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酪農試験場

時の話題:7号の2

根釧農試 研究通信  第7号

1997年3月発行)

**時の話題**

2.ニュージーランドの酪農家の一日(海外研修)

酪農第一科

1.酪農家の日常作業

マッセイ大学での研究生活の合間に酪農を訪問してその日常作業を見る機会がありました。直接酪農家から話しを聞けたのは6戸で、うち1戸については農家に泊めてもらい、朝の搾乳から1日の作業を体験で

きました。これらの農家がニュージーランドの酪農を代表しているとはいえませんが、その日常をかいま見ることが出来たかと思います。

ニュージーランドの平均飼養頭数は199頭(1995/96年シーズン)であり、この程度までは家族労働(1.5人)で経営しているのが普通の姿です。私が泊めてもらった酪農家は、搾乳牛500頭を搾っており、そのうち200頭はコントラクトミルカーに任せていました。残り300頭は2人のワーカーに初産牛群80頭と残りの経産牛群とに分け、それぞれ担当を分けて管理させていました。つまり、農場を200頭と300頭の2つに分けて管理しているわけで、ミルキングパーラーを2つ持っています。牧場主は主に農場経営にあたり、牛の管理と搾乳は完全に任せきりです。雇われているワーカーたちは皆20代の若者でしたがそうした管理を任すことができるほど優秀であり、ニュージーランドの農業者の高い資質を見せられた思いでした。後継牛の育成、自給飼料の生産は牧場主と3人の雇用者が共同であたっていました。ただし、サイレージの収穫作業はコントラクターに依頼するので、日本で一番草の時期に見られるような牛の管理に手が回らないといったようなことはないようです。この農場ではトウモロコシサイレージを作付けしていましたが、その畑にも電牧が回してあり、放牧地の更新の前に作付けしたそうです。基本的にすべての草地が放牧地であるニュージーランドでは、牧柵を巡らせていない畑はなく、草が余ってきたら一部の放牧地の利用を一時的に中止し、採草利用のために閉鎖するという使い方をしています。トウモロコシやターニップ(飼料用カブ)などの飼料作物の作付けは、放牧地の草地更新とからめて行い、こうした飼料作物の収穫後に牧草種子の播種が行われます。

この牧場の300頭の牛群の方の作業を一緒に体験しましたが、およそ次のようなものでした。朝6時、サマータイムを採用しているので夏といってもまだ薄暗く夜は明けきっていない中で一日が始まりました。一人のワーカーが経産牛群の方を集めに行っている間に搾乳準備をし、牛が集まって搾乳が始まったのは6時半になっていました。ロータリーパーラーでカップをつける人、外す人の分担作業でしたが、この農場では鼓腸症の予防のために予防薬を口からインジェクションしていました。カップを適当頭数付けるとプラットホームの内側に入って投薬作業をし、カップを外す方の作業にクロスして交替することを繰り返していました。経産牛の搾乳が終わり、初産牛を終了して朝食に上がったのが8時過ぎでした。コーンフレークにヨーグルトと果物をのせたものを食べ、その後にトーストを食べるのが毎日決まった朝食でした。朝食の休憩後、草地の点検に回ります。アザミなどの雑草を担いできたつるはしで抜きながら全ての草地を点検に歩きます。午後は育成牛群を見回った後、私がお客さんで来ていたので周辺を案内してくれました。一番忙しいのは、分娩が一斉に始まる春先であるということです。それでも分娩用の放牧地で生ませるので分娩介助などは行わないと言います。野犬や害獣がいないのも酪農を主産業としているこの国の環境整備の賜でしょう。

夕方の搾乳は5時から始まり7時には夕食のテーブルについていました。2日目は朝、夕とも搾乳をやらせてもらいましたが、ロータリーパーラーでは300頭の搾乳も苦になる作業ではありませんでした。

どこの農家も唯一の施設であるといってもよいパーラーでさえ、屋根がかかっている程度か良くても三方を囲ってあるだけです。結構寒い春先には、人間は冬用のジャンバーを着て搾乳をしていました。240頭前後を搾っている別の農家では22頭複列のヘリンボーンを使用していましたがミルカーは中央の作業通路に上から左右共用の1機のカップが下がっている方式でニュージーランドではよく見られる型式でした。

こちらの酪農家の住宅まわりはきれいで、どの家も芝生と白く塗られた板の柵で囲まれていました。

2.NZを見て北海道酪農を考える

ニュージーランドでは、放牧草は最高の栄養価をもっている粗飼料であるという考えを前提に、1本たりとも無駄にすることなく牛に食べさせるための技術開発を蓄積して来ました。放牧地の草を伸びすぎにさせない、伸びすぎてしまったらこれをいかにして牛に食べさせるか、全て捨てるところなく草を利用するということをコンセプトにしています。日本人の目を通して見ていると、牛よりも草地のほうを大事にしていて極端な言い方をすると乳牛は草をミルクに変える単なる機械であるかのような感覚です。ですから、ha当たりのミルクの生産量で農家はランキングされ、技術を競っています。

草があるときにミルクを搾るというシステムですので国をあげて季節繁殖です。草が足りなくなったら牛を売却して頭数を減らし、乾乳に上げる時期を早めて採食量を下げて調節します。自分の経営の生産能力=草地の生産量を知り、その生産性を高める努力はしても、その能力以上の生産量(頭数)を上げようとする人はおりません。というよりも乳価よりも濃厚飼料が高いこの国では、購入飼料の多給により乳量の増加をはかるのは経済的い成り立たないからです。

もう一つの学ぶべき点は、農家がしっかりとした「農場経営者」であるということです。日本でままあるような日常の作業に追われる単なる「農業労働者」になってしまうことなく、自分の農場の数字をおさえて、しっかりと農場経営をしています。その一つの例ですが、乳価の動向に応じて肥料の売れ行きが左右されるのだと聞かされました。肥料を撒いてもすぐにミルクの増産につながるわけではないので、乳価の国際価格の動向を読み、近い将来を見通すことを一般の酪農家が一人一人行っており、統計に表れるような肥料の使用量の変化になって表れるのだと言います。このような象徴的な項目でなくとも、日本では「長年の経験」として表現するようなことも、きちんと数字をおさえて説明してくれます。コンサルタントの手を借りることもありますが、それも農場経営者としてうまく利用し、計画→実行→点検を行っています。こうしたことができない農場主は銀行から資金を借りることはできません。日本のような補助金が廃止されているニュージーランドでは、10%にもなる高い利率の資金を銀行から借り入れて農場経営に投資しています。1995年の農業センサスの結果概要によりますと、日本農業全体が耕地面積の減少、高齢化の進展、担い手の減少というように全ての面で後退局面にある中で、酪農は相対的に活力が保たれている部門であり、これからの日本農業の牽引者としての役割が期待されていると言います。そうした役割を担うならばこそ、飼料の大半を輸入穀類に依存するのではない酪農が経営できる技術的準備を進めて行かなくてはならないでしょう。

草から牛乳を搾ることにかけてきたニュージーランド酪農の技術的蓄積と人材は、これからますます貴重な財産となっていくでのではないでしょうか。私たちの北海道酪農も、次のための生産基盤づくりを進めて行かなくてはならないでしょう。雨の多い道東の初夏。乾草をつくるには大変不利な気候ですが、夏枯れがなく放牧をするのにはニュージーランドよりも恵まれた環境にあります。こうした環境を活かした「北海道型酪農を、単なる言葉だけではなく現実の姿にして行きたいものです。