水産研究本部

試験研究は今 No.449「耳石のストロンチウム・カルシウム比(Sr/Ca)分析からみたシラウオの遡上降海」(2001年5月25日)

耳石のストロンチウム・カルシウム比(Sr/Ca)分析からみたシラウオの遡上降海

  魚の頭部には耳石または平衡石と呼ばれる石があります。これまでもこの耳石から、年齢や日齢、成長速度といった重要な生態情報を得てきました。そして近年、EPMA(Electron Probe Micro Analyzer)という分析装置を用いることで、耳石に含まれる微量元素量を計測して、その生物(魚)が生活してきた環境の推測が可能となってきています。今回、ストロンチウム(Sr)とカルシウム(Ca)量の分析によって石狩川下流域と河口周辺の沿岸域に分布するシラウオの遡上降海の履歴を調べました。

  耳石には主成分である炭酸カルシウム(CaCO3)の他に、ストロンチウム(Sr)、亜鉛(Zn)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)といった元素が微量ですが含まれています。この中でストロンチウムは、海水における含有量が淡水(川水)の約100倍もあることが知られています。そしてストロンチウムはごく少量ながらカルシウムの代わりに耳石に取り込まれます。ですから海水と淡水を行き来するサケ類やウナギ類などの「通し回遊魚」の耳石では、海水中で成長した部分でストロンチウムが多く、淡水中で成長した部分で少ないといった傾向がみられます。
    • 図1
  石狩にすむシラウオの耳石をEPMAで分析したところ、やはり沿岸の海水域で採集されたシラウオの耳石縁辺部のストロンチウム濃度が重量パーセントで0.20パーセント以上と高く、淡水域である河口から約6キロメートル上流の三日月湖で採集されたシラウオ耳石縁辺部の0.05パーセント未満と大きな差がみられました(図1の上段)。また先程述べたように、ストロンチウムはカルシウムに代わって耳石に取り込まれるのですから、環境による差を強調するためにストロンチウム濃度をカルシウム濃度で割った比(Sr/Ca)が指数としてよく用いられます。耳石の中心核から縁辺への線上におけるこの指数をグラフにしたものが図1の下段のグラフです。

  シラウオは石狩川河口周辺の浅瀬で、5~6月に産卵します。シラウオの寿命は満1年ですから、河口でふ化したシラウオは1年後に、産まれた河口に産卵のために帰ってきます。この河口に集まった親魚の耳石をEPMAで分析すれば、シラウオが石狩川と沿岸域をどのように行き来して一生を送っていたかを推定できることになります。そこで、2000年の5月に河口に帰ってきた雌について、EPMAによる分析を行いました。
    • 図2
  結果としてストロンチウム・カルシウム比の変動パターンは大きく2つに分けられました。1つは図2の左のグラフに示したようにストロンチウム・カルシウム比に急激な変化が認められないパターンで、もう1つは右のグラフのように淡水域で成長したことを示すストロンチウム・カルシウム比が極端に低い部分があるパターンです。

  これまでの分布調査などから、河口でふ化した後、その周辺に10月頃まで留まって成長する沿岸残留群と、ふ化後に三日月湖などに遡上して成長し、10月頃に降海する遡上群があることが推測されてきました。そして今回のEPMA分析結果からもこのことが裏づけられました。今後は沿岸残留群と遡上群のそれぞれの増減と、資源全体の増減との関係を解明したいと考えています。

(網走水産試験場 資源管理部 山口幹人)

  • EPMA分析について,東北大学農学部の片山知史助手に御指導を仰ぎました。
  • 参考文献
坂本亘・荒井修亮(1997):耳石が語る魚類の生育環境.化学と生物 Vol.35, No.10. 734-737
山口幹人(1994):石狩川水系のシラウオ産卵場を発見.北水試だより No.27 40-42
山口幹人・藤岡崇(1999):1.10 シラウオ.平成10年度北海道立中央水産試験場事業報告書 48-52