水産研究本部

試験研究は今 No.105「ミズダコのふ化実験」(1992年5月29日)

水試よもやま話 ミズダコのふ化実験

  北水試のタコの研究は、昭和36年から始められたといって良いでしょう。
北海道沿岸からニシンが去り、沿岸漁業振興策の一環として、昭和36年度から新規事業に着手し、日本海の重要資源であるカレイ類とタコが取り上げられました。当時タコの研究を担当したのは釧路水試の坂本、北水研の金丸両氏であり、そのころ整理された生態学的知見は今も資源研究の中に生かされています。

  私はタコとの付き合いは、昭和40年ころからで生物調査・標識放流を主体とした調査でした。現場での体重測定は、市場に揚げる前または加工場へ運ばれる前に終えないと、市場の人、仲買の人のじゃまになるので短時間で行わなければなりません。また、生きた状態のタコをバネ秤で両手で吊り上げる中には20キログラム以上あるのもあり、元気のいいのは足のイボであちこちからみつき、まさに悪戦苦闘で体力勝負の作業でもありました。

  昭和46年春、岩内漁協青年部と共同で産卵実験をする機会を得ました。

  4月初めに、産卵すると思われる10キログラム以上の雌のミズダコを産卵用に作った木箱に入れ、港内の海底で餌を与えつつ飼育し、産卵を待ったのです。2ヵ月後の6月初めに産卵が始まりました。卵は箱の天井部から房状に幾房も産みつけられ、親ダコは卵を外敵から保護するためにそれを覆い隠すように天井部に吸着していました。タコの卵自体珍しく標本として必要だったので強引に親ダコを引き離し、やっとの思いで数房を奪い取り水試 へ持ち帰りました。その頃は親ダコの保護がなけれぱふ化は難しいといわれていました。当時は専門分野外でしたが、折角手に入れた卵でもあり、なかば興味半分に飼ってみようということで、資源部執務室の一画にあった実験用流し台の中にポリ水槽を置いた極めて簡単な装置で飼育を始めました。その時まさかこのことが12月までの付き合いになるとは思いも及ばぬことでした。細かく観察もしませんでしたが、卵は外見上ほとんど変わりなく経過しました。8月初めに卵が黄色味を帯びてきたのに気が付き、顕微鏡をのぞいたところ、卵の端から他の端へうねるような波状運動がみられたことに、驚きと胸の高鳴る感動を覚えました。それからというものは毎日資源部通いで、刻々と発生が進んでいく過程を観察することが出来ました。12月5日、最後の卵からふ化したタコの赤ちゃんが15日目で全滅。約半年にわたる産卵からふ化の実験が終わったとき、外はすっかり雪化粧でした。
(稚内水試場長 山下豊)

北の魚シリーズ -策1回 ニシン-

  春告魚と呼ばれた日本海沿岸の春ニシインソが最後に群来(くき)たのが、1954年でした。このニシンは北海道・サハリン系群(通称春ニシン)と呼ばれ、1960年を境に北海道沿岸から全く姿を消してしまいました。その後も25年余り、ニシンは細々ととられましたが、この系群は見られませんでした。

  1985年5月に突如石狩湾沿岸へ小型のニシンが大量に来遊し、6月には留萌や宗谷、7月にはオホーツク海の雄武や湧別沿岸などにも出現しました。11月には沖合でも底びき網による本格的なニシン漁が始まりました。1986年には沖合底びき網を主体に7万トン以上の漁獲量を記録し(図)、翌1987年春には産卵ニシンがまとまって漁獲されるなど、道北日本海からオホーツク海にかけて、さながら春ニシンの海が戻ったような状況になったのは記憶に新しいことです。しかし、1987年の漁獲量は1万8,000トン、1988年、1989年には5,000トン余りと減少し、1990年にはついに2,400トンと史上最低になってしまいました。
    • 図
  このニシンは、30年余りも姿を消していた北海道・サハリン系群のニシンでした。春ニシンが姿を消してからこの時まで、継続してニシンを調べていた研究者がいなかったため、突然出現したニシンがどの系群に属するのかという点について、意見の一致を見たのは1989年になってからでした。

  このため、このニシンに対する乱獲の防止や1987年春の産卵ニシンの来遊予想等、適切な管理策を講じ得なかったことは、皆さんご存じの通りです。

  この一時的に漁獲量の増大をもたらしたニシンは1983年生まれでした。この年生まれのニシンは、北海道・サハリン系群に限らず、テルペニア系群を含むその他の系群も多かったようで、沿海州やオホーツク海北部での漁獲量も増大しました。このように1983年は極東沿岸のニシンが増えるのに何か良い条件が整っていたようです。その後、1983年生まれほどの量ではないが、1988年生まれの北海道・サハリン系群が現れるなど、北海道周辺のニシン資源の様子に変化がみられます。この変化が豊漁時代と不漁時代を繰り返した大西洋ニシンと同様に、新しいニシン豊漁時代へのターニングポイントになるのではないかと期待しながら調査・研究を続けています。(稚内水試 漁業資源部 丸山秀佳)