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上川農業試験場

場長室過去記事:20251127中年の主張

2025.11.27 中年の主張

私の経歴としては、畑作物の試験を約30年担当してきたことになります。その立場から上川農試の試験ほ場を眺めて、水田というのはなんと素晴らしい栽培システムだと、改めて感嘆しています。

 

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田植後の、水面に稲が浮かんでいるような風景が好きです

 


まず、水田では、干ばつや湿害を考慮しなくて良い(貯水不足や冠水するほどの災害は別として)。なんと、うらやましいことでしょう。

水の心配がないというだけで、畑で生じるおおきな収量変動要因のひとつを除外できます。実際に当場の作況調査をみても、冷害さえ生じなければ、稲は畑作物と比較して毎年の収量は安定しています。

 

また、水を湛えることのメリットはそれだけではなく、土の酸度に左右されにくい、土の中の養分が減りにくい、地温の変化が少ない、連作障害がない、雑草の種類が少ない、などがあげられます。いずれも、畑の“常識”にはない優れた効果です。

畑では、土の酸度や栄養分のバランスを整え、絶えず輪作を行い、常に雑草に悩まされます。さらに、堆肥や緑肥などの有機物を投入して「地力」を維持し続けることが必要です。そして、そこまで努力しても雨の影響は避けられません。

※これらの記述は一般的な水田作と畑作の特徴とご理解ください。堆肥投入や排水改善など土壌改良を継続的に行いながら高いレベルで3~4作物を生産し続けている北海道の畑輪作は、世界的にも優れた栽培体系であることを申し添えます。

 

畑作物は、歴史的にみて、持続的であることが大きな課題です。

古くからある持続的な方法として焼畑農業がありますが、定住や人口増加には適応できません。麦類(畑作物)を基本食料としていた古代文明、その興った地域が現在砂漠化しているのは、農業との関連が否定できないと思います。土地を固定した途端に、土壌の乾燥や地力の低下、連作障害などの問題が生じるため、三圃農業(ヨーロッパ)やノーフォーク(イギリス)などで知られるように、輪作と休耕(マメ科植物や家畜排泄物などで地力を回復)を組み合わせるような工夫が重ねられてきました。

 

持続的な農業という観点では、水田稲作はそもそも優れています。

水田の地力が低下しにくいことは、古くから多くの報告があります。さらに、少し細かいことを言うと、畑で問題になる土壌の酸性度(pH)は湛水した状態では問題になりませんし、畑では植物が利用しにくい「難溶性リン」も湛水状態では溶け出しますし、用水といっしょに必要なミネラル分が補給されます。最近では、湛水と落水を行う間に土壌微生物が空気中の窒素を固定して地力の維持に貢献しているとの研究成果が報告されています。調べるほどに、水田の機能に驚かされています。

そしてなにより、連作が可能です。畑で栽培する稲=陸稲には連作障害が生じます。なぜ湛水で連作出来るのかについては最近でも論議があるようですが、間違いなく言えるのは水田だからこそ可能ということです。中国南部や西日本では、同じ地域・同じ場所で千年単位で水田稲作が続けられていますから、その持続性にはお墨付きを与えてよいでしょう。

そもそも、水を湛えた状態で栽培できて、しかも食べておいしい作物(稲)の存在が例外的なようにすら思います。海外のある研究者が、日本の稲に対して、連作できるのはおかしい間違った農業だ、と強く論じたという話を耳にしたことがあります(反面教師として心に残っています)。稲を知らない人から見ると、それくらい変わった作物なのかもしれません。

 

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稲はすごいと思います。見た目も美しいのはちょっとずるい。

 

水田稲作は、どんな場所でも出来るわけではありません。水が豊富に利用できること、平たな土地があること、比較的温暖という条件がそろっている必要があります。

最近では「節水型稲作」という言葉も聞かれますが、栽培期間中に常に水を利用できる環境は必要でしょう。水路の維持にはコストがかかりますが、持続的な食糧生産という観点で考えると、手をかけるだけのメリットがあるのではないかと考えています。

 

北海道の稲作の歴史は浅いものですが、現在の水田地帯はいずれも水稲の「適地」といってよいと思います。都道府県別での水稲単収(面積あたりの収穫量)では、北海道は毎年4~5位の高位にあります。穀物検定協会の食味格付けでも高い評価を得られるようになりました。

水稲に適した場所で、水稲よりも収穫量(カロリー)が安定してかつ多い作物は、私の常識の範疇では考えにくいと思っています(とはいえ、私の常識が絶対ではないとも思っていますので、これを覆してくれる研究にも期待したいところです)。

 

なんだか、「青年の主張」ならぬ、「中年の主張」みたいになってしまいました。

 

でもね、畑作も素晴らしいし、面白いですよ。

 

 

 

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