コムギにおける異型発生の遺伝機構
第1報 秋播小麦「ホクエイ」に出現する異型の遺伝行動
長内 俊一、楠 隆、後藤 寛治
北海道立農試集報.6,32-51 (1960)
秋播小麦「ホクエイ」に現われる異型の実態を系統育成実験(F9~F16)によって調べ、異型の後代検定と選抜実験を行なった。実験結果を要約するとつぎのとおり である。
1.3家系よりなる「ホクエイ」の基本集団は交配後10数年を経ているにかかわら ず稈長の平均値と分散にpolygenic segregationが認められた。この場合稈長 に対する選抜は、次代家系間の平均値に効果をおよばしたが、ほかの統計量には 変化がなかった。(第2、3表)
2.F15以後は、稈長の平均値、分散、変異係数の家系間にみられる平均値にはほ とんど差異がなく、3つの家系は表現型においてhomogeneousに近かったが、多 発系統の存在によって、分散、変異係数の各々の分散あるいは変異係数には家系 間に差異がみられた。しかしながら異型の発生が集団の分離にもとづくものでな いことが判った。(第5表)
3.異型の判定を統計的に、長稈型(T型)、短稈型(D型)に分け(第3図)F11~F 13の発生頻度を調べるとそれぞれ1%ずつであった(第6表)。単位当り栽植個体数の少ない場合の異型の発生頻度はポアソン分布をしたが(第4図)、後代の大 集団を単位とした場合ポアソン分布にあてはまらなかった。(第7図)
4.異型個体の次代検定によって、統計的にT型を示したものの約半数が遺伝的で あり、T型の発生頻度は約0.5%と推定された(第11表)。このことは自殖種子を用いたF15、F16の大集団によっても追証され、異型の発生が自然交雑や他 品種の混入によるものでないことを知った。(第13表、第8、9図)
5.また統計的に判定されたD型の次代は、ほとんど正常型を示し、回帰による遺伝 力(h2g2)は、稈長に対し18%、発生個体数に対しては0.5%と低かった。 したがってD型異型の大部分は環境変異によるものと考えられた(第9表)。
6.T型個体の次代系統では、系統内のT型個体発生頻度に広い変異性がみられた。 (第6図)このうち20%以上の高率を示すものをTT型、以下のものをTN型と して区別し、また統計的にN型を示した個体の次代においても、60~85%の 高率でT型を含む系統がえられ、これをNT型多発系統(highly mutable strain) とした。また親子ともN型を示すNN型のなかには、TN型と同様正常型の発生 頻度よりさらに高率な系統が発見された。(第12表)
7.NT型多発系統は、自殖をつづけた後代の基本集団からも2系統発見され、T型 異型発生頻度の過半が多発系統によって占められることが判った。(第13表)
8.T型個体の後代で固定した6系統群がえられた。(第14、15表)
9.T型発生率の遺伝力(h2g2)は82%と推定された。2世代の発生頻度から基本集 団を多発生中発生、少発生の3群に区分したところ、A家系に属するものは発生 少なくC家系のものに発生が多かった。(第9図)そしてこれらの発生頻度は、各 家系の稈長に関する統計量とは関係がなかった。
10.T型異型の発生頻度に関して、多、少両方向への選抜を4世代行なった。多発系 統の存在によって発生頻度が左右され、累積的傾向を示さなかったが、基本集団 に比べると両方向への選抜効果が認められた。(第16、17表)
11.N型、T型ともにPMCのMIにおける染色体の行動は正常とみなされ、「ホク エイ」における長稈異型の発生は染色体異常とは関係がなかった。(第18表)
12.「ホクエイ」の組合せ親における異型発生と、同様な現象を示す主要品種を紹介 し、異型発生に関する最近の文献を回顧した。また突然変異を誘発する遺伝子に 関して、トウモロコシにおける著名な事例をあげ、「ホクエイ」の異型が単なる 突然変異あるいはスペルトイドの概念と異なることについて論議し、これまでの 知見によって原採種の問題にも言及した。
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