水産研究本部

試験研究は今 No.92「冷凍すり身今昔」(1992年1月31日)

水試よもやま話  冷凍すり身今音

  冷凍すり身の開発は北海道水試90年の歴史の中で、最大の業績の一つです。平成2年春、韓国の漁業視察団が中央水試を訪ねてきて、冒頭の挨拶が次のようなものでした。「イスラム教徒が聖典コーランの教えに従い、一生に一度はマホメットの生地メッカを巡礼するが、私達はそれと同じ気持ちで冷凍すり身のメッカ、余市の水試へ来ました」。外国人にこうまで言わせた先輩の偉業に私はあらためて、しばらく身震いのとまらない感動を受けたことを忘れることは出来ません。

  先日、北海道の水産関係者の中に冷凍すり身を道水試が開発したことを知らない人がいることを聞かされ、時代の流れを思い知らされた気がしました。現在水試には、冷凍すり身開発に係わったスタッフはもちろん、当時の加工部員は私以外におりませんので、すり身開発の道のりやその後の発展について述べてみたいと思います。

  当時のスケソ(スケトウダラ)の利用状況は卵巣を原料とする紅葉子の製造が主で、内蔵や頭部を除いた胴部分は”ガラ”と呼ばれ、素干しや塩干品にされたり、三陸方面へ焼き竹輪の原料として氷蔵して大量に輸送されていました。昭和31年、スケソ漁獲量が30万トンを超え、スケソ需給対策が大きな行政課題となり、水試加工部に課せられました。

  加工部では以前から落し身の形でねり製品原料として本州へ送るという基本構想をもっていましたが、業界や行政には見向きもされず、加工部の実績はさっぱり上がらない、などという批判で、研究予算の少ない中で苦悩していました。西谷科長以下スタッフはソーセージ製造で収入をあげながら、ソーセージなどの技術試験を続けていましたが、スタッファーのノズルに残る肉糊を凍結し、数日後解凍し加熱したところ凍結前と変わらない弾力をもっていたことに、すり身凍結貯蔵の可能性を確信しました。また、新潟のかまぼこ会社堀川兵衛氏のアドバイスで、スケソ高度利用の道は”スケソでグチに匹敵するかまぼこを作る技術を確立して、原料価格を引上げること”にあると考え、スケソのかまぼこ製造試験にも着手しました。この中で、グチには及びませんが、鮮度良好な原料を用い水晒を十分に行うと良質のかまぼこができることがわかり、すり身開発に大きな影響を与えました。さらに、すり身変性防止のため、かねてから種々の添加物の効果を検討していましたが、たまたま雑談中砂糖を使ってみようかとの話がでて、早速1~3%の範囲で塩ずり肉に添加し、凍結貯蔵を行いました。これが糖による魚肉たん白変性防止についての史上初の実験であったわけです。

  すり身開発で忘れられないのは企業が採算を度外視して協力したことにあります。一例を挙げますと、水試の近くのミール会社から「是非企業化させてくれ」との申し入れがあり、「技術体系が整備されていない実験段階だから」との断わりに対し、「そんなことでは何年先になるかわからない。まず事業として進めてみて、生起した問題点をその都度解決して行くことが技術完成を早める最良の方法ではないか、そのために生じる損害については一切、水試には迷惑はかけない。ガラ輸送が精肉輸送に代われば、副産物の雑把が多くなるから本業のミール製造にプラスになる」と臆病なスタッフを納得させ、飛び込んで来ました。企業化試験を進めるのに好適な網走を選び、網走からも数社の協力を得て水試指定の実験工場になってもらい、すり身の企業化に乗り出しました。それでも企業化への道は遠く、破綻寸前にまで追込まれることも度々あったようです。幾多の困難を乗り越えられたのはリーダー西谷科長の仕事にかける恐ろしいまでの執念と、優秀なスタッフの努力にほかなりません。
    • 図
    • 陸上、洋上別冷凍すり身生産量の推移グラフ
  こうして冷凍すり身技術は完成し、その生産量は図に示すように、需要と生産が驚異的な伸びを示し、昭和35年260トンから昭和51年には全国で38万トン(道内だけで19万トン)に達しました。52年200海里設定以降の原魚確保のための合弁事業の推移などについては記憶に新しいことですので省略しますが、現在は表に示すように、諸外国における工船や現地陸上すり身生産は年々拡大し、日本は輸入という形で供給を受ける時代になっています。

  北海道で開発され、育てられた冷凍すり身技術が今や日本国内にとどまらず、世界各国へ展開し、原料魚種もホキ、ミナミダラ、チリシマアジ、ホワイティング、イトヨリ、メンヘーデンなど、急速に広がり、極めて普遍性の高い画期的技術であることがいよいよ明らかになっています。

  ただ、この技術が国際的に発展すればする程、皮肉にも本家本元の北海道のすり身業界が、原魚不足からますます厳しい状況に置かれていることは誠に残念でなりません。(中央水試 特別研究員 中村全良)