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酪農試験場

時の話題:8号の2

根釧農試 研究通信  第8号

1998年3月発行)

**時の話題**

2.英国の家畜ふん尿研究(海外視察)

土壌肥料科

EC諸国の酪農というとデンマークやオランダのイメージが強いですが、英国も立派な酪農の国で、1,788万haの耕地に1,200万頭の牛を飼養していることからみても、英国における酪農の重要性をうかがうことができます。英国におけるふん尿処理の主体はスラリーです。その主な理由は、①必要とする労力が少ないこと、②必要な施設が比較的簡便であることにあり、さらに、同国の気象条件が温暖で降水量が少ないこともスラリー処理を推進する条件となっていると考えられます。今回訪問したのはロンドンから南西方面へのイングランド西部で、降水量は数百ミリから千ミリ近くの、比較的湿潤な地域ですが、どの地域もスラリーストアとdirty water(雑排水)のための貯水槽を備えたキュービクル(フリーストール)牛舎が標準的でした。さらに、環境汚染源となるふん尿や汚水が無用に増量するのを防ぐため、ふん尿を他の水から隔離することを目的とした工夫が随所に見られ、例えば、雨水がふん尿貯留槽に混入することを避けるため、牛舎屋根には雨どいが設置され、スタックサイロからのれき汁もきちんと貯留槽に分離されていました。これらのふん尿は全てが直接装置に還元される仕組みになっていました。草地還元に当たっては、我が国に比べて厳しい各種制約に対応したガイドラインとともに、有機物施用方法を詳細に示した施肥基準が定められており、これらに従って積極的にふん尿を草地に還元しています。全体の仕組みの完成度は北海道と比較して高いといえます。

北海道では農家に対する水や空気の汚染防止を直接の目的とした指導基準は現在の所ありませんが、道立の牛による家畜ふん尿利用技術開発事業試験(ふんプロ)において、ふん尿処理手法のガイドラインを策定しようと準備を進めているところです。ただし、北海道における水や空気の汚染状況はヨーロッパに比べるとそれほど深刻ではありません。しかし、酪農におけるふん尿処理ではスラリーの曝気や堆肥の発酵などの二次処理に重大な関心が寄せられながらも、一時貯留の不備からふん尿が河川や地下水を汚す場面が数多く見られるのが実態です。

これに対し、EC諸国では水も空気も汚染が進み、特に水は引用水の多くを地下水に依存していることもあり、農業による汚染を低減する動きも北海道より遥か以前から活発でした。特に英国におけるふん尿処理関係の技術蓄積は予想を超えるものでした。英国においては貯留したスラリーの好気発酵やメタン発酵などの二次的な処理はほとんど関心を持たれていません。その理由は主にコストと大気汚染にあります。つまりこれらの二次処理により電気や施設建設費用は膨大なものになるため、初期投資・維持経費ともに実用的でないという判断です。また、二次処理過程で発生するアンモニアやメタンは大気汚染物質であると同時に、重要な養分損失源でもあります。これらのことから彼らは二次処理に関する時間と経費をかけるのではなく、いかに環境に負荷を与えないで、つまり、水を汚さず、アンモニアを揮散させずに草地にふん尿を還元するかに技術開発の的を絞ってきたといえます。その結果が有名なコードや施肥標準です。

これらの技術開発過程には膨大な基礎試験データが関与していることを、今回訪問した研究機関で繰り返し確認してきました。

英国における水質や大気汚染の状況は北海道よりはるかに深刻ではありますが、EC諸国に中には面積当たりの家畜飼養頭数が比較的少ないこともあり、今後の営農対策で何とかなりそうなレベルにあります。そして水、空気、土を守るための技術開発レベルは北海道に比較すると、おおよそ10年ほどの研究期間に相当する蓄積があると思われます。北海道にとっても英国の技術開発のステップはとても良い手本かもしれません。

今後、北海道でも英国に負けないふん尿処理マニュアルを作り上げたいと意気込んでいるところです。