水産研究本部

試験研究は今 No.592「聞き取り調査から推定される北海道と東北太平洋で漁獲されるマツカワの関係」(2007年5月25日)

はじめに

  マツカワは、北海道では太平洋岸に主に分布し、ある漫画雑誌では東京築地市場で10,000円/キログラム以上もする近縁種のホシガレイより高価で、天然の寒ビラメに負けない位に旨いと紹介されています。現在、北海道太平洋(根室海峡を含む)沿岸の各地区でマツカワ人工種苗の放流が実施され、えりも~噴火湾~函館市川汲までの海域では、北海道の第5次栽培漁業基本計画に基づき2006年以降、毎年100万尾放流されることになっています(図1)。
    • 図1
      図1 本文中の地域の所在

天然マツカワの生態を知るために

  マツカワの人工種苗の放流方法やその資源の利用方法を検討する上で、天然マツカワの分布・移動、産卵場等の生態に関する知見は極めて重要となります。しかし、放流が開始された1987年頃には"幻のカレイ"と呼ばれるまでに漁獲量が激減していたため、天然マツカワの生態はほとんど明らかになっていませんでした。このためマツカワが多獲されていた時代の漁期、漁場、漁具・漁法、漁獲物の状況等を把握できれば、天然マツカワの生態が明らかに出来るのではないかと考え、これまで根室海峡~室蘭の北海道太平洋の各地で古老の漁業者や漁業協同組合(以後漁協と記す)職員の方々から聞き取り調査を行なうとともに、漁協や町村役場で漁獲量などの過去のマツカワに関する資料の収集を実施しました。

北海道太平洋の各地で体重数キログラム以上のマツカワが秋~冬季に漁獲

  マツカワは1950年代~1970年代中頃に各地で漁獲され、年間数十トンも漁獲していた漁協もあったことが明らかになりました。さらに全長40センチメートル以下のマツカワが太平洋側の沿岸で、体重数キログラム~10キログラムを超えるような大型のマツカワが9月~翌年1月頃に根室~釧路海域、11月~翌年1月頃に室蘭~えりも海域の沖合で漁獲されていたことがわかりました。しかし、これ以外の時期の大型マツカワの漁獲や産卵に関する情報はほとんど得られませんでした。このため、大型のマツカワはその後どこに移動・分布するのか、また、マツカワはどこで産卵するのかと色々と頭を悩ませていました。そんな時に、たまたま読んだマツカワと同じ冷水性のカレイであるババガレイの論文の中に、釧路沖で12月中旬に放流された成熟サイズに達したババガレイの再捕場所は時期の経過とともに西方に移動し、1月上旬~2月上旬に白老・室蘭沖、そしてその後東北太平洋を南下し、2月下旬~3月下旬には宮古沖に移動するとなっていました。また産卵場は三陸沿岸に形成されると報告されていました(図2)。
    • 図 2
      図 2 釧路で放流されたババガレイの再捕結果と回遊想定図(石戸 1962、1967、1972を参考に作成)

北海道に分布する大型マツカワは三陸に移動?

  ババガレイの場合と同様に、北海道の大型マツカワも東北太平洋に移動し、そこで産卵するのではないかという仮説をたて、それを確かめたいと考えていたところ、昨年から釧路水産試験場では独立行政法人北海道区水産研究所とマツカワの共同研究を実施することになり、この中で“聞き取り調査”によって天然魚の分布・移動を検討するという課題に取り組む機会に恵まれました。昨年は岩手県宮古市では指導漁業士、宮城県石巻市では魚屋の社長や86歳の元石巻市公設魚市場部長、79歳の元底引き網船主兼船頭や昔実家が船宿をしていたというその奥さん、名取市閖上では繋留船上で作業をしていた古老の漁業者、塩釜市では公設市場において七ヶ浜町で水揚げされる魚を長年取り扱っている仲卸業者など様々な方達から聞き取り調査を行なうことができました(図1)。

  その結果、北海道同様、宮古湾や宮城県の各地でも1970年代中頃まで天然マツカワが現在と比較して多量に漁獲され、特に石巻では、底引き船によって気仙沼沖の水深250メートルくらいで12月末頃~1月にメマツカワと呼ばれた無眼側(腹)が白い体重4~8キログラムのものが1隻20~25尾、2月~3月にキマツカワと呼ばれた無眼側が黄色い全長40~50cmのものが1隻30尾程度漁獲されたという情報が得られました。石巻港には15~18隻の底引き船が水揚げしていたということから、約2ヶ月の漁期中に30日間操業し、平均5kgのマツカワを1日1隻20尾漁獲されたとすると、底引き船によって、50トン前後漁獲されていたと試算されます。これは、根室~釧路海域や室蘭~えりも海域のマツカワ漁獲量に匹敵するものです。このように大型魚が多量に漁獲されていたにもかかわらず、宮古湾や仙台湾を含む底引き網の漁場や宮城県名取市閖上、七ヶ浜町、石巻市の沿岸では北海道のような全長40センチメートル以下(体重1キログラム以下)の漁獲情報が得られなかったことや漁獲量の減少が北海道と同時期であったこと、盛漁期の始まる月が北海道より遅かったことから、北海道に分布していた大型魚は東北太平洋水域に移動していた可能性が考えられました。

終わりに

  今回の聞き取り調査では、実家が船宿をしていた元底引き網船主の奥さんから福島県相馬沖でも3月頃に多量にマツカワが漁獲されていたという情報も得られていました。このため、福島県でも聞き取り調査を実施していく必要があると考えていたところ、福島水試のホームページに「マツカワ人工種苗放流魚の大量水揚げ」という見出しがあり、これを開いてみました。すると、いわき市の小名浜魚市場で今年2月からマツカワが漁獲され、3月10日に約50キログラム、3月16日に約40キログラムが水深300メートル以深で底引き網によって水揚げされたことや機会があれば購入し、成熟親魚なのかどうかを調べてみたいという記事がでていました。また、3月16日に水揚げされた体重1.6キログラム~4.5キログラム の5尾の腹の白いマツカワと、それより小型の24尾の腹の黄色いマツカワの写真も載っていました。今後、福島県での聞き取り調査の実施はもちろんのこと、福島県の担当者の方と連絡を取り、産卵の情報も得ることが出来ればと考えています。さらに、聞き取り調査だけでなく、青森県~福島県の各漁協に対してアンケート調査も行い、東北太平洋の小型魚や産卵場に関する情報を収集し、仮説を検証したいと考えています。
(釧路水産試験場 資源増殖部 佐々木 正義)

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