水産研究本部

試験研究は今 No.427「マツカワの自然産卵誘導、大成功!」(2000年6月28日)

マツカワの自然産卵誘導、大成功!

  最近、「北海道では、マツカワの種苗量産施設の建設が計画中」という新聞記事がみうけられました。以前、本誌でもとりあげられましたが、マツカワとは、本道太平洋・オホーツク海域に生息する大型のカレイです。白身のわりに脂がのったその味は、ヒラメに勝るといわれ、商品価値が優れています。また、他のカレイに比べて低い水温でも成長がよいことから、北海道の栽培漁業に適する魚として高く評価されています。

  道立栽培漁業総合センターでは、平成2年からマツカワの種苗生産技術の開発に取り組んできました。長年の苦労のかいがあって、現在では、全長35ミリメートルの種苗を10万尾生産できるレベルに達し、技術開発も大詰めを向かえています。今回は、その中で最も大きな成果といえる自然産卵誘導技術の研究開発の歩みについて紹介します。

受精卵をとる方法:採卵技術

  魚類の種苗生産のなかで、質のよい卵を大量に確保することは最も重要な課題です。一般に、受精卵をとる方法としては、水槽内で産み出され、受精した卵をネットで回収する「自然産卵法」と、親魚を水槽からすくい上げ、腹部を強く押して卵・精子を搾り出す「人工受精法」が代表的です。一足先に、種苗の量産技術が確立し、事業規模で栽培漁業が進められているヒラメでは、自然産卵法によって大量、かつ効率的に採卵が行われております。

  一方、マツカワでは、飼育環境下でも、4月になると卵の放出(放卵)が観察されますが、受精行動がスムースに行われないせいか、今まで、自然産卵で受精卵を得ることはできませんでした。そのため、人工受精法によって受精卵を確保してきましたが、この方法は、親魚に与えるストレスが大きく、親魚に病気が発生したり、ハンドリングのダメージからへい死するおそれがあります。さらに、多くの受精卵を得るためには、かなりの人手と時間が必要とされ、種苗の量産現場には不向きです。そこで、マツカワでも、自然産卵による採卵技術を確立しようと、平成9年から産卵誘導実験を開始しました。

産卵誘導実験スタート

魚の産卵を誘導するにはどうすればよいのでしょうか?
  過去、魚の産卵メカニズムを解明しようと、多くの研究がなされてきました。その中の一つに、「ヒラメやマイワシなど、春から初夏に産卵する魚では、水温の上昇が産卵を促す刺激となる」と考察した研究報告がありました。通常、マツカワが放卵する時期は4月、すなわち春期です。そのため、マツカワでも、水温は産卵を制御している重要な要因であるかもしれません。

  そこで、平成9年の実験では、親魚の飼育水温を3月上旬からゆっくりと昇温し、産卵期間である3月下旬から5月の間、例年よりも高い水温(6度)で飼育しました(図1)。その結果、いつもどおり4月から放卵が始まったのですが、得られた卵は白濁した過熟卵か、未受精卵ばかりで、受精卵はなかなか得られませんでした。実験失敗かと思った矢先、実験も終わりにさしかかった4月22日と27日、集めた卵中になんと受精卵が混在していたのです。その量はあわせて4万粒以下と少量ですが、自然産卵で受精卵が得られた事例は、当センターではこれが初めてでした。
水温刺激作戦、的中!
  では、この2日だけ、どうして受精が起きたのでしょうか?実験期間における飼育条件のデータを徹底的に調べました。すると、受精が起きた両日、いずれも何かの原因で水温が1~2度急上昇していたのです(図1の矢印)。つまり、偶然、水温が上ったことによって、受精行動が引き起こされたのかもしれません。

  そこで、平成10年の実験では、この事実を確かめるため、3月下旬から、水温を一日に6度から9度まで一気に加温し、翌朝再び6度に戻す操作(水温刺激と名付けました)を繰り返しました(図2)。その結果、雌の放卵が前年よりも頻繁になり、総放卵量は3倍以上に増加しました。さらに、実験期間中、一水槽あたり10~15例、受精が誘起され、この年、合計109万粒もの受精卵が得られたのです。また、受精は、水温が上昇しピークになった時点で誘起されやすい傾向がみられ、水温刺激が効果的であることが明らかになりました(図3)。
    • 図1,2,3

今後の展望

  以上の結果、産卵期、マツカワに水温刺激を行うことにより、雌の放卵を促進できるとともに、受精行動を誘起できると考えられました。過去の天然マツカワの漁獲情報や聞き取り調査の結果によると、本種は産卵期になると水温が高い数十メートル以浅の浅海域に移動すると推測されています。そのため、天然海域でも水温の上昇がマツカワの放卵・受精の引き金となっている可能性が高いと思われ、この手法は産卵誘導技術として有効であると考えられました。

  今回は紙面の都合上、紹介できませんが、平成11年、12年の実験では、水温刺激のタイミングや開始時期について詳細に検討しました。その成果により、さらに多くの受精卵を効率よく採卵できるようになりました。今後は、種苗の量産現場でもこの手法を活用できるようにマニュアル化を進め、マツカワの大量採卵技術を確立したいと考えています。

(道立栽培漁業総合センター魚類部 萱場 隆昭)