水産研究本部

試験研究は今 No.45「3倍体魚とは何か」(1990年9月28日)

試験研究は今 No.45「3倍体魚とは何か」(1990年9月28日)

Q&A? 最近よく耳にする3倍体魚とはどのようなものですか?

  自然界における普通の生き物は遺伝学用語では2倍体と呼ばれます。これは父親の精子と母親の卵から遺伝子を1組ずつもらい、2組の遺伝子をもつことによります。これに対し、3倍体とは、この2倍体より、もう1組多く遺伝子をもつことから名付けられた名称です。

  この3倍体の特徴としては、雄は通常の2倍体と同様に成熟しますが、雌は成熟しないことが上げられます。魚は成熟することにより脂肪などの体内の栄養分が消費されるので産卵期になると肉質が落ちてしまいますが、3倍体の雌はこうしたことがないので味が良いといえます。また、サクラマスやギンザケのように一回産卵して死ぬ魚は、3倍体にすることによって産卵することがなくなるので寿命をはるかに延ばすことができるものと期待されます。

  それでは、人工的に3倍体の雌を作る方法について説明しましょう。人工受精にはニセ雄の精子を使います。ニセ雄とは、本来雌であるものに雄のホルモンを混ぜた餌を与えることにより精子をつくれるようにしたものですが、この精子を使うと、できる子供は全部雌になります。次に、これで受精させて、およそ10分後にその受精卵に強い圧力や、温度の刺激(サケ・マスの場合は暖かい水につける)を与えると、3倍体の雌ができあがります。この受精卵に与える圧力や温度変化が強すぎると卵が死亡してしまい、逆に弱すぎると通常の2倍体になってしまいます。水産艀化場ではニジマスとサクラマスのニセ雄づくりに既に成功していますので、残された課題は受精卵にできるだけダメージを与えず、高い割合で3倍体をつくることです。また、この方法を検討するにあたっては、事業規模の3倍体の利用を想定し、通常の2倍体と選別する労力を省くなど生産効率を上げるため、少なくとも卵が正常に孵化する割合(孵化率)を70パーセント以上、孵化した稚魚の中に3倍体が含まれる割合(3倍体化率)を80パーセント以上という目標を立てました。

  では、昨年、孵化場で行った試験の一例を紹介しましょう。いまのところ、サクラマスについては圧力を加える方法が、またニジマスについては温度の刺激を与える方法がそれぞれ有効なので、この両者について最適な条件を検討しました。

  図1にサクラマスの卵を用いて種々の強さで加圧処理を行ったときの孵化率と3倍体化率を示しましたが、700気圧の強さで加圧すると、高い3倍体化率と孵化率が得られることがわかります。

  図2は、ニジマスの卵を種々の温度に一定時間浸漬した時の3倍体化率と孵化率を示したものです。浸漬時間が長いほど3倍体化率は上昇し、逆に孵化率は低下して70パーセント以上という目標を下回っています。この孵化率の低下は、暖かい水に突然漬けたことによる影響が大きいと考えられますので、少しでもこれをやわらげるとともに、温度処理を確実にするため25度の水に浸漬する前に20度の水に数分置いてから25度で20分程度処理してみました。すると孵化率も75パーセント以上、3倍体化率も90パーセント以上という良い結果が得られました。現在、ニジマスを例にとると、生食用の需要が急激に伸びており、それに応えるためには、周年、刺し身用に出荷できるような大型で肉質のよい魚が必要になっています。しかし1~5月にかけては、ニジマスの産卵期であるため肉質が大きく低下し、毎年、出荷したくても適当な魚がないという状況が繰り返されてきました。このような中、この3倍体を作る方法が事業規模の段階まで確立されましたので、念願の周年出荷体制が確立されるのももう一歩です。孵化場では次に、この種苗をいかに効率的に淡水養殖や海面養殖に利用して行くかという応用面の試験に着手しています。また、ギンザケやヒメマスでも不妊魚が作れるよう実験を積み重ねているところです。
(水産孵化場)
    • 図1と図2