ(Abies spp.)主要成分の分子量分布 第57回日本木材学会大会研究発表要旨集p135 2007年8月


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