水産研究本部

試験研究は今 No.610「根室南部地区において沿岸調査が始まりました」(2008年3月19日)

根室南部地区において沿岸調査が始まりました

  北海道に来遊するサケは近年、5000万尾を超え、高水準の資源状態を維持しています。根室海区においても全体では1600万尾前後の水揚げがありますが、北部地区と南部地区においては資源状態に大きな差が見られます。北部地区では1200万から1400万尾の高水準で維持しているのに対し、南部地区では200万から400万尾と低水準です。サケ稚魚の放流尾数は北部地区が約1億尾、南部地区が約0.8億尾なので、単純な回帰率は北部地区が12〜14パーセント、南部地区が2.5〜5パーセントと大きな開きがあります。隣接した地区なのに回帰にこのような差が見られるのはどうしてなのでしょうか。原因はいくつか考えられますが、サケ稚魚の放流時期と沿岸環境がサケ稚魚に好適になる時期とがうまく合わず、そのために沿岸域でサケ稚魚の生き残りが良くないのではないかという可能性があります (試験研究は今 No. 535参照)。
    • 図1
根室南部地区では1980年代初期に北海道区水産研究所が中心になって海洋環境やサケ稚魚などを詳細に調査しましたが、それ以降は十分な調査が行われてきませんでした。当時と現在とでは、沿岸環境やサケ稚魚の生産方法などにも違いがあるので、新たに沿岸環境とサケマス稚魚の動態について調査をする必要があり、平成18年に予備調査を行い、平成19年から本格的に調査を始めることになりました。
    • 写真2
調査には様々な調査機関が参加することになりました。(社)根室管内さけ・ます増殖事業協会や野付・別海・根室湾中部の各地元漁協・定置部会の協力の下に、(独)水産総合研究センター北海道区水産研究所が海流や水温・塩分構造について、北海道大学大学院水産科学研究科院が栄養塩やクロロフィルなどの基礎生産について、(独)水産総合研究センターさけますセンターが動物プランクトンについて、そして水産孵化場道東支場はサケマス稚魚の成長や分布について、水産孵化場養殖病理部は栄養状態などについて、分担して調査を行うことになりました。調査に先立って卵の段階で耳石をALC (アリザリンコンプレクソン; 写真1) で標識したサケ稚魚を放流し、それらの成長や生残を追跡します。
    • 写真1 ALC標識した耳石(特殊光を照射)
  調査は根室湾全域で行いました。根室南部地区のサケ稚魚放流の基幹河川である西別川の河口、北方の床丹川河口、南方の風蓮湖湖口から沖にラインを設定し、ライン上の1キロメートル、4キロメートル、7キロメートル、14キロメートル、21キロメートル、28キロメートルに調査定点を設けました (図1)。図中の赤丸ではサヨリ2艘曳き網で魚類の採捕を行い、赤丸と青丸で海洋環境の測定やプランクトン採集を行います。また、西別川河口両岸の4か所の渚帯 (緑丸) でも地引網を用いて魚類の採捕を行いました (写真2)。今年度 (平成19年) の調査では、4月下旬から7月下旬にかけて旬1回で、計9回の調査を行いました。採捕したサケ稚魚は固定して持ち帰り、すべての個体の体長、体重を測定し、ALC標識を確認するため耳石を取り出しました。ALCは特殊な光を当てると発光するので比較的容易に確認できます (写真1)。また、一部の個体からは胃内容物を取り出し、食べているものの種類や量を調べました。

  図2にサケ稚魚の採捕状況を示しました。サケ稚魚は、水温が4度前後であった4月下旬までは渚帯、沖合にも出現しませんでした。5月上中旬には水温が9〜12度に上昇した渚帯におもに分布しました。5月下旬〜6月上旬にかけては沖合でも6〜9度に水温が上昇すると、稚魚は渚帯から沖合へ移動し、成長します。6月中旬以降は渚帯では水温が16度前後まで上昇し、渚帯からは姿を消しました。6月下旬以降には沖合の水温が11〜15度になり、ほとんど採捕されなくなったことから沿岸域から外洋へと移動したと考えられました。体長の頻度分布からは、サケ稚魚は床丹沖から風蓮湖沖に成長しながら移動し、おもに根室半島に沿って離岸する群と、一部に野付半島沖からも外洋へと移動する経路とが推測されました。この年はALC標識魚を4月20日に約220万尾、5月10日に約100万尾を西別川河口から約90キロメートル上流の孵化場から放流しました。これらの標識魚はいずれも5月中旬から6月中旬にかけて渚帯や沖合で再捕され、放流時期が異なってもほぼ同じ時期に沖合に出現していました。
    • 図2
  この調査の最終的な目標はサケの回帰率を上げるための増殖事業の改善です。この調査は1年目が終わっただけですが様々なことが明らかになりました。しかし、年ごとに環境は変動し、それに対応して魚の動きや成長にも違いがあると考えられるため、更なる知見の集積が必要です。そして得られた成果を実際の増殖事業にどのように反映すればいいのか考えていきたいと思っています。

(水産孵化場道東支場 春日井 潔)


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