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酪農試験場

時の話題:4号の1

根釧農試 研究通信  第4号

1994年3月発行)

**時の話題**

1.馬鈴しょ遺伝資源導入探索事業

馬鈴しょ科

今回の遺伝資源の導入に当たっては前回(昭和61年)に南米方面にいっているということでヨーロッパということになった。オランダ、イギリス、ドイツあたりが、ばれいしょ研究が進んでいる国であるが、これらの国ではばれいしょの育種は民間会社で行われており、また品種に関する保護権利問題なども厳しいので遺伝資源の導入は難しいと考えられた。そこで以前は社会主義国家だったため自由に旅行ができず、あまり情報のない東欧を中心に回ることにした。東欧の中ではポーランドが、ばれいしょの研究が進んでおり、以前(昭和55年)農水省の遺伝資源導入で一度導入が行われている。その他にチェコ・ドイツを加えた3国を目的地とした。

11月26日、成田空港からオーストリアのウイーンへ出発!・・・するはずだったが、予定の便が到着しておらず5時間遅れになるということであった。これでは乗り継ぎ便に間に合わず、本日中にポーランドに入れない。出発からつまずいてしまい、これからの一人旅この先どうなるのか先行き不安な旅の始まりであった。しかしさすがは正規料金のチケットだけあって、直ちに経由地をドイツのフランクフルトに変更しポーランドまで本日中に入れるように手配してくれた(ディスカウントチケットでは、こうはいかないはずだ)。

12時間の飛行の後、フランクフルトで乗り換えポーランドワルシャワ空港に着いたのは夜の9時過ぎであった。遅い時間に関わらず笑顔で出迎えてくれた。ポーランドでは、とても親切に受け入れていただき、ホテルの予約、国内での移動の手配、また寒さが厳しかったためコートまえ貸してもらった。訪問した研究所は以下の通り。

1.Plchocin Breeding Station(育種場)

2.Potato Research Institute(Unit Jadwisin)(生理、病理、貯蔵施設)

3.Institute of Biochemistry and Biophysics(ハイテク、病理)

4.Potato Research Institute(Unit Mlochow)(育種の基礎研究、今回の受け入れ先)

5.Potato Research Institute (Center Bonin)(ばれいしょ研究所センター)

遺伝資源は、4のUnit Mlochowで、交配種子の分譲を受けた。

ポーランドには、ばれいしょを専門に研究する「ばれいしょ研究所」というものがあり、職員の数は全国で約500人いるそうである。つまりほぼ道立農試と同じ人員がばれいしょの研究をしているということであり、ポーランドでは、いかにばれいしょが重要な作物であるかということがわかる。(栽培面積は約170万haで、日本の約15倍)育種場も全国で9カ所ある(日本は3カ所)。ポーランドのばれいしょ育種の印象は、病害抵抗性に非常に力を入れていることであった。日本では種いもの供給システムがきちんとできているため、ウィルス病抵抗性は現在それほど重要視されていないが、ポーランドでは種いも更新が10年に1度ぐらいしか行われていないため抵抗性品種の育成に非常に力を入れている。また農薬の使用量も少なく(使いたくても買えない)、肥料も必要量の約半分は堆肥から得ている。このようにポーランドはクリーン農業を現在実行している国であるといえる。先進国ばかりでなくこのような国へ視察に行くのもいいのではないかと感じた。

次の国チェコへは12月5日に列車で入った。チェコの首都プラハは戦災を免れたため古町並みがそのまま残っており、とても美しい町である。

チェコで訪問したのは以下の3カ所。

1.Institute for Potato Research(育種基礎研究、栽培他)

2.SELEKTA(育種会社)

3.SETIVA(育種会社)

以上はプラハから100㎞ほど離れたハブリチクフブロドという町にある。

ここでは若い研究者(新婚だった)の家族に呼んでいただき、チェコ料理をごちそうになった。その中に日本の団子に似た料理があり、味もいも団子に似ていた(クネドリキという。作り方参照。)

今年は気象条件がよく、ジャガイモが非常に豊作だったため、売れ残ったジャガイモの始末に困っているということであった。ロシアに販売したのだが、ロシアはお金がないため売ることができないと言っていた。凍結をさける貯蔵庫がないため、家畜の餌にするしかないとのことであった。

最後の国ドイツには12月10日に列車で入った。国境で荷物の検査をされた。私の乗っていた車両では私一人だった。特に私が怪しい格好をしていたわけではないと思うのだが・・・。後で解ったのだが、チェコとドイツの物価の差を利用して、タバコ・酒を密輸してもうけている人たち(ドイツの駅前で見たのだが東洋人風の人が多い)を取り締まるためらしい。

ドイツでの訪問先は、ハノーバーの東約60㎞にあるブラウンシュバイクという町の農業研究団地(筑波の農林団地みたいなもので、10あまりの農業関係の研究所が集まっている)内にあるInstitute of Crop Scienceである。ここには、オランダと協力関係にあるばれいしょのジーンバンクがあり、ここでいくつかの近縁種・野生種を手に入れた。

またここの研究所では、非常食目的の作物の研究が行われている。これは環境を守る目的で行われているもので、燃料にするために栽培する乾物収量が非常に多いススキのお化けのようなもの、紙の原料にするための植物、リレハンメルオリンピックでも有名になったでん粉から作るプラスチック(食べられる皿)などが対象になっている。またこの関連でほとんど栽培のなくなった“麻”などのリバイバル作物の研究も行っていた。

12月15日、帰国のため宿泊先のハノーバーからフランクフルトまでICE(Inter City Expressドイツの新幹線)で移動した。ヨーロッパの鉄道の特徴は長距離列車は客車である(日本では、電車・気動車が多い)こと、シートなどの車内設備がゆったりとしていること、駅に改札口がないこと(切符は車内で確認される)などがあげられる。今回の旅行中あまり日本人に会わなかったが、フランクフルトの空港はたくさんの日本人がいた。おばさんの団体のオバタリアン的な行動を見て、日本に着く前に日本に帰ってきたような感じであった。

成田空港の検疫カウンターで持ち帰った種子の検査を受け今回の旅行は無事終了した。

今回入手した遺伝資源は以下の通りである。

ポーランド  交配種子  9組合わせ

チ ェ コ   交配種子  41組合わせ

ド イ ツ  近縁種・野生種  5種15系統

主に病害抵抗性(ウイルス、センチュウ、疫病、そうか病)をもつものを導入した。