水産研究本部

試験研究は今 No.150「エゾバカガイ人工種苗生産の取り組み」(1993年7月2日)

エゾバカガイ人工種苗生産の取り組み

  北海道で、一般にエゾバカガイと呼ばれている二枚貝は、標準和名バカガイNatra chinensis Phil1ipi の異名であり、バカガイと同じものです。これを加工し、珍味になればサクラガイ、また寿司ねたではアオヤギと呼ばれています。近年、このエゾバカガイは需要が高まり、価格も高騰していますが、資源の変動が大きく不安定な状態にあります。そのため資源の安定と増加への期待が高まっています。とりわけ、本道日本海沿岸では重要な漁業資源となっており、“水産試験研究プラザ”でもエゾバカガイの栽培漁業技術開発に関する要望が出されています。このため栽培漁業総合センターでは、平成2年度からエゾバカガイ人工種苗生産技術の基盤研究に取り組んでおり、中間育成に関しては、桧山南部地区水産技術普及指導所が中心となってプラザ関連の事業の一つとして、当センターの人工種苗生産研究の過程で得られた種苗を用いて技術開発に取り組んでいます。

  さて、人工種苗生産の方法ですが、エゾバカガイの場合は大きな3つの柱から成り立っています。その3つの柱とは、
  1. 親貝の養成と採卵
  2. 浮遊幼生の飼育
  3. 沈着稚貝の飼育
です。それでは、個々について説明します。

1:親貝の養成と採卵

  親貝は、当初自然海水のかけ流しで飼育していましたが、これでは産卵期である夏季高水温時に自然産卵してしまい、計画的に採卵することが困難になります。そこで、平成3年度から水温20度以下に設定した恒温水槽で飼育することにより産卵を抑制し、自然産卵を防いでいます。採卵は、親貝を1個ずつ別々の水槽に収容し、飼育水温より3~5度昇温した紫外線照射海水をかけ流しで行っています。この方法ですと1~2時間で放精放卵が起こり、比較的容易に採卵ができます。受精は、放出された卵を15リットル水槽に移し、その中に精子海水を加えて行ないます。受精後1時間毎に3回洗卵(受精卵は沈澱するのでその上澄みを捨て、捨てた分の海水を加える)を行い、一晩そのまま静置します。受精卵は、トロコフォラ期を経て、次の日には殻長80ミクロンのD型幼生になり、海水中を浮遊します(発生模式図参照)。
    • エゾバカガイの発生模式図

2:浮遊幼生の飼育

  浮遊幼生の飼育には、0.5トンパンライト水槽を用い、約20度に調温した濾過海水を、1ミクロンのフィルターで濾過し、それを連続的に徴量注水し、ガラス管によりわずかに通気を行っています。幼生の収容密度は1個体/ミリリットルで、餌料には鞭毛藻の1種であるパブロパ・ルセリを用い、成長に応じて、1万細胞/ミリリットルから4万細胞/ミリリットルを与えています。ただ、飼育途中に幼生が汚れたり、バクテリアに侵されたりすると、浮遊せず底に沈んでしまい、そのままにしておくと最悪の場合には原生動物に寄生され、死んでしまうことがあります。そのため、幼生が底に沈んでいたらすぐに全換水を行い、バクテリアを排除し、幼生についた汚れをおとしてやると再び浮遊するようになります。これらの飼育方法は、ホッキガイの幼生飼育とほとんど同じです。D型幼生を飼育し始めてから約14日間程で、殻長230~240ミクロンの沈着稚貝になります。

3:沈着稚貝の飼育

  沈着稚貝は、あらかじめ底に砂を敷いたFRP水槽に移し沈着させます。沈着稚貝の飼育は、浮遊幼生の場合と同様に、調温濾過海水を連続的に徴量注入し、通気を水槽の中央に配置した塩ビ管からエアーカーテン状に行っています。また餌料は、パブロパ・ルセリを4万細胞/ミリリットルから8万細胞/ミリリットルになるように与えています。その他の餌料としては、浮遊珪藻の1種であるキートセラス・グラシリスがあげられます。沈着稚貝は、飼育水温が18度以下になると著しく成長が悪くなり、21~27度の問では比較的良い成長をします。

  以上がエゾバカガイ人工種苗生産の方法ですが、それぞれまだ数多くの問題点が残されています。しかし、前述の通り現在ではエゾバカガイは日本海沿岸の重要な漁業資源であるので、早急にこの問題点を解明し、人工種苗生産の基盤的技術を確立し、大量生産まで技術を発展させていきたいと考えています。
(栽培センター浅海部 高畠信一)