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酪農試験場

研究成果:5号

根釧農試 研究通信  第5号

1995年3月発行)

研究成果(図表省略)

7. チモシ-を基幹とする採草地に対する施設改善効果の長期実証

土壌肥料科

1.はじめに

今後の酪農経営を安定的に発展させるためには、良質粗飼料の自給率を高め、草地の維持年限を延長し生乳生産コストの低減を図る必要があります。しかし、乳牛の多頭化が進行する一方で、牧草の収量水準は停滞しており、根釧地方の牧草収量は、3.8~4.0t/10aで頭打ちとなっているのが現状です。

その対策として、草地生産力の実態調査等から収量規制要因を摘出し、当地方の主要なイネ科牧草であるチモシ-を基幹とする混播採草地を対象に施肥改善試験を行い、「北海道施肥標準」「土壌診断に基づく施肥対応」に反映してきました。しかし、それらの試験は概ね3~5年という短い期間で行われ、個別技術として提案されたものであるため、長期的な視点から施肥改善の効果を実証しました。

2.試験方法

根釧農試圃場に1977~86年までの10年間、毎年同一条件で造成したチモシ-・マメ科草混播草地を供試草地とし、根室管内の平均的な施肥管理を実施する慣行区(年間施肥量はN-P

-KO-MgO=9.1-9.5-13.1-2.9㎏/10a)、草種構成と土壌診断に基づいた施肥管理を行う改善区、マメ科草回復のため窒素施肥量を減肥し植生区分1(4㎏/10a)に準じた窒素減肥区を設けました。

3.試験結果

1) 根室管内の平均的な施肥の継続

本施肥法を継続すると、草地の経年化に伴って乾物収量は低下し、チモシ-やマメ科草は衰退、地下茎型イネ科草が増加しました(図1)。この要因として草種構成に関わらず一律の窒素施肥を行ったこと、カリ施肥量が不足していたため牧草の正常な生育に必要なカリを確保できなかったこと等が考えられました。

2) 施肥法の改善による効果

改善区では、チモシ-の混生割合については慣行区と大きな変化は見られませんでしたが、マメ科草混生割合については明らかな向上が認められ、慣行区ではアカクロ-バの混生割合が3年目で5%を下回ったのに対し、改善区では維持年限の延長が確認されました。また、改善区では地下茎型イネ科草の侵入による植生の悪化も穏やかであり、その効果は特に2番草で明らかでした(図2)。

各草地における慣行区を対照とし、乾物収量に対する施肥改善効果を表1に示しました。改善区の合計収量は2番草では慣行区と同程度でありましたが、改善区は1番草に重点を置いた施肥配分なので、1番草に対する施肥改善の効果は明らかで、平均20%程度増収し、草種別に見るとマメ科草収量は著しく増大し、地下茎型イネ科草収量は、慣行区に比べ1~2割減少しました。このことから、マメ科草の維持がレッドトップやシバムギなどの地下茎型イネ科草の侵入抑制にもつながることが示唆されました。また、栄養収量を比較してみると、良好な草種構成の維持と乾物収量の増加により、TDN収量は慣行区に比べ年間合計で約30%、CP収量は20~45%と大幅に高まりました(図3)。

以上のことから、草種構成と土壌診断に基づく施肥改善を行うことにより、地下茎型イネ科草の侵入が少なく、マメ科草混生割合の安定した良好な草種構成と高い牧草生産力の維持が可能であることが実証されました。

3) 窒素の減肥でマメ科草が回復

草種構成に基づく施肥管理のうち、マメ科草混生割合の低い植生区分3(マメ科率5~15%)に対する窒素施肥量は目標収量の確保に要する量であり、低下したマメ科草混生割合の回復を目的としてはいません。そこで、低下したマメ科草混生割合を回復させるための窒素施肥法について検討してみました。処理開始当年の乾物収量は慣行区との差はわずかでしたが、改善区と比べると約15%低下しており、その傾向はチモシ-収量において顕著でした。

しかし、マメ科草の生育は旺盛になり、慣行区、改善区では1番草のマメ科草混生割合が各々13、14%と植生区分3で推移したのに対し、窒素減肥区では19%となり、植生区分2に変化しました。

施肥改善による影響がほぼ安定した処理後2年以降における窒素減肥区の乾物収量は改善区よりもやや劣りましたが、慣行区と比べると約1割増収し、草種別に見るとマメ科草収量は著しく増大し、地下茎型イネ科草の収量は2割程度低下しました(図4)。このように、窒素の減肥を組み合わせることにより、地下茎型イネ科草の侵入を抑制しながら、マメ科草混生割合を良好に向上・維持させることが可能であることが明らかとなりました。

8. 根釧地域のチモシ-を基幹とする火山灰草地の亜鉛および銅の施肥対応

土壌肥料科

1.はじめに

根釧地方に分布する火山性土の微量要素含量は低いので、そこで生産される牧草中の亜鉛、銅等の含量も低いことが知られています。乳牛の高泌乳化の進む現在、生産現場の一部では、良質粗飼料の必要性から、牧草体微量要素含量の向上に対する関心が高まっています。しかし、草地に対する微量要素の安易な施肥は、乳牛に対する過剰摂取や土壌の重金属汚染を引き起こす危険性があるので、土壌中の亜鉛および銅含量に対応した適切な施肥改善指針を策定しました。

2.収量性向上のための亜鉛・銅施肥は必要ない

亜鉛、銅のいずれの要素でも、施肥による牧草の増収効果は判然としませんでした。今までに報告されている土壌中の亜鉛や銅含量の実態から考えると、根釧地域において両要素が牧草収量の規制要因になっていることはほとんどないと考えられます。

3.若い草の亜鉛・銅含量は高い

図1のように、牧草体亜鉛・銅含量は牧草の生育初期に高く、生育の進行に伴って急激に減少します。このため、乳牛による両要素の摂取量を向上させるためには早刈りや放牧などの利用が有効です。また、両要素の過剰な施肥は、生育初期における牧草体含量を乳牛に対して過剰とされる領域まで高める可能性があります。

4.草地に対する亜鉛と銅の施肥対応

図2および図3のように、牧草体亜鉛含量は火山性土の種類に関わらず10a・0~5㎝の土壌中における0.1N塩酸可溶性亜鉛含量によって推定できますが、銅では火山性土によって異なります。

以上の知見から、乳牛からの要求量と刈取時の生育ステ-ジ等を考慮して、草地に対する亜鉛と銅の施肥対応を設定し、表1および表2に示しました。また、マメ科草の亜鉛および銅含量はチモシ-よりも高いので、マメ科草を良好に維持することも飼料全体の亜鉛・銅含量を高めるためには有効です。

5.堆厩肥の施用に伴う亜鉛および銅の供給量

根釧地域の堆厩肥1tには、概ね亜鉛30g、銅7gが含まれることが、実態調査の結果からわかりました。堆厩肥4t/10aを3年間連用すると、土壌中や牧草体亜鉛含量の向上には効果が認められました。しかし、銅では堆厩肥に含まれる量が少ないため、効果は判然としませんでした。

6.おわりに

乳牛の飼料構成は乳量の水準や農家の経営方針によって違うので、粗飼料に期待される微量要素含量も個々の農家によって異なります。この試験によって、土壌分析値から牧草体亜鉛および銅含量の向上の可能性がわかるようになりました。土壌中の含量の低い草地に対する施肥は、牧草の利用時期や草種構成等の条件を考慮し、牧草体含量も確認した上で、必要最小限にとどめることが重要です。

9. チモシ-1番草の出補期予測システム

土壌肥料科

1.はじめに

牧草の飼料価値は刈取り時の生育ステ-ジに大きく影響されます。とりわけ、チモシ-では年間収量の6~7割を占める1番草で良質な粗飼料を確保するために、適切な時期に牧草を刈取る必要があります。牧草の出穂期を予測することは、広大な酪農地帯に広がる採草地の刈取り作業を円滑に行うための作業計画の立案や、生産現場での適期刈取りへの関心を高めるための情報として有効と考えられます。

本試験では、根室および釧路支庁管内をモデル地域とし、当地域の主要イネ科牧草であるチモシ-について、1番草の出穂期予測システムを作成しましたので、その概要をご紹介します。

2.出穂期予測の方法

本試験ではノンパラメトリクDVR法という方法でチモシ-の出穂期を予測しました。ここでは、チモシ-の生育ステ-ジを萌芽期に0、出穂期に1と連続的に変化する関数で表します。また、その値が1日の間に増えた量を発育速度(DevelopmentalRate,以下,DVR)と呼びます。したがって、萌芽期から出穂期までの毎日のDVRを全部足せば1になります。

表1は、1980~1991年の北海道立根釧農業試験場の定期作況圃場のデ-タを用いて作成されたDVR値の一覧表の一部です。ここでは、気温と可照時間を変数とすることにより良好なDVRが得られることが分かりましたので、その条件で表を作成しました。たとえば、本日の日平均気温が10℃、可照時間が14.5時間だとすると、日平均気温に関するDVRが0.006039、可照時間に関するDVRが0.00780381となり、両者の和0.01384281が本日のDVRになります。萌芽期から同様の計算を毎日行い、DVRを足していって1になった日が出穂期です。これによって、概ね誤差±2日程度での予測が期待できました。

3.出穂期予測の現地適合性

得られたDVRを使って、1993年と1994年の根釧地域の出穂期を予測し、実際の出穂期と比べてみました。比較に当たっては根室支庁および釧路支庁管内の全農業改良普及センタ-の皆さんに多大なご協力を頂きました。図1は1994年の予測結果ですが、根室半島の出穂期は白糠や鶴居よりも10日くらい遅いと予測されました。実際の出穂期でもこの傾向は同様で、いずれの年次でも根釧地域のチモシ-の出穂期には10日~14日間の違いが認められました。チモシ-の栄養価の推移を考えると、この違いは大きく、地区ごとに出穂期を予測することは意義のあることと考えられます。今回の調査では、草地の造成後の年数が古い草地や海岸からの距離の近い草地では、予測日よりも実際の出穂期のほうがやや早くなる傾向が得られましたので、便宣的に補正日数を表2のように設定しました。これにより、実際の出穂期との対応は図2のようになり、予測結果が実際の出穂期に一致した草地の割合は、誤差±3日以内では約50%、±5日以内では70~80%でした。

4.出穂期予測システムの運用と今後の課題

この技術の用途としては、予測計算の実施日までは当年の気象デ-タを用い、以後の気象がたとえば平年並みに推移すると仮定して随時予測計算を行い、定期作況報告等の役立てることが考えられます。定期作況報告などと組み合わせることにより、酪農家や普及・指導機関に対して有効な情報となるものと考えられます。

当システムによる出穂期予測の的中率は、前述のように、1番草全生育期間の気象デ-タを使っても±3日では50%、±5日で70~80%程度であり、さらに改善する余地があります。補正日数の決め方やその必要性についても、さらに多くのデ-タの蓄積が必要です。今後は当システムを運用し、情報提供を行いながら現地適合性のデ-タを蓄積することが望まれます。蓄積されたデ-タと試験場で得られたチモシ-の生育特性に関する新知見をあわせて、定期的なバ-ジョンアップを行えば、予測精度の効率的向上とその時の予測精度に応じた情報提供の両方が可能になるでしょう。また、本システムは根釧地域をモデル地域として作成されましたので、得られたDVR値の適用は、当面、根釧地域に限定されます。今後、各地の作況デ-タなどから、道内各地域や品種に対応したDVRを求める必要があります。このような取組みを継続・発展させることにより、最終的には草地を基盤とする酪農地域全体での良質粗飼料の安定確保に寄与するような、予測精度の高いシステムに成長することが期待されます。

10. 根釧地域におけるマルチによるサイレ-ジ用とうもろこしの安定栽培

作物科

本崩壊性フィルムによるマルチ掛けはフィルムを収穫後そのまま鋤込むことが可能なため、大面積でもマルチ栽培が可能となりました。マルチ栽培は作物の生育を促進させる効果が高いため、初期生育を促進させ登熟期間を長くとることが不可欠な根釧地域のとうもろこし栽培にとって、熟度の促進、乾物収量の増加に対し有効な手段となります。また、適切な品種と密度、播種時期によるマルチ栽培は、気象変動によるリスクが軽減され、高栄養価自給飼料としてのサイレ-ジ用とうもろこし生産の安定性が増大します。

1.マルチによる地温の変化ととうもろこしの生育

マルチによる地温上昇効果は日照時間が大きく影響しますが、日照が少ないあるいはない場合でも、地表面からの放熱を防ぐことなどから、無マルチより地温を高く保ちます。地温上昇効果はとうもろこしが成長し茎葉が畦間を塞ぐまで続きます(図1)。地温の上昇により、とうもろこしの出芽は早くなり初期生育が促進され、抽雄期、抽糸期も早まり登熟期間が長くなるため、雌穂の熟度が向上します。また、乾物収量も増加します(表2)。

2.施肥量について

現在行われているとうもろこしのマルチ栽培は肥料を散播し撹拌する施肥法が主流ですが、堆厩肥を4t/10a程度施用すれば現行の施肥標準量で十分です(表3)。

3.熟期別播種時期と裁植密度

「早生-早」品種のマルチ栽培は冷害年(平成5年)でも、5月中旬播種密度7千本/10a(慣行栽培基準)で総体の乾物率25%、黄熟初期(根釧地域におけるサイレ-ジ用とうもろこしの収穫期の目標値である)のとうもろこしを収穫出来ました(表1)。慣行法による無マルチ栽培はそれぞれ22%、糊熟中期でしたので、現行の栽培基準にマルチを行うことにより熱度が大幅に向上したことになります。密度を9千本に増加させると、マルチ栽培でも乾物収量の増加割合は大きくなりましたが、乾物率、熱度とも目標値に若干届きませんでした。平年作と言われた平成4年は「早上-早」品種と「早上-中」品種の5月中旬播種および下旬播種密度7千本が目標値を越えました(表1,4)。なお、豊作年と言われた平成6年は根釧に適応する最も遅い「早上-晩」品種でも、慣行法の無マルチ栽培で乾物率は30%を越え、熟度は黄熱中期となりました(表4)。

マルチ栽培によるとうもろこし品種の作付けは、冷害年を想定すべきかもしれませんが、冷害年の頻度等を考慮すると、平年の気象条件および安全性を加味し、以下の様にすることが妥当と思われます。 ア 「早上-早」品種:密度9千本/10a、播種時期は5月下旬までとする。            イ 「早上-中」品種:5月中旬播種なら密度9千本/10a、下旬播種なら7千本/10aとする。

ウ 「早上-晩」品種:播種は気象条件の良好な地域のみとし、5月中旬播種で密度7千本/10aとする。

収穫後はなるべく早い時期に反転後期し、残されたフィルムが風により飛散しないようにする配慮も必要でしょう。

11. 高生産性・高収益酪農法人経営の形成手順と運営方式

経営科

はじめに

貿易自由化に対抗し得る足腰の強い経営の確立や、労働過重の解消と休日確保等、酪農は大きな課題に直面しています。これらに対応する1つの方策として家族経営の枠を超えた共同型の法人経営に対する関心が高まりつつあり、数こそ多くはないものの新設が眼につくようになっています。そこで、酪農における共同型の法人経営では、どれほどの生産性、収益性および構成員の所得水準を実現可能なのか、またどのようにして個人経営から共同経営に移行し、設立された経営を安定的に存続・発展させるにはどんな管理・運営が望ましいかを検討しました。

ここでは、根釧、十勝および網走にある共同型法人経営を取り上げました(表1)。そのうちA法人経営は、規模・装備等からみて高い高生産性・収益性を実現する可能性があり、また設立されて間もないので法人化・共同化の動機や経過を考えるうえでも参考になると考えて選定しました。しかし、新しいだけに設立後の運営問題やその解決策を検討するには無理があるためBとC法人経営を選定しました。特にC法人経営は構成員の確保について考えるうえで参考になる事例でもあります。

1.酪農法人経営の生産性および収益性

A法人経営の生産性・収益性を見ると、経産牛1頭あたりの勤務時間は70時間強、従事者1人当たりの牛乳生産量は335t、男性の年間勤務時間は3,900時間弱(女性:2,600時間)、男性の年間休日取得日数は22日(同:33日)、1人当たり純生産は937万円となります。予想よりも労働時間が長く休日取得日数が少ないのですが、これは設立後日が浅いことや疾病多発の影響等のよるものです。近い将来年間勤務時間3,000時間、休日取得日数50日程度は可能と推測されますので、フリ-スト-ル方式を採用している個人家族経営のトップクラスの生産性は実現しうると推測されます。

現在のところ、営業利益率、付加価値率、総資本利益率等収益性はほぼ標準的なレベルになっていますが、自己資本比率、当座比率等安定性は必ずしも良好とは言えない状況にあります。また給料・報酬の実績は、1人当たり650万円、1戸当たり1,200万円強となっています。これは分配原資を若干超えていますが、構成農家の生活と既存負債の償還とを保証しなければならないという事情があります(表2)。自給飼料増産により購入飼料費の削減を計画中ですが、さらに物財費を中心とする費用の低減により収益性を向上し、資本蓄積を進めて安定性を高めることが必要と考えられます。

2.酪農法人経営の形成手順

A法人経営の設立過程やB、C法人経営の組織運営からみて、設立過程で特に重要な検討事項として4点をあげることができます。

第1は構成農家の生活と法人経営の収支・財務とが両立するか否かの検討で、参加農家の負債額に十分留意する必要があります。理想的には、参加農家全員が、負債を含めた経済状態を公開するくらいの姿勢が望まれます。第2は出資の原則、運営の基本方針を明確にすることです。既存農家が丸ごと法人に参加する場合、当初は構成農家を対等・平等に扱う組織運営をとることになると思われますが、世代交代等をも考慮すると、同様の運営を目指すなら農事組合法人を、経済組織としての機動性効率性をより重視するなら有限会社がより適合的と考えられます。第3に当面(3~5年)の到達目標を設定することが必要です。一般に法人化前の個人経営には格差がありますが、上層農家は法人化によって所得等の面で不利益を受ける可能性があり、そうした状態を長く続けることはできないと考えられるからです。第4に牛舎施設の規模・構造と資金運用の見通しを慎重に検討することが必要です。

なお、設立の過程では、できるだけ参加者全員が意見を出せる雰囲気が大切です。そういう雰囲気を作り、言い難い意見をあえて言うなど、農協・普及センタ-の役割は大きいものがあります。

3.酪農法人経営の運営方式

共同経営設立後、施設投資を伴う次の規模拡大までには、やや長い時間が必要と考えられます。経営自体が大きいため、次の規模拡大は数10頭以上の単位となるため、資本蓄積等内部の準備とともに、出荷乳量枠の確保や価格動向等に関する見通しが重要なため、意思決定には時間を要するからです。この間は生産量はあまり大きく増加できませんから、経営効率を高めて収益を確保することが重要です。

既存の酪農経営の共同化により法人経営が設立される場合、構成員は所有者=管理者=労働者という性格を持ち、平等に扱われます。ただ役員(特に代表)は他の構成員とほとんど同じくらい労働し、そのうえに役員としての責任を負う訳ですが、報酬は必ずしもこれに見合ったものになっていないように思われます。また社会保険上は役員(同)は雇用主とみなされ、退職給与引当や雇用保険の対象から除外され、身分の安定性に格差が生じています。世代交代等長期的にみると、役員(同)報酬を高める方向で見直したり、小規模企業共済制度等への加入により、役員(同)の身分を安定化することが必要と考えられます。

今後は外部からの参入者(必ずしも個別経営としての独立を望まない人)をも積極的に受け入れることが望まれます。出資金額を低くする一方で内部積立を充実し、組織運営の原則を明確にして参入者が選択し易いようにする等、運営上の工夫が必要になるでしょう。

12. 新規参入酪農経営の成立条件と地域支援のあり方

経営科

はじめに

近年、農外から農業への就業を希望する人々が増加し、実際に自ら経営主として新規に農業へ参入するケ-スが増える傾向にあります。また、根釧や宗谷の草地型酪農地帯においても、このような農外からの新しい農業担い手が増加しています。しかし、これらの新しい農業経営が地域に根づき、経営としても成果を残すためには様々な課題を抱えています。

これらの新規参入者は地域や今後の新たな担い手として期待されているので、彼らの経営を成立させる条件とともに、それを支える地域支援のあり方が必要とされています。

1.新規参入の現状

最近までの酪農への参入は新酪農村事業のような分譲タイプのものでしたが、近年は離農農家の跡地に参入するタイプに変化してきています。特に、草地型酪農地帯といわれる根釧や宗谷では昭和57年以降、離農跡地への参入が増加しています。

今回調査を行った道東のA町農協では平成5年度までに8戸の新規参入経営を受入れ、また新たな担い手を自ら育成するために酪農研修牧場を平成2年に設置しました。A町農協の新規参入者はすべて北海道農業開発公社が行う農場リ-ス事業を利用しています。新規参入者の経営規模は成牛頭数で40頭、草地面積で40ha前後と、A町の中では平均的な規模です。もちろん当初は参入時の成牛頭数が少ないこともありますが、現在はこの程度の規模となっています。経営の成果は営農スタイルの違いからか格差があり一様ではありません。

参入の条件として、実習経験や携行資金があること、夫婦であるか複数の労働者が確保できることなどがあるため、都市からの 転職者が増加することが予想されます。これは逆に、独身の実習生にとっては大きなハ-ドルでもあります。

このような夫婦での新規参入者は多くが30歳前後での参入のため、家事・育児や慣れない作業、営農規模などから初期においては過重労働に陥る危険性があります。加えて必要とされる携行資金を準備できず、親類から用立ててもらうこともあり、平均的なサラリ-マンや農業実習生が十分な資金を確保するには難しい状況です。

また、当然ではありますが飼養管理技術が未熟であると、参入者自身や周囲の関係者が評価しており、今後の対応が必要です。

2.新規参入経営が解決すべき課題

まず、ひとつには技術の習得をどうするかであり、このことは将来にわたり安定的(技術的な失敗のない)経営を展開するために重要な課題です。新規参入経営は当初から多額の借入金を抱えるため、単年度収支の失敗(農家経済の赤字)は長期計画の上で大きな影響を及ぼします。その対応としては2通りの方法が考えられ、徹底的に経営と技術を学ばせ一定水準に達した人を参入させ、高いレベルの経営を行わせる、またはある程度の研修の後に失敗する危険性の少ない範囲の技術での営農を営ませるということがあげられます。しかし、それぞれ問題があり、独自に教育する場が地域にはないことや教育機関への期待もできないこと、より安全な経営を行わせる場合にも収益と家計、資金返済のバランスが将来にわたり取れるかどうかがあげられます。

従来の実習ではどうしても、作業の組み立てや飼養管理など技術が中心であり、多額の資金を借入れている新規参入経営に必要な経済面での教育が遅れているという問題があります。ともすれば、飼養管理を中心とした対応により経営を好転させようとしますが、経営全体としての視野の欠如から失敗することは既存農家においてもうかがわれています。

そのため参入時にどのような技術選択を行うかが問題であるとともに、どのような経営や飼養管理の技術指導を行い参入させ、参入後においてもそれをフォロ-する地域の体制が必要です。

ふたつには資金調達問題があります。これは営農開始にあたりすべてのことに影響します。それと参入する離農跡地の評価額などとが絡み合い問題が複雑になります。新規参入は開墾による入植ではなく、農場取得によるものであるため、離農跡地の農場取得ではどこを選ぶかにより営農規模は決まります。農場取得のための市場が形成されているわけではないので、参入希望者にとっては選択の幅が狭い状況にあります。

そのため、参入のために必要な資金調達は自己資金に基づく限界額ではなく、農場評価額により決定されます。また、農地価格と営農に必要な乳牛の導入価格は変動するので評価は一定ではありません。 これらの評価が適正な価格であれば、希望者はそのための資金調達を行うことになり、現状では制度資金に依存するのが一般的です。

A町農協の事例では資金の借入額は5,000万円程度です。使用する機械・施設が中古であるために早期に更新したり修繕するため、更に資金借入を行うなど借入金の増大が経営を圧迫することが懸念されています。

3.今後の方向

これから新規参入希望者が増加することが予想されます。特に、地域で受入体制を整備するに従い転職者を中心とした農外からの希望者が増加すると考えています。

そうしたことから、新規参入に関する情報を整備し希望者に提供する体制を強化する必要があります。なかでも地域での離農に関する情報が希望者受入にあたって重要です。これはスム-ズな経営継承を念頭においたもので、高齢農家を中心にして事前に離農の予告があれば新たな担い手の研修を余裕をもって行えるためです。

次に、それらの情報をもとに集まった参入希望者に対する経営や飼養管理技術を学ばせる機械が必要となります。それには地域が受入体制を整備することが求められ、営農技術を教育する場を作ることが必要となってきます。

最後に、参入時の自己資金の蓄積への配慮や、より長期的な経営計画を行い、将来的な問題を具体的に指摘することが重要です。これまでの新規参入は家族経営が主流であるため、資金返済計画はもとより家計費や教育費などにも配慮する必要があります。経営規模が小さい場合や借入資金が大きいときにはより高度な経営管理が必要となるので、事前の研修および参入後の指導を行うことが重要です。

4.これからの課題

現在、新規参入者に対する就農初期段階での財政的な支援が行われています。これは不安定な就農時の支援としては有効ですが、この財政支援をより効果的なものとするためには参入時の技術的な不安定性を少なくすることや、経営管理の感覚をもつなどの事前の研修が重要となります。

また、高齢者を中心に離農をより自然に誘発することが課題となっています。