場長室より(風景とひとこと)
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2025.10.2 知られざる名前、知ってほしい名前
道総研では、北海道で栽培される主要な農作物について品種改良を行っています。当場が担当する水稲はもちろんのこと、小麦、ばれいしょ(じゃがいも)、大豆、あずき、いんげんまめ、おうとう(さくらんぼ)、いちご、チモシー(北海道の牧草では最も多い草種)について、新品種を開発中です。
一方、これら作物の「品種」にどのようなものがあるかは、「ゆめぴりか」など直接店頭で購入できるものを除けば、知っていただける機会が少ないように感じています。

先日行われた日本育種学会の公開シンポジウム(外部サイト:10月13日まで動画視聴可能)でも、「品種」の認知度が話題となりました。
※恐縮です、このシンポジウムに、主催者からお声かけいただき私も登壇しておりました。上記アーカイブ動画を自分では恥ずかしくて見ていのですが、もしご興味がございましたら、ぎこちなく動く形をご笑覧ください。
上記シンポジウムでは、事前に行ったアンケートの結果を元に、品種の「認知度」が作物や用途によってかなり違いがあること、消費者の立場では購入の際に見かけない品種は認知度が低いこと、認知度と栽培面積は一致しないこと、などの意見や説明がありました。
一般的な品種の認知度は、小売り段階での露出度が大きく影響しているのだろうと思います。
上記のアンケートに例をとると、ばれいしょでは、「男爵いも」や「メークイン」の消費者認知は極めて高く、一方で「トヨシロ」はほとんど知られていませんでした。「トヨシロ」の作付面積は「メークイン」よりも多いのですが、大部分がポテトチップやサラダなどの加工原料として利用されており、野菜として店頭に並ぶことはほとんどありません。
ちなみに、作物を栽培する生産者は各品種をよくご存じです。おそらく、農産物を直接利用している加工業者の方々も品種の違いをよく認識していただいていると思います。
で、この部分、シンポジウムでももう少し突っ込んだ話が出来ればよかったかなと、あとから思っているところです。
私個人としては、品種個々の認知度が低いことは必ずしも問題ではないと思っています。特に、加工原料としての利用が主で農産物そのものが店頭に並ぶわけではない作物・用途については、消費段階で用いられる言葉としては「国産」、狭くても「道産」でじゅうぶんではないかと考えています。
たとえば、小麦の「きたほなみ」は、水稲の「ななつぼし」と「ゆめぴりか」を合わせた面積よりもたくさん栽培されていますが、販売されている商品でその名を見かけることは少ないです(道内でしたら探すとそこそこあります)。
小麦は、農産物として直接消費者に届くことはなく、製粉工場で小麦粉となり(一次加工)、さらに麺やパンに加工され(2次加工)た後、商品としてようやく消費者に届きます。お米の粒は見たことがあっても、粉になる前の小麦粒を見たことがあるひとは少ないと思います。
このような“加工”を前提とした作物では、原料の「品種名」よりも最終的に販売される「商品名」の方が重要です。また、農産物の特性として生産量は気象の影響を受けますので、ひとつの品種だけに原料を依存することは加工業者にとってリスクとなります。品種が変わったからといって商品名をころころ変えるわけにはいきません。この点、 “国産” 表記であれば、品種ごとの生産量が変動しても他の産地や品種でカバーできるため、原料を示すリスクは緩和されます。ちなみに、小麦で “国産小麦使用”と書かれたうどんには、流通量から勘案して、かなりの割合で「きたほなみ」が使用されていると考えていただいてよいです。
もちろん、新規の需要を開拓する場合など、品種名を前面に示すことが有効な場面はあると思います。品種名が商品名の一部となることは、開発者の立場ではちょっとうれしさもあるのですが、その反面、品種の知名度が高まりすぎてしまうと、その後に優れた新品種が誕生しても置き換えに苦労するのでは、という心配を抱いてしまいます。
望ましいひとつの形としては、登録上の品種名ではなく別な名称をブランド名として流通し、中身の品種は気候の変化などに応じて良いものに替えていけることが、良いのではないかと考えています。トマトの桃太郎など民間育種では珍しくない方法だと思いますし、北海道産の大豆では粒の見た目が類似する品種を複数まとめて「とよまさり」銘柄として流通しています。 そういった事例を、他の作物でも少しずつ積み重ねていくことが必要なのでしょうね。
最近、北海道産小麦に新しい名前が生まれました。
北海道産菓子用小麦「北海道白(ほっかいどうしろ)」といいます。
「北海道白」は、新しく開発された菓子用小麦( 「北見95号」 成績概要書、パンフ)を流通する際の名称です。小麦粉の分類としては薄力粉で、サクサクした食感が望ましいタイプのお菓子に適しています。これから少しずつ流通量が増えていく見込みです。
品種は忘れてしまってかまいませんが、「北海道白」のことはご記憶いただけますと幸いです。

※「北海道白」(北見95号)は、北見農試が中心となって開発しました。上川農試は、雪への耐性(褐色小粒雪腐病抵抗性)と地域適応性検定を分担しています。道総研YouTubeチャンネルでは北見農試の担当者による講演動画を見ることができます。

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