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酪農試験場

時の話題:6号の2

根釧農試 研究通信  第6号

1996年3月発行)

**時の話題**

2.中国新疆ウイグル自治区の遊牧の調査(海外研修)

作物科

「地球白書」(レスター・R・ブラウン編著、ダイヤモンド社)を皆さんはお読みになられたことがあるでしょうか?。今、地球を取り巻く環境は人間生活の進歩とは逆行して、悪化の一途をたどり、砂漠化、海洋汚染などが年々深刻になっています。

その中で、人工12億人、面積9,597千㎞2という広大な中華人民共和国が地球環境に与える影響は非常に大きいものがあります。特に、近年の改革・解放政策により、経済活動が盛んとなり、その影響はこれまで遊牧による営みを行ってきた少数民族へも家畜飼養頭数の増大などを引き起こし、過放牧による砂漠化の問題が深刻になっています。

今回(平成7年7月20日~8月1日)訪問した新疆ウイグル自治区は中国最西部に位置し、漢民族の他にウイグル族、カザフ族など主に13の少数民族が混在しています。多くが砂漠・乾燥地であり、所々に点在するオアシスに都市が形成されています。砂漠周辺のステップでは遊牧民たちが、めん羊を中心に牛、馬、驢馬、駱駝が季節ごと草地を転々と放牧し、また、やや水のある土地では小麦、大豆、綿花、ヒマワリ、てん菜などの畑作物が灌漑によって栽培されています。

さて、今回の調査目的は、気象条件の厳しい乾燥地における家畜生産システム、特に過放牧の実態をとらえ、遊牧形態と草地資源の永続的利用との関係を追求することでした。日本では優良牧草を播種して土地生産性を高める草地生産が行われていますが、中国では自然草地を利用することが圧倒的に多く、新疆ウイグル自治区の場合、全草地面積5,733万ha(日本国土面積の1.5倍)のうち、人間の手が施されている草地(人工草地、改良草地、囲い込み草地)は180万haにすぎません。遊牧民は圧倒的大部分を占める自然草地を季節毎に春草地→夏草地→秋草地→冬草地のように草および水資源を求めて移動しています。草地の周辺の年間降水量は150㎜程度と少ないため、水分が草地を構成する植物は生存の可否を握る重要な要因となります。降雨の祭に水が滞留しやすい谷の溝部分、および、太陽の直射日光が受けにくく蒸散量が比較的抑えられやすい北斜面は地上現存量も多く、構成植物種も多くなります。また乾燥しやすい土地で生存している植物の根は深根性の物が多く、深い根を伸ばすことが水分に対する適応戦略となることが伺えました。しかし、現在、私達が根釧農試で取り組んでいるアルファルファも深根性作物ですから、今回の調査では比較水分条件のよい天然草地か人工草地でしか出現しませんでした。このことは、ただ単に深根性の根であれば良いということだけではないことを示唆していました。また、地下茎を有している植物種は多くの草地で出現していましいた。種子繁殖以外の栄養繁殖の方法をも獲得していることは、乾燥条件における発芽の困難性を勘案すると、世代交替等に有利であり、適応能力に優れていると思われました。

その他、様々な植物種が出現し、日本の植物図鑑で検索できないようなものばかりでしたが、日本のように湿潤な土地と比較した場合に出現する構成種が異なることは当たり前といえば当たり前かもしれません。北海道では過湿によって優良牧草の植生退化に悩む農家の方もいる一方で、中国では乾燥によって植生退化に悩む遊牧民もいるのです。農業・畜産という自然を相手にした産業の中で、何処にその取り巻く自然条件を維持しつつ、最大限のエネルギーを利用するかが今後の限界地帯での農業生産の課題であることをつくづく実感させられましいた。新疆ウイグル自治区では過剰なOUTPUT、日本では過剰なINPUTによる農業・畜産生産が行われている昨今、この地球環境の歪みを身を持って体験させて頂いた2週間でした。

最後に、今回の調査は「公益信託河本記念北海道新疆ウイグル自治区開発技術交流基金」助成を活用した帯広畜産大学との共同調査団で行ったものです。ここに記して関係各位に御礼を申し上げます。