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酪農試験場

根釧農試 研究通信 第3号

根釧農試 研究通信  第3号

1993年3月発行)

*** 特集  いま、放牧を考える ***

1.根釧地域における放牧の実態と今後の課題

経営科

1.酪農の展開と草地利用

地域の農業は、開拓以来畑作を中心としていたために、度重なる冷害・凶作との闘いでした。とくに、昭和6~7年の連続した冷災害によって壊滅的な被害を受け、北海道は昭和8年「根釧原野農業開発5カ年計画」を制定して有畜農業を推進してきました。とくに昭和30年代後半以降、根釧パイロット建設事業(昭和30~39年)、第l次農業構造改善事業(昭和37~45年)などの各種補助事業、融資制度により機械化をはじめ草地の基盤整備などを図ってきました。なお、昭和40年代にはヘイベーラ、グラスチョッパ普及により、高水分サイレージですが牧草大量調製が可能となり、また昭和50年代にはモーアコンディショナおよびハーベスタの導入によって、牧草は細切(15mm)されて低水分サイレージの調製およびロールベーラの普及により乾牧草の大量調製が可能となり、乳牛の多頭化が進んできました。

また、草地造成・整備は図-1のとおり昭和50年代の後半にピークを終え、60年以降は草地の改良・更新が中心となり、草地の拡大とともに牧草の単収が著しく増加したこと、さらには生乳の貯蔵・出荷が、これまでの輸送缶→トラック→集乳所体系からバルククラ→ミルクローリ→クーラステイション体系にと変わり省力化が進み、今日の大規模草地型酪農経営を築いてきました。

一方、規模拡大と草地面積当たりの頭数が増加するなかで、牧草生産量のうち放牧による利用割合は図-2のとおり減少してきました。

しかし、近年同じく図-2の根室地域のように、草地の整備が進んできたことと、扱いが容易な移動式電気牧柵などの技術が普及してきたことにより、放牧のしかたによっては、舎飼方式に優る飼養方式になるものと放牧への関心が高まってきたことなどから減少傾向が緩慢となってきました。とはいえ、放牧利用には天候によって採食量が変わることや、乳成分の低下が心配されることなどの問題点も多く、その解明が急がれているところです。このような背景から、平成3年に地域の代表的な標津町と標茶町の酪農家計89戸について、放牧についてのアンケート調査を実施しました。以下その要点について紹介します。

2.放牧利用の実態と問題点

①放牧を利用する理由で最も多かったのは省力化であり、ついでストレス解消、乳量向上、低コスト化、草地に余裕があるの順でした。②今後(5年後)の放牧利用については、標津、標茶とも減少傾向がみられました。③放牧地を減少ないし廃止する理由としては、乳量のムラ、乳成分の低下、草地に余裕がない、手間がかかる、放牧の有利性が分からないの順でした。とくに、放牧と乳成分の関係については分からないとする回答が多くみられました。④移動電気牧柵は、普及して日が浅いこともありますが、固定しての利用が多く、その機能が発揮されていません。なお、放牧の効果や施設利用のしかたが究明されていないことなどが、放牧に対する不安感を高め、縮小および廃止の方向に結びつけているものと考えられました。

3.放牧利用の今後の方向と課題

放牧にはメリット、デメリットとも数多くあげられますが、その効果の程度については必ずしも明らかにされていない点が多く、早急に検討を要する課題です。

また、今後の酪農を考えると、自由化の進行にともなって生産資材費の低下は見込まれるものの、乳製品の価格低下により乳価および個体価格は低下方向に連動するものと思われます。ついで、高齢化に伴う労働力の減少、さらには他産業との関連からもゆとりのある農業(労働時間の短縮)や、糞尿の環境への影響が問われるなかでは、このままでは平均的にみると農業所得が低下していくものと思われます。

ただし、府県における酪農の低下傾向をはじめ、道内においても後継者不足と高齢化が進行するなかで農家戸数は減少し、草地の有効利用および所得の向上からもl農家当たりの草地面積および乳牛飼養頭数は、これからも緩慢ながら拡大していくものと考えられます。とくに糞尿による環境汚染の問題が拡大するにしたがって、l頭当たりの草地面積は増大し、放牧の利用率は平均的には高まっていくものと考えられます。

しかし、そのためには、労働力をカバーするために、これまで以上の省力化が求められるとともに、放牧に適した草種の育成・組み合わせのあり方、放牧と併給飼料給与のあり方、農地の交換分合、省力的な牛舎のあり方が問われると同時に酪農経営が発展していくうえで、糞尿処理・利用のあり方、ヘルパーのあり方、コントラクタのあり方、協業化・法人化などの問題が併せて今後の重要な課題として考えられます。

(図を省略)

2 放牧用草種について

作物科

根釧地域において、採草用としてはチモシーという強力な草種があるが、放牧用としてのチモシーは力不足で、と言われて久しくなります。越冬性の最も強いチモシーにペレニアルライグラス並の再生力が加われば「鬼に金棒」ですが、直ぐにとは無理な話です。現在考えられるイネ科草種について、その草種の放牧利用時の特性について理解し、各草種の欠点を補いつつ利用していかなければなりません。ここでは、根釧農試で過去に行なわれた試験の中から、各草種の放牧についての成績を紹介します。

1.各草種の特徴と今後の問題点

○オーチャードグラス:シロクローバ(コモン型、ラジノ型)との混播で植生の推移が安定しており、採食量、利用率とも高く放牧適性は良好です。しかし、冬枯れに弱く当地方では安定性に欠けるため、越冬性の確実な品種の育成が求められています。

○チモシー:シロクローバとの混播で競合性が著しく劣るため、コモン型との組合せでも3年目でほぼ消滅しました。そのため生産量、利用率とも低く放牧適性は不良となりました。放牧に耐え、かつ、競合性にすぐれた品種の育成が求められています。(中生タイプの新品種に対し放牧試験実施中)

○メドウフェスク:シロクローバとの混播で毎回よく採食され、採食量、利用率とも高く、放牧適性は良好でした。しかし、越冬性にやや不安があるため、越冬性の確実な品種の育成が望まれます。

○トールフェスク:シロクローバとの混播で嗜好性が最も劣り、採食量、利用率とも最も低くなりました。イネ科が過繁茂状態となるため掃除刈りなど不食草を除去する管理が必要でしょう。越冬性が確実で嗜好性の良い品種の育成及び利用率を高める放牧・管理技術の検討が必要です。

○ケンタッキーブルーグラス:出穂が早く春の利用率が劣りました。しかし、その後は特にコモン型シロクローバとの混播で採食量、利用率とも高く、放牧適性は良好となりました。出穂茎を繁茂させない放牧・管理技術の検討および多草種混播条件下での放牧適性の検討が必要です。

表1 各草種の冬枯れ程度

2.その他試験に関する考察

○試験終了時の草地の状態:イネ科の株化はトールフェスクが最も顕著であり、ついでオーチャードグラス、メドウフェスクも著しく、チモシーは一面シロクローバに覆われた中に株が点在している状態でした。ケンタッキーブルーグラスはイネ科とマメ科が全面にわたって密に混ざり合い、最も均一な混生状態でした。

○冬枯れについて:第3年次の春に多く認められました。根雪前の厳しい寒さ、多雪、融雪期の遅延などにより大粒菌核病が激発し、チモシー以外の草種に著しい冬枯れと萌芽の遅れが見られました。

○利用率について:イネ科とマメ科の混生割合が適当な範囲では構成草種個々の利用率よりも高いという傾向がみられ、両草種混播の有利性が示されました。

3.根釧におけるペレニアルライグラスについて

過去の耐寒性検定試験の結果では、除雪区(地表温度の最低値-14.4℃)で全品種系統とも冬枯れで完全枯死しました。暖冬といわれた平成4年の春でも積雪状態で各供試品種50%以上の枯死茎率を記録しました。最近天北地方で放牧草として注目されているペレニアルライグラスも、イネ科の中では冬枯れに最も弱く、当地方における実用的な可能性は今のところほとんどありません。

表2 年間平均1頭1日当たり乾物採食量と年間区12a当たり延放牧頭数

表3 年間平均植生割合(算術平均 生草比 %)

註 G:イネ科  L:混播したマメ科(Wcコモン、Lcラジノ) W:雑草

3 放牧主体で9,000kgを搾る

酪農第一科

搾乳牛の飼養で放牧を取り入れている農家はあまり多いとはいえず、最近の意識調査の結果を見ても将来増える傾向にあるとは言えません。これには、ここ数年来の情報が高泌乳牛をめぐるものに偏っていることによるところが大きいようです。つまり、現在紹介されている高泌乳牛に関する技術では放牧が取り入れられていないことから、「高泌乳をめざすには放牧は向かない」という意識を醸し出したといえましょう。しかし次に上げる放牧自体の問題も、放牧が積極的に取り入れられない要因として残されています。

①放牧草からの栄養供給量が解らない。(→高泌乳牛の飼養には向かない。)

②手間、暇がかかる。(精神的な負担も含めて。)

②に関しては正反対の意見もあり、漠然とした要因も混在していることから、科学的に且つ経済的に回答を示す必要があると思われますが、マニュアル化された放牧技術と、放牧による高泌乳牛の飼養基準を示すことがその解決に大きく貢献するものと考えられます。それはとりもなおさず①の答えを示すことが基本となります。「高泌乳牛は放牧では飼えない。」とする考え方にも、①がはっきりすることで、放牧による生産可能乳量を明快に提示することができるようになります。

こうした考え方から、私たちは放牧草の摂取量を一頭一頭測ることを基本として、放牧を利用して高泌乳牛を飼養する技術開発を実施してきました。

この中から、これまで一日3時間および6時間放牧のいずれの形態の時間制限放牧においても、8,000kgの乳生産が可能であることを示し(研究通信創刊号)、引き続く試験において、昼夜放牧によっても9,000kgの乳生産が可能であることが実証されました。

(l)一日15時間の昼夜放牧で9,000kg。

搾乳時間、およびその前後の3回の併給飼料給与時間を除いて昼夜放牧をし、一日15時間を放牧に充てました。

(2)放牧草からのTDN摂取割合は50%以上。

草の不足する秋期(9/16~10/25)を除き、放牧草からのTDN摂取割合が50%以上になるように設定し、乳期により併給飼料の給与量を調整しました(表l)。各乳期の想定乳量は、乳脂率を3.8%として泌乳前期36kg、中期31kg、後期25kgとし、それぞれNRC標準の要求量を満たす給与量としました。

併給飼料はトウモロコシを主体に大豆粕、ビートパルプを加えた濃厚飼料と、グラスサイレージを給与しました。

表1 放牧草からの想定摂取量と併給飼料の給与量(体重650kgとして設定)


乳期

放牧季節

春・夏

給与飼料

乾物 kg

TDN kg

乾物 kg

TDN kg

泌乳前期

放牧草

14.0

10.1

10.0

7.2

濃厚飼料

8.5

7.5

9.1

8.0

グラスサイレージ

2.0

1.3

4.0

2.6

泌乳中期

放牧草

12.0

8.6

9.0

6.5

濃厚飼料

7.0

6.4

7.4

6.8

グラスサイレージ

2.0

1.3

4.0

2.6

泌乳後期

放牧草

10.0

7.2

8.0

5.8

濃厚飼料

5.0

4.6

5.8

5.3

グラスサイレージ

2.0

1.3

4.0

2.6

注)濃厚飼料にはビートパルプも含む。

表2 飼料摂取量と栄養充足率


乳期

前期

中期

後期

分娩後日数(日)

52.9

179.7

243.8

供試頭数(頭)

17

9

8

乾物摂取量(kg/BW650kg)

21.4

21.2

18.7

放牧草

109

12.4

11.6

併給飼料

10.5

8.8

7.1

TDN摂取量(kg/BW650kg)

16.14

16.11

13.72

放牧草

7.39

8.64

7.88

併給飼料

8.75

7.47

5.84

CP摂取量(kg/BW650kg)

3.92

3.61

3.03

放牧草

2.33

2.48

2.32

併給飼料

1.69

1.13

0.71

乳量(kg/頭)

38.8

26.6

24.4

FCM乳量(kg/頭)

35.7

25.3

22.8

TDN充足率(%)

88.8

121.3

105.2

CP充足率(%)

109.5

145.8

121.8

(3)15時間放牧により、放牧草(生草)をおよそ60~70kg採食。

放牧牛は、泌乳前期を除き当初想定した量を放牧草から採食しました。放牧草からのDM摂取量は泌乳前期、中期、後期の順にそれぞれ10.9、12.4、11.6kg/頭(体重650kg換算)でした。

(4)泌乳前期で平均乳量38.8kgを達成。

平均乳量は泌乳前期が38.8kg、中期26.6kg、後期24.4kgとなり、泌乳中期牛の乳量がやや低いようでしたが、前期、後期ではほぼ想定した乳量でした。

(5)一乳期乳量は9,400kg。

試験に用いられた全個体のデータより、分娩後日数と乳量の関係から一乳期乳量を計算した結果、9,400kgの乳量が達成できると推定されました。

(6)泌乳前期を除きTDN摂取量も要求量を充足。

泌乳後期では105.2%とほぼ想定どおりのTDN充足率でした。泌乳中期は乳量が想定よりも低かったこともあり、TDN充足率は121.3%でした。逆に泌乳前期では乳量が設定よりも2.8kg多くなったこと、放牧草の摂取量が設定値の90%以下になったことによりTDN充足率は88.8%と要求量を下回り、この期間(特に泌乳初期)の飼料構成が問題として残され、現在試験を実施中です。CP摂取量に不足はありませんでした。また乳脂率を筆頭に全体に成分値が低めなことも改善の課題です。

表3 乳期ごとの乳成分


乳期

前期

中期

後期

乳脂率(%)

3.47

3.66

3.57

乳蛋白質(%)

2.85

3.16

3.05

乳糖(%)

4.48

4.53

4.35

SNF(%)

8.34

8.69

8.40

4 放牧草地の維持管理(図を省略)

土壌肥料科

根釧地方では冬期間の寡雪寒冷な気候による冬枯れ被害のため、オーチャードグラスやメドウフェスクなど放牧草地に適する牧草の栽培が不安定です。また、越冬性に勝るチモシーは短草利用に弱い欠点をもっています。これらの欠点を克服し、根釧地方で放牧草地を上手に維持するための研究が続けられています。ここでは、これまでの主な成果と現在進められている試験の内容を簡単に紹介します。

1.放牧草地の草種構成

図lは根釧地方の放牧草地における実態調査の結果です。チモシー、オーチャードグラス、メドウフェスクなど生産性の高いイネ科牧草がケンタッキーブルーグラスなどの地下茎型イネ科牧草の侵入によって抑制されていることがわかります。放牧草地の草種構成を良好に維持するためには、生産性の高いイネ科牧草を維持することが重要です。

2.オ一チャードグラスの冬枯れ対策

図2に冬枯れの原因を示しました。冬枯れの原因は凍害(経路Ⅰ、Ⅱ)、雪腐病害(Ⅱ、Ⅲ)および冠氷害(Ⅳ)に大別されます。冠氷害については排水が根本的な対策です。凍害および雪腐病害については、8月下旬の施肥によって越冬前の要素欠乏を回避し、分げつ態勢の強化と貯蔵養分の増大を図る事が重要です(図3:省略)。また、10月上旬の利用はできるだけ避け、越冬に備えます。翌春では、前年10月上旬に利用した場合や冬枯れ程度の大きいときに窒素の増肥が効果的です。

3.放牧草地の養分循環

放牧草地は土→草→牛→土の養分循環が成立っている典型的な利用形態です。しかし、牛の糞尿は草地に点状に還元されるため、その肥効を人手で施肥される肥料と同じように考えるわけにはいきません。このことを考慮した乾物生産とカリ循環のダイナミックモデルが作成され、牧草収量やカリ吸収のシミュレーションが行われました(図4:省略)。

4.現在取り組んでいる課題 -草種別放牧草地の適正利用・管理-

これまでに紹介した技術に基づいて、新たに開発された新品種に対する適正利用草丈や利用頻度について検討し、チモシーやオーチャードグラスを基幹とする放牧草地の維持管理マニュアルを作る試験が行われています。基幹草種として、チモシーでは、「クンプウ」、「ノサップ」、「キリタップ」、「ホクシュウ」、オーチャードグラスでは「オカミドリ」と「ケイ」を供試し、シロクローバとの混播草地を造成しました。随伴イネ科草としてメドウフェスク「トモサカエ」を混播した区としない区も設けました。入牧時の草丈を20cmと40cmにした場合の草種構成の変化を現在調査中です。

5 放牧と家畜衛生

酪農第二科

根釧農試で今日まで行われた放牧と関連した家畜衛生に関する試験・調査の成績を紹介します。

1.ピロプラズマ症

昭和23年に牛のダニ熱様疾患(ピロプラズマ病)が取り上げられ、管内の実態調査が行われました。その結果、自然放牧地においてピロプラズマ病による幼年の発育障害、成牛の乳量減少、流産、死亡などの被害があることが認められました。さらに昭和25年までに約600頭の乳牛について原虫の保有状態を調べた結果、地域によって保有率に差があることが分りました。

放牧による育成が盛んになったことから昭和37年から38年にかけ協和育成牧場で本病の実態を調査しました。赤血球数は初放牧牛群では入牧30~40日後に減少し、白血球数はリンパ球の比率が高まるに従って増加する傾向を示しました。また原虫保有率は2%以下のものが全体の74%を示しました。含虫率が2.6~3.0%位から赤血球数は減少し、逆に白血球数は増加することが認められ、一般臨床所見では貧血、黄疸、栄養低下などの異常を示すものが多くなりました。

昭和40年には野付半島の共同放牧場で家畜の放牧を一定期間禁止し、ダニに吸血の機会を与えないようにして生息数の変動を調査しました。休牧することによって総ダニ数は日数の経過と共に漸減し、若ダニに比して幼ダニが著しく減数しました。

昭和41年の調査では休牧前には幼ダニと若ダニがそれぞれ半数を占め、成ダニは殆ど皆無でありましたが、休牧2年目で幼ダニは一匹も検出されず、殆んどが成ダニでした。

昭和42年も同様の調査をし、休牧後2回の冬を経てもダニを絶滅することは出来ませんでしたが、休牧をしない牧野に比べてダニの生息数は少なくなりました。更に野草地を牧草地化すると放牧牛の小型ピロプラズマ原虫の感染率が低下し、それと共に赤血球数が高値を示して増体効果が大となることが明らかとなりました。

その後本症についての試験は昭和49~51年に新得畜試で行われ、濃厚汚染地の放牧牛につき補体結合反応でタイレリア病(小型ピロプラズマ病)抗体の他に少数ではありますが大型ピロプラズマやアナプラズマの抗体も証明されました。更にTheileria sergenti標準株凍結予防液を用いて発症予防効果を検討したところ、接種後入牧までの112日間の舎飼時期に発症するものはなく、タイレリア病の最多発期である6月、7月に軽度の貧血を示したものの臨床的発症までは至りませんでした。一方、無処置の対照牛は入牧6週より重度の貧血に陥り、殆どが食欲不振、発熱、群行動不能など典型的な症状を呈しました。また予防液の株の検討では標準株よりも現地株の方が予防効果は優れていました。しかし、この予防液は生血液を使用することから白血病などの感染症を伝播する危険性があるとして規制されました。そして今日では平成元年より遺伝子組み替えを利用したワクチン開発へと研究は進んでいます。

2.牛の消化管内線虫症関係

昭和41年10月と12月の2回、根室管内の2牧場で消化管内線虫の汚染状態が調査されました。調査牛の線虫保有率は非常に高く、子虫培養法で95%、集卵法では100%となりまた。検出率が高かったのはオステルターグ胃虫で、調査牛の20頭中17頭(85%)から検出されました。

3.起立不能症候群

昭和48-51年にかけ根室内陸地域における本症候群の発生実態を見ますと、7歳以上の高齢牛及び乾乳期間の長い過肥牛に多く発生していました。また、その大半は分娩性低カルシウム血症にもとずく乳熱型疾患でありましたが、発生頭数及び発生率の多い放牧期には臨床症状が従来の乳熱とは異なる低マグネシウム血症及び高カリウム血症を示す例が多いことが分かりました。

次いで分娩性低カルシウム血症の予防法を検討しました。ビタミンD3の投与は分娩時の血中カルシウム濃度の低下を防ぎ、本症候群経歴牛に対して高い効果がありました。塩化アンモニウムの投与は分娩時の血中カルシウム濃度の低下を防ぎましたが、血中マグネシウムを低下させ、実用化には更に検討する必要がありました。放牧期におけるリンの補給については効果は認められませんでした。

その後、放牧期に多発する起立不能症候群は妊娠末期の粗蛋白質とカルシウムの多給が要因と考えられるようになりましたので、昭和56-60年にかけて本症を低減させるための妊娠末期の飼養法を検討しました。そして以下の成績を昭和61年度北海道農業試験会議資料「乾乳牛の放牧期飼養法改善による分娩性低カルシウム血症の予防」として提出しました(表)。

1)分娩直前まで全日放牧した牛群では7頭中3頭が分娩後低カルシウム血症(Ca<7.0)を示し、うち2頭が起立不能となりましたが、分娩2週前から放牧を制限し乾草を併給した牛群はいずれも正常でした。>

2)分娩直前まで生草を青刈給与しても、また生草を2時間給与後乾草を給与しても起立不能は発生しませんでした。しかし分娩後の血中カルシウム濃度は乾草併給群で平均8.43mg/dlであったのに対し、生草単用群では7.55mg/dlと低下して7頭中1頭が低カルシウム血症を示しました。

3)妊娠末期の乳牛に生草を2時間給与し乾草を併給すると分娩前にカルシウムを給与しておいても起立不能は発生しませんでした。しかしカルシウムを1日当たり150g以上を給与すると6頭中2頭が低カルシウム血症を示しました。

4)分娩前、生草給与に大豆粕を添加して高蛋白とした栄養条件では、生草単用群で6頭中1頭が起立不能となりましたが、乾草あるいは牧草サイレージを併給した牛群では起立不能は発生しませんでした。しかし牧草サイレージ併給群で高産次(5産、6産)の2頭が分娩後低カルシウム血症を示しました。

5)乳牛の産次が高くなると生理的にも分娩後に血液中のカルシウムや無機リンが低下する傾向にありますが、妊娠末期に放牧や生草の給与を制限して乾草を併給することによって低カルシウム血症の発生を低減することが出来ました。

表 妊娠末期の飼養法改善と低カルシウム血症


頭数

起立不能

分娩前摂取

分娩後血液成分

DCP

Ca

Ca(低Ca血)

Pi(氏Pi血)

Mg(低Mg血)

kg

g

Mg/d1(頭)

Mg/d1(頭)

Mg/d1(頭)

全日放牧

7

2

7.29(3)

2.59(3)

2.33(0)

放牧+乾草

2

0

8.92(0)

4.55(0)

2.27(0)

生草給与

7

0

1.18

78

7.55(1)

2.11(1)

2.37(0)

生草+乾草

6

0

0.91

61

8.43(0)

3.01(0)

2.14(1)

生草+乾草(ミネラル給与)

Ca150g

6

0

0.92

155

8.16(2)

2.98(1)

2.08(0)

100g

6

0

1.13

113

8.25(0)

3.47(1)

1.64(0)

50g

6

0

1.01

58

8.39(0)

3.16(2)

1.66(1)

高蛋白給与(大豆粕添加)

生草給与

6

1

1.93

75

8.04(0)

3.17(0)

2.52(0)

生草+乾草

6

0

1.64

71

8.76(0)

3.36(0)

2.16(0)

生草+サイレージ

6

0

1.57

77

8.33(2)

3.05(0)

2.59(0)

Ca(低Ca血)<7.0㎎/dl、 Pi(氏Pi血)<2.0㎎/dl、 Mg(低Mg血)<1.0㎎/dl