水産研究本部

試験研究は今 No.621「エゾアワビ資源回復への路-大型人工種苗放流による親貝集団形成試験-」(2008年7月18日)

はじめに

  北海道におけるエゾアワビ漁獲量は1970年代以降急激に減少し、100トン以下で低迷しています。人工種苗放流事業は局所的には生産を支えていますが、資源の回復には再生産を通じた新規加入群の増加が必要です。幼生の浮遊期間が短いエゾアワビでは、親貝の量が周囲の加入量に影響すると考えられていますが、実証した例はありません。そこで、本研究では人為的に親貝密度を高め、加入群の量がどのように変化するかを明らかにすることで、種苗放流と資源管理を組み合わせた回復計画の策定を行うための基礎資料を得ることを目的としています。また、マイクロサテライトDNA分析により放流貝から生まれた稚貝の割合を求め、産卵時期の流れなどを考慮して、親貝集団の形成に適した場所の条件等を明らかにしたいと考えています。

方法

  小樽市忍路湾に試験区を設け、2002年から2006年の毎年5月に、その年に産卵に参加する殻長50ミリメートル以上の大型人工種苗を3,000~6,000個体放流し、その後の親貝密度と当歳稚貝密度をモニタリングしました。また、放流貝と天然貝の成熟状況、浮遊幼生の出現状況、および初期稚貝の加入時期を調べました。試験区およびその周辺海域から天然貝、当歳貝並びに放流貝を採集し、マイクロサテライトDNA分析を行い、試験区周辺の当歳稚貝の由来を推定しました。

結果

  産卵期にあたる8〜10月の親貝密度は,大型人工種苗を放流していない2001年では0.1個体/m2でしたが、放流を開始した2002年以降では徐々に増加して2003年には1.1個体/m2になりました(図1)。その後、台風や集中豪雨の影響で変動しましたが、2006年には1.3個体/m2で、放流前の13倍になりました。試験区における放流貝の割合は90パーセント以上であり、天然貝密度がほとんど変化しなかったことから、放流貝によって親貝集団が上積みされたと考えられました。当歳貝密度は放流前の秋が1.2個体/m2、冬が0.8個体/m2であり、放流後は秋が0.7〜2.9個体/m2、冬が1.2〜3.5個体/m2でした(図2)。当歳貝密度は親貝の増加に伴い増加傾向がみられましたが、年変動も大きい状況でした(図3)。

  放流貝の成熟状況は、放流年には天然貝と異なる事例もありましたが、翌年以降はほとんど変わらずに9〜10月に産卵が行われました。浮遊幼生の出現は年によって7月に確認される場合もありましたが、主に9月に多くなる傾向が見られました。海底の石を洗浄して採集した着底初期稚貝は9月に多い傾向がありました。

  共同研究機関である(独)水産総合研究センター養殖研究所で11座のマイクロサテライトDNAマーカーを使って遺伝的解析を行ったところ、試験区で採集した当歳貝の由来判別では、放流貝由来個体の割合は約20パーセントであり、この傾向は2003年から2006年まで変わりませんでした。忍路湾内に生息するアワビ親貝では、放流貝と天然貝の比率がほぼ等しいことから、浮遊幼生の湾外からの流入と湾内からの流出の可能性が考えられます。

  一方、親貝の大きさから産卵量を推定し、単位面積当たりの放流貝の産卵量と放流貝由来当歳貝密度(秋調査)の関係を調べると、両者には有意な正の相関関係が認められました(図4)。この結果は、放流貝の増加が親貝として周囲の稚貝加入量に影響している可能性を示しています。
    • 図1
    • 図2
    • 図3
    • 図4

今後の展望

  これまでの研究で、放流貝と加入当歳貝との間で親子関係をマイクロサテライトDNAマーカーにより明らかにすることができました。現在は、禁漁区を開放して漁獲による親貝の減少に伴い、稚貝の加入量や放流貝の再生産寄与率がどのように変化するかを調べています。今後は、開放系の漁場においても放流貝の再生産寄与率や波及範囲の特定等に取り組みたいと思います。また、アワビ類の親貝集団形成場所は、コンブ類などの餌料海藻群落が形成されていることと、密漁対策が講じられることが必須条件となります。そのため、波浪によるウニ類の行動制御機能を持った造成漁場や、藻場が形成された外郭施設を持ち、かつ密漁監視システムの導入が可能な漁港周辺を親貝集団形成場所として利用することも検討したいと考えています。

謝辞

  この研究を進めるにあたって、川本孝一氏をはじめ小樽市漁業協同組合忍路地区の漁業者の方々には、漁場の使用や禁漁等にご協力頂きました。この場をお借りして心からお礼を申し上げます。なお、本研究は(独)水産総合研究センター交付金プロジェクト「生態系保全型増養殖システム確立のための種苗生産・放流技術の開発」により実施いたしました。関係各位に深くお礼申し上げます。

(北海道立中央水産試験場 水産工学室 干川 裕)

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