水産研究本部

試験研究は今 No.428「低回帰地域でのサケ回帰率を高めるために」(2000年7月12日)

「低回帰地域でのサケ回帰率を高めるために」

  毎年10億尾の稚魚を放流し、約4000-5000万尾の親サケが帰るようになりました。5パーセントの回帰率が全道一円に効果があるわけではありません。特に日本海側の回帰率は低いままです。全道5海区で放流される稚魚の数は約2億尾づつで、海区ごとの増殖努力は等しくとも、回帰率は大きくばらついてます。

  回帰率が低い原因について直接の回答を得ることは難しいですが、サケ幼魚が生活する沿岸の様子を知り、どのように育てて、どのような条件の海に送り出すのが良いかを吟味することは大事なことです。沿岸条件の知見を持って、飼育方法や放流方法を改善し、回帰率を高めることにつなげようとして、「日本海区さけます回帰率向上対策調査」が始まりました。平成7年から5年間、増毛の浜で留萌支庁水産課や留萌南部水産普及指導所など多くの人達の協力を得て調査を行いました。5年間の調査も終わり、これらの結果は報告書にまとめられたばかりです。増毛沿岸の水質から始まり、植物プランクトン量と動物プランクトン量の変動、サケ幼魚の成長追跡や他の魚種との競合、海鳥による捕食量の調査と、これまでにない多方面にわたる調査内容となりました。こではその中から増毛沿岸環境についてトピックスをまとめてみました。

  まず水温の変動ですが、日本海では対馬暖流の北上が早くて、3月末から4月上旬にかけて5度を上回る年と、同じ時期でも5度を下回る年がありました。水温上昇の早い年を温暖年と呼び、低い年を冷涼年と呼んで結果の整理をしました。温暖年では6月に入ると水温が13度を越えサケ幼魚はすめなくなります。冷涼年は沿岸の動物プランクトンも遅くまでいて、6月に入ってもまだサケのすめる環境です。放流する時期が4月の上旬に集中していると、水温の上昇の遅い冷涼年のほうが沿岸に長くすめます。冷涼年では動物プランクトンも遅くまで沿岸にいて、やや小さめのサケ幼魚も成長には好ましい環境であることもわかりました。水温上昇の早い年はオホーツク海の水温上昇も早く、サケ幼魚には大変厳しい環境にさらされます。このように水温環境はサケの親魚の回帰まで少なからず影響すると考えられます。

  次に、クロロフィルaの濃度で代表される植物プランクトンの動きにも特徴がありました。例年春早く3月頃に一度クロロフィル濃度が高くなることが多くみられました。その後は徐々に濃度が低下しますが、5月に入ると再度濃度が高くなります。春には、沿岸に溜まっている塩分濃度が高く栄養塩の豊富な水の中で、日照時間の増加と外気温の上昇によって植物プランクトンが増加することがわかりました。このことは春に多くの場所で起こることです。2度目の濃度上昇の原因は、融雪増水によって暑寒別川の水量が増し、窒素とケイ酸が沿岸表面に運び込まれるためであることがわかりました。

  このように沿岸での生き物の動きにも水温、沿岸水の栄養状態、河川水の張り出しなどがさまざまに影響していることがわかってきました。動物プランクトンが多く生息できるためにも植物プランクトンが増えることが必要ですが、とくに5月に入ってからは水温も上昇し、動物プランクトンも増え、サケも急速に成長する時期ですので、この時期に沿岸域での生物が豊富になることはとても重要なことです。河川水がもたらす栄養塩類が重要であることを知らせてくれ、森、川、海のつながりが、ここでも大きく働いています。

  では、このような沿岸の動きから、どの時期にサケを放流したらよいかを考えました。

  下の図は増毛沿岸で測定された水温とクロロフイル濃度、透明度とクロロフイル濃度の関係を示しました。クロロフイルa濃度が0.7-1ミリグラム・ m-3を越えると透明度は概ね10メートル以下です。とくに8メートル以下ではクロロフイルa濃度は大部分が1ミリグラム・ m-3 を越えています。透明度が下がると、海水はそれまで青みがかった色から緑色を増してきます。サケの幼魚放流の指標として水温が5度を越えてからといわれていますので、これに透明度が8メートル以下になり、海水が緑色に変わり植物プランクトンの生産が上がるころを放流適期と考えました。
    • グラフ
  北海道沿岸ではまだまだサケ親魚の回帰量が少ないところも多くあります。それぞれの地域によって沿岸環境の特徴があるはずですが、十分に調べられてはいません。放流先の沿岸条件を知ることがサケの回帰率を高めるための第一歩と思われます。

(水産孵化場 養殖技術部 今田和史)