水産研究本部

試験研究は今 No.584「北海道南西部日本海の沿岸調査」(2007年1月12日)

はじめに

  本道沿岸漁業における基幹魚種の一つであるサケは、ふ化放流事業によって支えられています。本道全体では毎年約10億尾のサケ稚魚が放流されており、渡島・桧山管内の日本海南部地域では、日本海さけ・ます増殖事業協会が主体となって放流事業を実施し、平成18年春には約5千万尾の稚魚放流が行われました。

  春先に日本海を中心として漁獲されるサクラマスについては、日本海南部では八雲町熊石地区の道立水産孵化場道南支場及び乙部町サクラマス種苗センターが主体となり放流事業を展開しています。サクラマスは孵化後の一年間を河川で生活し河川内で大きく減耗するため、すぐに降海できる段階まで飼育した幼魚を放流すること(スモルト放流)が有効とされ、平成18年春には渡島・桧山管内の日本海南部地域から約87万尾のスモルト幼魚放流が行われました。

  これら孵化場から放流されるサケ類幼稚魚は、自然界に放流され降海した直後の沿岸域での死亡率が生活史を通じて最も高く、そこでの生き残りの良し悪しが数年後の来遊数を大きく左右するものと考えられています。このため、沿岸環境の好適な時期に魚を放流する、いわゆる適期放流が重要になります。

適期放流とは

  サケ稚魚は河川放流後数日以内に降海し距岸1キロメートル以内のごく沿岸に分布します。そして成長に伴い沖合に分布を広げ、水温13度付近で離岸することがわかっています。放流時期に関する目安として、沿岸水温が5度を超えた頃に放流を開始し、10度に達する頃までに放流を終えるのが妥当と考えられています。このような時期に放流すれば、サケ稚魚にとっての適水温(8~13度)の間に、沿岸域で十分に成長できると考えられています。

  一方、サクラマススモルトは河川放流後すぐに降海し、水温15度程度までは沿岸域での出現が見られますが、その後、岸沿いに急速に北上し、オホーツク海で越夏します。サクラマススモルトの降海直後の生態についてはほとんどわかっていませんが、淡水から海水へと生息環境が急激に変化する時の降海環境の良し悪しによりある程度の減耗を受けることは十分予想され、スモルト放流時期の違いによる回帰率の検証試験も水産孵化場で行われています。

  北太平洋、日本海、オホーツク海を有する本道沿岸は対馬暖流、親潮およびそれら分流の影響を受け、それぞれ大きく環境が異なるため、沿岸環境を把握する必要があります。

目的及び調査内容

  適期放流にとって降海環境である沿岸域の物理、生物的な情報は重要ですが、北海道南西部日本海沿岸の環境に関する情報はほとんどありません。本海域沿岸における春季の沿岸環境を調査し、サケ・サクラマスの放流適期を明らかにすることを目的として、2003年から八雲町熊石地区沿岸(図1)で、海洋観測(水温・塩分・クロロフィルa量)と、サケ稚魚に直接、またサクラマス幼魚に魚類稚魚やヨコエビ類等を介して間接的に利用される動物プランクトンの採集を実施しています。
    • 図1

サケ・サクラマス放流時期の沿岸環境

  ここ3年の調査により、八雲町熊石地区の沿岸環境について以下のことが明らかとなりました(図2)。海面水温は、年変動はあるものの毎年5月下旬~6月上旬にサケ稚魚の分布限界の13度を超えました。クロロフィルa量の推移から、海面水温が8度前後の時期に植物プランクトンの春季大発生(ブルーム)が起き、栄養塩の枯渇により4月中にブルームは終了すると考えられます。植物プランクトンを餌とする動物プランクトンの生物量は、ブルーム後の4月中旬から5月中旬にピークを示した後、6月に入ると極端に低下し、サケの餌環境として適さなくなります。
海岸線が単調で湾も開放的であり、貧栄養の対馬暖流水の影響を強く受ける本沿岸域の動物プランクトン生物量は北海道の他の沿岸域と較べ概ね低い結果となり、サケ・サクラマスの放流適期も限定されると考えられます。また、春季の植物プランクトンや、動物プランクトン量のピーク時期についても年変動が見られ、これら沿岸環境を考慮した適期放流が重要です。
(水産孵化場道南支場 研究職員 飯嶋亜内)
    • 図2

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