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上川農業試験場

場長室過去記事:20250724全集中で交配

2025.7.24 全集中で交配

新品種の開発は交配から始まります。

私どもの行っている品種開発(育種)は、特性の異なる親品種を交配して、その後代から、両親の良い特徴をうまい具合にあわせ持った品種、または両親をも上回る能力の品種を選び出すこと、という言い方ができると思います。

※交配を行わない育種法も存在します(純系選抜法、突然変異育種法など)が、当場ではいくつもの目標を並行して改良できる最も効果的な手法として交配育種を行っています。

 

その交配作業、今週が作業のピークです。

 

交配、興味ありますよね、ワクワクしますよね。
今回は「場長室」から「交配室」に移動して、ご紹介します。

 

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「交配準備室」の向こう、つきあたりが「交配室」


 

 「交配室」は温室の最奥部に設置されており、その手前には「交配準備室」があります。交配準備室では「切頴」と「除雄」を、交配室では「交配(授粉とも呼びます)」を行います。

それでは、作業の流れとともに、ご案内します。

 

①水田から母親となる品種の株を掘り取り、ポットに入れて「交配準備室」に運びます(はじめからポットで栽培する場合もあります)。運んだ株は、作業に適した穂だけを残し、不要な茎をすべて切り取ります。一本一本の茎を真剣に見つめてハサミを入れる姿に集中と緊張が感じられて、見ている私も背筋が伸びる気持ちになりました。

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交配に適した開花していない穂だけを残し、いらない茎を切除します

 

②母品種の穂を、人工交配が出来る状態に処理します。稲の穂のつぶつぶ=籾(もみ)に相当する部分( “頴”(えい) )の一部を切除します。私どもはこの作業を「切頴(せつえい)」と呼んでいます。切頴を行うと、頴の中にある雄しべが見えるようになります。
 

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籾(もみ)の一部を切ります(切頴)

 

 

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黄色い「雄しべ」が見えます(ひとつの籾に6本)。雌しべはこの奥に

 


②次に、雄しべを小型の掃除機のような機械で吸い込んで取り除きます。この作業を「除雄(じょゆう)」と呼びます。雄しべが残っていると、自分の花粉で受精する「自殖」が生じ人工交配が失敗しますので、慎重に確認しながらの作業となります。 ※「除雄」の方法はほかに、お湯につけて雄しべを失活させる方法もあります。
 

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雄しべを取り除きます(除雄)、雌しべを傷つけないよう慎重に作業します

 

 

③「切頴」と「除雄」を完了した穂に、袋をかぶせておきます。風などの影響で他の品種の花粉が受精してしまうのを防ぐためです。
 

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袋をかぶせます

 

 

④父品種の穂をほ場から抜き取り、水につけて「交配室」に運び入れます。 

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翌日満開になりそうな穂だけを選びます

 

⑤「交配室」に、母品種と父品種を配置しておきます(夕方にセッティング)。  

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組合せごと、間隔を空けて配置

 

ここまでが、第1日目の作業です。 作業は2日がかりとなります。

 

 

ここから翌日(2日目)、午前中の作業です。

⑥風があると花粉が散逸して意図しない交配が生じてしまうため、交配室は作業が終わるまで閉めておきます。さらに、床に水をまいて湿度が高い状態とします。室内は30℃を超える高温多湿の無風状態で、稲の交配には適した条件となりますが、人間にはなかなか過酷です。

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交配作業中はむやみに開けないでね

 

 

 ⑥父品種が十分開花した状態になったら、母品種(除雄済み)の穂に、父品種の花粉を振りかけます。この作業を「交配(こうはい)」または「授粉(じゅふん)」と呼びます。 

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前日採取しておいた父品種の穂。良い具合に咲いています

   

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母品種の上から父品種の穂をかるく振り、花粉(黄色い粉)をかけます

  

 

⑦交配(授粉)を行ったあとは、再び袋をかぶせます。この袋(交配袋)は、濡れても破れにくい不織布で出来ています。

  

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交配が完了したらもう一度交配袋をかぶせます

 

 

⑧交配が済んだポットは、そのまま隣接する温室で育てます。

  

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1ヶ月半ほどで交配種子が実ります

 

 

この2日目の交配作業の間には、隣の「交配準備室」でさらに翌日の交配に向けた切頴・除雄作業が行われます。流れ作業のように分担して、数日かけて多数の交配組合せをこなしていきます。

 

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「交配室」の手前では明日の交配準備を着々と

 

ひとつひとつの作業は細かく、また多数の交配を行うため品種を間違えないこと、別品種の花粉を持ち込まないことなど、細心の注意が払われています。当場では、研究員だけでなく、契約職員にもこの一連の作業(授粉を除く)に熟練してもらっています。技術をもったスタッフは当場のいちばんの財産だと思います。

  

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当場のたからもの(一部です)

 

 

さて、交配(授粉)作業の間、研究員はみな押し黙ったまま真剣な表情をしていました。 相当集中しているのもと思われます。

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(ただただ無言)

 

 

作業を見つめながら、ふと、頭の中でどんなことを考えているのか気になってきました。 「この交配からすごい品種が出るに違いない」とか、「ワタシの技術がいちばん美しい」とか、「もっと良い交配組合せを思いついた」とか、いろいろあるのでは。 

実際のところどうなのか。

作業を終え交配室の扉を開放し、ホッとした顔の研究員に聞いてみました。

 

研究員A 「無心です」

研究員B 「早く作業を終えてこの部屋から出たい、の一心です」

 

ですよね。 交配室の蒸し暑さに、みなさん汗だくですものね。 ごめんね余計な妄想して。
 

 

研究員C 「僕は暑いの平気です」 

耐暑性に優れる研究員が見つかりました。そういえば、稲の高温登熟実験も彼が担当です。頼もしい。

 

とはいえ、屋外でも気温が高い日が続いています。どうか無理せず、ご安全に。

 

 

 

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