法人本部

データで見る北海道の今と未来

自然環境3 不安定な湖水環境からシジミを守る

はじめに

図1
    図1 網走湖の概況

北海道東部の網走湖は、網走川の下流域の湖で、上流からの河川水とオホーツク海から遡上した海水、両方の水で満たされています。湖の概要を図1に示します。湖水は2層からなり、上層は低塩分でヤマトシジミ(シジミ)やワカサギ等が生息し、下層は高塩分・無酸素で生物は生息できません。塩分1%の水深を境に上下で水質が大きく異なることから、この水深(標高)を塩淡境界層とよんでいます。この塩淡境界層は上下に変動し、2004~2006年初頭の冬期には、大量の海水が湖内に流入し、塩淡境界層は浅くなり、深い水深帯のシジミが無酸素の下層水にさらされ大量に死んでしまいました。この間、国交省は、網走湖の水環境安定化のため、湖下流に可動式の塩淡境界層制御施設(大曲堰:おおまがりせき)を設置・運用し、海水の湖内への遡上抑制に努めています。また、2006年10月には強い低気圧が北海道を通過し、網走湖は洪水状態となり、上層の塩分は極端に低下しました。道総研水産研究本部では、低塩分がシジミに及ぼす影響を把握するために、塩分と産卵・生存の関係について研究し、これらの成果をもとに、網走湖下流に設置された大曲堰の運用について提言し、シジミ資源の保全に努めてきました。今回は、これまでの研究成果と、網走湖の塩分環境とシジミ資源の変遷について紹介します。

道総研水産研究本部の取組みについて

  1. 産卵実験(馬場, 2006)
    網走湖シジミについて、異なる塩分と水温を組み合わせて、産卵の有無と浮遊幼生*の生残率を調べました。この実験の結果、網走湖のシジミは塩分0.12%で産卵し、塩分0では産卵しないことが分かりました。さらに塩分0.12、0.23%で産卵した場合、1日後の浮遊幼生の生残率がそれぞれ0%、72%で、塩分が低いと浮遊幼生はすぐに死亡することが分かりました。

    浮遊幼生:シジミやホタテガイ等の二枚貝の受精直後の形態で、弱い遊泳能力を持ち、数日から数十日の期間、水中を漂います(写真)。
写真
   写真 浮遊幼生
  1. 産卵調査(渡辺他, 2011)
    網走湖で1989年から実施されてきた浮遊幼生密度調査について、年間最大密度と湖央部深度1mの塩分の関係(2000~2023年)を見ると、塩分0.1%未満では浮遊幼生が確認されず、大規模(万単位密度)な浮遊幼生の発生は塩分0.13%以上で起こっていました(図2)。
  2. 冬期網走湖水生残実験(渡辺, 2020)
    網走湖では冬期間(12~4月)湖面が結氷し、氷の下の水中では一部のシジミは死亡します。そこで、結氷期のシジミが水温・塩分の違いでどの程度死亡するか把握するため、水深1.5mと5mの湖底にシジミ(大きさ24mm程度)を沈めて生残率を調べました。その結果、水深5mとくらべ、水深1.5mのシジミが多く死亡しました。この間の水深1.5mの水温は約0℃、塩分は約0で、共に水深5mとくらべ常に低い値でした(図3)。
  3. 提言
    これら研究成果を踏まえて2012年に国交省が開催した大曲堰モニタリング検討会で水産試験場から下記を提言しました。
    ①網走湖シジミの産卵には塩分1.3~2.0(0.13~0.2%)以上が必要
    ②網走湖上層(シジミ生息域)の塩分を冬期と、特に春期の雪解け水流出後に適正にするため、大曲堰の順応的管理が必要
図2
図2 網走湖央深度1m塩分とシジミ浮遊幼生年間
   最大密度の関係(2000~2023年)
図3
図3 結氷期網走湖の水深1.5m・5mにおける水温
   ・塩分、シジミの生残率
図4
図4 網走湖の塩分環境とシジミの再生産および個体数の関係
上から、①塩淡境界層(塩分1%)標高(国交省)、
②湖央深度2m塩分(国交省)、
③シジミの浮遊幼生年間最大密度(水試)、
④シジミの推定個体数(水試)

網走湖ヤマトシジミの減少と再生

前述のとおり大曲堰が運用され、2006年以降、湖内は比較的低塩分な安定した環境が維持されてきましたが、2016年8月、強い低気圧が通過した際の大雨により、一時的には表層が塩分0.1%未満に低下するなど、更に一段低塩分化が進みました(図4①、②)。その後2017~2018年には浮遊幼生密度が0で産卵が確認されず、2018年の春~秋には多くの死貝が観察され、推定個体数が減少しました(図4③、④)。このような状況の下、水産試験場の調査・研究結果を参考に、地元関係団体から大曲堰の当面の運用に関する要望書が提出され、2019~2020年までの2年間、堰の稼働日数を縮減する措置がとられました。その後、網走湖の塩分は増加するとともに(図4①、②)、2019、2020年には大規模な産卵が起こり、シジミの浮遊幼生が多数確認されました(図4③)。この時に生まれたシジミは成長して、2023年の調査時には推定個体数が激増するなど、資源の再生が確認されました(図4④)。

今後の取組み

2024年現在、網走湖では2019年生まれのシジミが漁獲サイズ(殻長:横幅24mm以上)に達して漁獲され始めています。このように、水産試験場の研究データが、国交省が行う大曲堰の順応的管理に活用され、網走湖のシジミの保全と資源再生に繋げることができました。今後も水産試験場では網走湖の環境を注視し、シジミ等の漁業資源の安定化に向けて試験や研究に取り組んでまいります。

参考資料
1)馬場:北海道立水産試験場研究報告71号(2006)
2)渡辺他:道総研さけます・内水面水産試験場研究報告1号(2011)
3)渡辺:北水試だより100号(2020)

(渡辺智治 水産研究本部 網走水産試験場 調査研究部)