水産研究本部

試験研究は今 No.565「 網走湖のヤマトシジミの資源-最近の動向について」(2006年3月30日)

はじめに

  ヤマトシジミは淡水と海水が交じり合う汽水域に分布する二枚貝です。汽水域は、生物生産性が高い生態系といわれています。しかし、塩分等の環境変動が大きく多くの生物にとって非常に厳しい、また、人間活動の活発な場所と重なるためとても傷つきやすい環境です。一時的な環境変化に対して高い耐性を持つヤマトシジミですが、移動能力は低く、再生産には淡水と海水が微妙なバランスで混合している必要があります。全国的には、貧酸素や淡水・高塩分化、底質の悪化等のため生息地が縮小・消滅して、シジミ漁獲量は減少傾向が続いています。いわば、ヤマトシジミが多く生息することは、健全な汽水環境が維持されていることのバロメーターなのです。

  今回は、道内最大のヤマトシジミ産地である網走湖における最近の資源動向と変動要因について紹介いたします。

網走湖のプロフィール

  網走湖は、北海道東部の網走市と大空町(旧 女満別町)にまたがる網走川下流に位置し、湖面積32.3平方キロメートル、周囲長42キロメートル、最大水深16.1メートル、平均水深6.1メートルの海跡湖です。満潮時には約7.2キロメートルの網走川を介してオホーツク海の海水が逆流してくるのですが、地形と比重の違いから、上流から入ってくる淡水とあまり混合せずに深層部に停滞します。つまり、塩分を少し含んだ上層(以下、低塩分層と呼びます)と高塩分の下層(以下、高塩分層と呼びます)の2層構造を呈していることが大きな特徴です(これら2層の境目を塩淡境界層と呼びます)。高塩分層は、バクテリア等が有機物を分解する際に酸素をどんどん消費しているため、酸素がほとんどない嫌気的な環境になり、普通の生物は生息できません。低塩分層は、酸素が豊富に含まれ、豊かな水産資源に恵まれた北海道有数の内水面漁業の場として、ヤマトシジミやワカサギ、シラウオ、スジエビ等が水揚げされています。なかでも、ヤマトシジミの漁獲量は多く安定しており(網走湖の総漁獲量・総漁獲高の7~8割以上)、地域の水産業において重要な位置を占めています。

最近の資源動向

  図1に2003~2005年の推定資源量を示しました。漁業者の皆さんから操業実態についてお聞きし、(1)水草繁茂前の主要漁場(水位標高-0.5~-2.0メートル)、(2)水草繁茂後の主要漁場(水位標高-2.0~-3.0メートル)、(3)主要漁場外(水位標高-3.0~-4.0メートル)の3つの水深帯に層別して、算出しています。
2003年は、殻長20~30ミリメートルの中大型個体が非常に多く、総資源量は過去最高水準でした。また、最近3年間で、浅場(水草繁茂前の主要漁場=水位標高-0.5~-2.0メートル)では大きな変動はありませんでした。しかし、2004年は主要漁場外の深場で(水位標高-3.0~-4.0メートル)、2005年には主要漁場外と水草繁茂後の主要漁場で(水位標高-2.0~-4.0メートル)、資源が大きく減少していることが明らかとなりました。網走湖の漁獲量は安定していることから、漁獲以外に何か要因があるはずです。

  ところで話は前後しますが、網走湖のヤマトシジミは長寿命と考えられることから、資源量調査は従来、5年に1度実施されてきました。実は、3年連続での実施には理由があり、上記の結果もある程度予想されたものでした。先に述べた塩淡境界層ですが、安定している訳ではなく、降雨・融雪による増水や逆に小雨による渇水、潮位、あるいは強風により下層の水が上層に昇流する青潮によっても変動します。2004および2005年の冬~早春季には、過去に例のない塩淡境界層の上昇が観察されました。つまり、ヤマトシジミ生息域が、長期間にわたり無酸素の高塩分水にさらされていたのです。開氷後や結氷下での調査で、直近に斃死したと考えられる個体が採集され、水深の深い地点ほど溶存酸素が低く斃死率が高かったことから(図2、3、4)、資源減少要因の一つは、高塩分層(=無酸素水)の上昇であると考えております。

  漁獲量だけを見ると堅調な網走湖ヤマトシジミ漁業ですが、2006年にも同様の無(貧)酸素、斃死が観察され(図3、4)、現状は複雑で不安定な環境の中で漁業が営まれています。網走湖の環境を良くするために様々な施策が検討されており、その一つとして河川管理者である網走開発建設部では、仮設の河口堰を設置して、塩水遡上を制御する実験を2006年1月から開始しています(実験期間2年、運用は1~3月に限定)。人工構造物に対する是非はありますが、現在の状況は「まったなし」という判断のようです。分布の北限近くに位置する網走湖のヤマトシジミの生態特性から(試験研究は今 No.313等を参照)、一度資源が枯渇すると回復は容易でないと思われます。この貴重なヤマトシジミ資源、汽水環境を保全していくために何が必要か、地域の皆さんと共に考えていきたいと思います。
(水産孵化場 道東内水面室 田村亮一)
    • 図1. 網走湖ヤマトシジミ推定資源量
    • 図2. 斃死貝(2004年5月13日)
    • 図3 結氷下における水温、塩分、溶存酸素の鉛直分布
    • 図4. 調査地点別死貝比率(殻長10mm以上)

      死貝区分A:軟体部付着
      死貝区分B:殻が半開き
      死貝区分C:筋痕・套線が明瞭

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