水産研究本部

試験研究は今 No.600「シジミから良い卵を採るって~」(2007年9月6日)

試験研究は今 No.600「シジミから良い卵を採るって?」(2007年9月6日)

シジミから良い卵を採るって? (ヤマトシジミの人工種苗生産-Ⅰ)

  ヤマトシジミ(以下、シジミ)は全国の内水面漁業において100億円の漁獲高を持つ重要な地方特産種ですが、その漁獲量は昭和50年代をピークとして減少し続けています。北海道においても留萌管内のパンケ沼では資源量がピーク時の2000トンから100トン台へと著しく減少しています。このため、水産孵化場ではパンケ沼のシジミ資源を回復させるため人工種苗生産技術の開発に取り組んできています。しかし、研究が進むにつれて卵から稚貝になるまでの低い生残率が人工種苗生産の大きな障害になっていることがわかってきました。そこで、どうしたら高い生残率を得られるかを考えてみました。第一は卵から幼生になる割合(幼生化率)を、第二は幼生から着底稚貝になる割合を上げられないかということです。今回は幼生化率を上げる方法について述べたいと思います。
    • 図1
    • 図2
  幼生化率を上げるためには、充分に成熟した親貝から卵を採る必要があります。しかし、直径約2キロメートルのパンケ沼は広く成熟に必要な水温や塩分環境が場所により異なると思われるため、沼のどこから親貝を取るかが問題です。そこで、沼内の4地点(図1)から毎週各50個体を取りあげて産卵を刺激し、産卵数と幼生化率から産卵盛期を調べてみました。その結果(図2)、産卵は(1)、(2)の地点から始まり(3)、(4)へと移行すること、産卵のピークが地点毎に異なることや、幼生化率は6月下旬から7月上旬に全体的に良い値を示しその後徐々に低下することがわかりました。この結果から、7月初旬に(1)と(2)から親貝を取り産卵刺激をかけたところ約7600万の卵が得られ、翌日には幼生が5500万浮遊しており、その幼生化率は72%でした。中旬に(3)と(4)から取った親貝を使った時には卵8400万、幼生3100万で幼生化率は37%と低下していました。この様に産卵の盛期に卵を取ることで幼生化率を高めることができそうです。

  次に、幼生化率の高低がなぜ起きるのかを調べてみました。この試験は、(独)科学技術振興機構の平成18年度地域イノベーション創出総合支援事業「シーズ発掘試験」によって行なわれたものです。この試験は前述の試験の中で、卵の質に着目して産卵の3時間後に卵径や受精率を、翌日に幼生化率を調べてその関連をみたものです。その結果、平均卵径は75.9~79.5ミリメートルにあり幼生化率の高い、あるいは低い群で大きな違いはみられませんでした。受精率については卵の発生段階(図3)を2細胞期、4細胞期ならびに8細胞期以上の卵の3群に分けて計数し、その割合を算出してみました(表1)。受精率の高い群では一般に8細胞期以上の卵の割合や幼生化率が高い値を示していました。受精率が高ければ翌日の幼生化率は高くなることはよく分かりますが、卵の発生段階がより進んでいるというのはどういう意味なのでしょうか。これは、3時間という中での比較ですから発生段階が進んでいる群は他の群より早く受精していること、つまりより早く産卵したことを示しているようです。産卵を刺激してから短時間で卵を産むと高い幼生化率を得られそうです。
    • 図3
    • 表1
  最後に、前述の試験を行っているときに気が付いたのですが、例えば(3)、(4)地点から得た7月20日の群は大量の卵を産みましたが、翌日には殆ど幼生になっていませんでした(図2)。他でもその傾向が見られますので、卵の密度が幼生化率に影響を及ぼしている可能性があります。そこで卵の密度を変えて幼生化率との関連を試験してみました。その結果、1リットル中の卵数が1万粒のとき幼生化率が70パーセント近くと最も良く、密度が高まるほど著しく低下し20万粒で幼生化率は10%台まで低下していました(図3)。今後は卵の密度も考慮に入れる必要がありそうです。

  以上の様に、シジミの人工種苗生産をおこなうために必要な基礎的知見が徐々に揃ってきている状況です。二枚貝類の成熟現象やその生残については多くの分からないことがあります。今後もできるだけ多くの稚貝を残すためにどうしたら良いのかについて基礎的な試験研究を続けていく必要がありそうです。

(北海道立水産孵化場 養殖病理部 寺西 哲夫)

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