水産研究本部

試験研究は今 No.136「噴火湾のホタテガイの採苗不振はなぜ起きたのでしょうか~」(1993年3月5日)

試験研究は今 No.136「噴火湾のホタテガイの採苗不振はなぜ起きたのでしょうか?」(1993年3月5日)

噴火湾のホタテガイの採苗不振はなぜ起きたのでしょうか?

図1
  噴火湾の養殖ホタテガイの生産は10万トン余りで噴火湾沿岸漁業の大黒柱となっています。噴火湾はオホーツクのサロマ湖、能取湖と並んで道内ではホタテガイの安定した採苗地として定評のあるところでした。ことに近年は浮遊幼生、付着稚貝とも増加傾向にあり、平成4年も産卵母貝となる残存貝も多いと思われていたことから、今年の採苗も大丈夫であろうと予想していました。事実、各水産指導所で出す採苗予報も5月上旬までは、産卵母貝の生殖腺指数は順調に上昇し、5月上旬には30を超えて、あとは産卵を待つばかりという状況でした。ところが、例年ですと4月下旬から5月中旬にかけて産卵によって低下する生殖腺指数はいつまでたっても下がらず、森では5月下旬から6月上旬になってやっと減少しました。結果的には渡島5単協の浮遊幼生の平均出現数は、昨年の10分1(図)、付着稚貝は100分の1というレベルで、これまでの噴火湾では経験したことのないような低水準の採苗結果となりました。

  採苗が不振であった原因としては現在も検討を進めているところですが、次の3つのことが考えられます。
すなわち
  1. 産卵規模がきわめて小さかった。
  2. 産卵はしたが浮遊幼生期以降の生残率が低かった。
  3. 浮遊幼生の大半が湾外へ散逸してしまった。
これらについてもう少し詳しく分析してみます。
  まず、1については、生殖腺指数が高くても一定の時期を過ぎると正常な産卵が行われないという陸奥湾での報告があります。また、今回、母貝の生殖腺の組織図を見ると、卵の発達に変調を来たしていると思われるものも多く見られました。親貝の量は例年より少ないということはないので、産卵がスムーズにいかず、発生量が少なかったことが考えられます。

  2については現地の水産指導所が毎週実施している浮遊幼生の調査でも、D型幼生(130~150ミクロン)は出現するものの量的に少なく、その後それが成長したと思われる大型の幼生も少数しか見えませんでした。つまり、発生初期のD型幼生量が低水準だったことが後期の大型幼生の出現量に影響したものと思われます。ただし、発生した浮遊幼生がD型幼生になる以前に大量に減耗してしまった可能性も考えられますがこの点については不明です。

  3の湾外散逸説は他の二枚貝の浮遊幼生、貝毒プランクトンの個体数が例年になく少なかったことから考えられないことではありません。しかし湾口部に設置した流向流速計のデータやホタテガイ浮遊幼生の湾全域及び湾外での分布、さらに湾口・湾外の鹿部や南茅部、津軽海峡での幼生数が、噴火湾と同様、例年と比較しても低レベルにあることからこれも可能性は低いと思われます。

  以上のことから類推すると、今のところ1の要因が最も大きいと推定されます。ではなぜ、産卵が不調だったのでしょうか?。噴火湾の海況を見ますと、平成2,3年は冬季間の水温が平年より約2~3度ほど高く推移していましたが平成4年には、ほぼ平年並みに戻っています。また、親潮の湾内への流入が遅れたため、産卵直前の4月に入って低水温が湾全域を覆いました。一方、平成4年の産卵母貝は平成2年から3年の高水温時に生まれ、育ってきました。それが産卵直前に低温にさらされたわけです。こうした履歴の親が卵の成熟や産卵にどの程度低水温の影響を受けたかについては解明されていませんが、現象的には低水温がホタテガイの産卵に影響を与え、そのことが採苗不振につながったのではないかと考えています。

  噴火湾の大多数のホタテガイ漁業者は、他の地域から稚貝を搬入し、何とか量的な確保はできたようです。しかし、他地域からの移入種苗が順調に育ち、かつ正常に産卵するかどうか、さらに、今後も同じ様な採菌不振が起きないかという心配が残っています。

  最近は中間育成技術も進歩して貝が大型化し、それに伴って養殖ホタテガイの早熟化が進んでいます。天然貝では3~4年貝が産卵母集団となるのに対し、養殖貝は2年貝が主体となります。産卵母貝の質的な検討も必要な時期に来ているともいえます。

  今後、安定採苗に向けて、早期の原因究明と今年のような採苗不振時における対策を考慮しておくことが必要です。
(函館水試増殖部 水島敏博)