水産研究本部

試験研究は今 No.645「稚ナマコの生息環境について」(2009年7月16日) 

はじめに

  近年のマナマコの価格高騰を背景に,将来の資源維持・増大のため人工種苗生産や種苗放流に新たに取り組む機関が道内各地で増えてきています。種苗の放流技術に関わる放流適地や適期を考える際には,天然稚ナマコが実際に生息している場所を探索し,その場所が物理的・生物的にどのような環境なのかを明らかにする必要があります。平成19年から3カ年の計画で始まった農林水産技術会議の委託事業「乾燥ナマコ輸出のための計画的生産技術の開発」に中央水産試験場資源増殖部も参加し,マナマコ種苗の効果的資源添加技術に関する課題を担当しており,天然稚ナマコの生息環境について若干の知見が得られましたので紹介します。

水深と底質

  天然稚ナマコの探索は平成19,20年に積丹町,小樽市,島牧村で行いました(図1)。稚ナマコは表1に示したように,積丹半島の先端部に位置する積丹町西河では岩礁部の最深部に近い水深7~8メートルに最も多くみられました。小樽市忍路湾でも湾口部では水深5メートルより深い場所に多いのに対し,波の静かな湾奥部では水深1メートルくらいでも平均2.4個体/㎡と比較的高密度にみられる場所がみつかりました。このように場所によって稚ナマコが生息する水深が異なることが分かりました。
  そして稚ナマコはどの場所でも転石や玉石の下でみつかり,その石の表面は無節サンゴモに被われていることから時化の時でも転がらない安定した石で,複層に積み重なって浮き石となっていることなどが共通の特徴と思われました。ただ,島牧村茂津多のタイドプールのような特別静穏な場所では石の下だけではなく,壁面の海藻の陰にもみられました。これらのことから,稚ナマコの生息場所は波浪やそれに伴う底面流速の影響が深く関係していると考えられました。
    • 図1、表1

流速

  ナマコ生息場所の流速は石膏球を用いて石の直上10センチメートルの平均流速を調べました(図2)。石膏球は水中では少しずつ溶け,その溶け方は流速と温度によって決まるので,設置期間内に石膏が溶けた量と水温が分かれば,その間の平均的な流速を算出することができます。 
平成20年は,忍路湾内でも稚ナマコの分布密度が異なる湾口部と湾奥部のそれぞれ水深1.5メートル,3.5メートル,6メートル(湾口部のみ)で平均流速を観測しました。室内試験によって得られたマナマコ幼生の着底限界流速6センチメートル/sec(干川・酒井 2009)を基準にすると,忍路湾では着底期に相当する夏季の平均流速はどの地点でもこれを上回ることはありませんでした(図3)。このことは忍路湾内の広い範囲に幼生が着底できることを物語っています。しかし湾口部では湾奥部にくらべ深い場所に稚ナマコが多く生息しているため,着底期以降には波浪などによって分布が制限されている可能性が考えられますが,波浪の影響が強くなる冬季でも湾口部と湾奥部の流速が大きく違うことを示す結果は今のところ得られていません。このため,平成21年度は,石の間や石の下など,実際に稚ナマコが生息する場所の流速を調べたいと考えています。
    • 図2、図3

害敵生物

  道外ではマナマコの害敵生物としてヤツシロガイやヒトデ類,カニ類などが知られていますが,道内での知見はありません。そこで本海域における害敵生物を特定するために,まず小型ツブ籠を用いマナマコの身に蝟集する生物を調べ,これらを中心に近隣でみられる十数種類の肉食性動物を用い,体長15ミリメートル前後のマナマコ人工種苗(提供:道立栽培水試)に対する捕食試験を室内水槽で行いました。その結果,図4に示すヨツハモガニ,ヒライソガニ,イトマキヒトデが比較的多く稚ナマコを捕食し,その量は害敵1個体当たり1日に0.3個体以上を示しました。特にヨツハモガニは体長40ミリメートル,イトマキヒトデは同33ミリメートルの稚ナマコを捕食しました。なおカニ類やヤドカリ類は,すばやく動くものに反応してツメで挟み抱え込む行動を示し,稚ナマコの体表を傷つけ,そのまま食害に至ることも観察されたため,種苗の放流時には留意すべきと思われました。
    • 図4

おわりに

  平成21年度はナマコ漁場の類型化,ならびに流速条件や害敵生物の特定を進め,これらをもとに種苗の効果的な資源添加方法について検討していきたいと考えています。

  なお,この調査研究は後志北部・同南部地区水産技術普及指導所をはじめ,地元役場・漁協などの協力を得て行っています。今後ともよろしくお願いいたします。

(中央水産試験場資源増殖部 高橋和寛)

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