水産研究本部

試験研究は今 No.143「流氷は栄養分を運んでくるか」(1993年5月14日)

流氷は栄養分を運んでくるか

  今年の流氷は量が少なく、流氷を売り物にするオホーツク海沿岸の観光業者や、雑海藻駆除を流氷の接岸に期待していた道東の昆布漁業者にとっては期待はずれの冬でした。オホーツク海沿岸は流氷のくる海としては、北半球では最も南にあります。ということは、オホーツク海が最も凍りやすい海と言えます。

  真水が、他の液体に比べて凍りやすいことや、浅い池はすぐ氷が張るが、深い湖はなかなか結氷しないことは、北海道の人ならみんな経験的に知っていることと思います。今から30?40年前までの民家は断熱が悪く、風通しも良かったため寒い冬の朝は、台所の洗い桶の水や水道は簡単に凍ったものです。しかし、醤油や酒まで凍ることは、よほどの寒冷地か、ひどいあばら屋でないかぎり滅多にありませんでした。水深の浅い屈斜路湖は、ほぼ毎年結氷していますが、支笏湖は水深が深いため結氷しません。

  海の水は塩分を含んでいるため、真水より凍りにくいことはたしかですが、醤油や酒はどではありません。マイナス1.8度で凍り始めます。

  下図に塩分濃度の違いによる最大比重の温度と結氷温度を示しました。ご存知の通り、塩分0のときの結氷温度は0℃、最大比重は4度です。塩分が濃くなるにつれて結氷温度も下がりますが、最大比重になる温度の低下のほうが急で、二つの直線は塩分24.7、水温マイナス1.34度のところで交差しています。塩分24.7までは最大比重の温度が結氷温度より高いため、上から冷却すると冷やされた水は重くなって下に沈み、全層が最大比重の温度になると対流が止まります。その後の冷却は表層の水を軽くし、下層に暖かい水を残したまま、表面から結氷し始めます。海水は塩分が30以上あり最大比重の温度より結氷温度のほうが高くなっています。もし塩分が上下均一なら、全層が結氷温度に下がるまで、対流が続きます。日本海がその良い例で、この海に氷を張らせるには3,000メートル以深の海底までマイナス1.8度に冷やさなければなりませんが、毎年その前に春がきてしまいます。これまで最も冷却されたのが0.5度までで、日本海の水深200メートル付近から海底まではほとんどこの水温です。
    • 図
  オホーツク海にはアムール河という大河が流れ込んでおり、大量の淡水を供給しています。このため、表層の塩分は低くなっています。図に見るとおり塩分低下は結氷温度を上げますが、これがオホーツク海の凍りやすさの主因ではありません。淡水は密度が小さいため、海水より軽く、海の表層に薄く広がります。この上下層の密度差(塩分差)がオホーツク海の凍りやすさの根源です。表層の海水を冷却すると密度が大きくなって沈下しますが、塩分が少ないため結氷温度まで冷やされても下層の塩分の大きい水より密度は小さく、結氷し始めるまで、対流は水深50m付近で止まっています。

  オホーツク海の最大水深は日本海と同じく3,000m以上ありますが、表層からの冷却による対流の底は非常に浅く、日本海が支笏湖なら、オホーツク海は屈斜路湖みたいなものです。

  北海道各地で毎冬催される雪祭りや氷祭りには、氷の彫刻が必ず展示されています。気泡の入らない透明な氷は、まるでクリスタルガラスのようにきれいですが、もし、プリンを作るように、エメラルドやルビーのような透明で色のついた氷を作ることができたら、もっと楽しくなるでしょう。しかし、ビールやジュースを凍らせたことのある人なら、その氷には色がつかず、回りの液体の色が濃くなることはおわかりでしょう。氷の結晶のなかに着色物質をいれることはほとんど不可能です。氷の結晶は水分子以外のものには、きわめて排他的です。
  海水が凍るときも真水の部分が凍り、回りの海水の塩分濃度は高くなります。この結氷温度付近まで降温した塩分濃度の高い海水は、密度が大きく、深くまで沈みます。厳冬で氷がたくさんできれば、より深くまで対流が進みます。オホーツク海はもともと栄養分の多い海ですが、深くまで対流することにより、夏の間深層に蓄えられていた栄養分が、表層まで運ばれてきます。畑は深く耕すと良い作物ができるように、海も対流が深いほど栄養豊かになります。

  オホーツク海の水は宗谷、網走支庁の沿岸は勿論のこと、大平洋岸でも根室、釧路、十勝、日高、胆振、渡島支庁の函館沖まで影響を与えています。

  これまでの説明でお分かりのように、流氷そのものは塩分も栄養分もあまり含んでいません。しかし、流氷が太平洋岸まで来るような年は、オホーツク海がよく冷やされた年で、オホーツク海の表層水の栄養分は多くなっています。流氷そのものは栄養分を運びませんが、流氷をたくさん運ぶ海流は栄養豊がです。ここ数年、暖冬が続いてますが、厳冬が待たれます。(釧路水試漁業資源部 小笠原惇六)