水産研究本部

試験研究は今 No.109「ヒメマスの棲む湖のしくみを探る」(1992年6月26日)

ヒメマスの棲む湖のしくみを探る

  北海道にはたくさんの湖があり多くの人々の憩の場となっています。1985年、環境庁が全国の1ヘクタール以上の湖483について調査を行ないました。北海道では全湖沼の30パーセント近い131の湖が調査の対象となりました。北海道は1つの道県で最も多くの湖を持っています。この131の湖にはサロマ湖のような汽水湖もふくまれますが、この面積を合計すると北海道の面積の約1%に近い700キロ平米にもなります。

  ところで、北海道の初夏の風物といえば支笏湖めチップ釣を思い浮べる人も多いと思います。残念ながら、十年来の不漁でこの風物誌も忘れ去られそうな気配です。しかし、「なぜ魚が釣れなくなったのか、どうしたら魚が増えるようになるのか」という疑問の声は何度となく耳にしています。

  洞爺湖では酸性水が原因で湖水が酸性化し、ヒメマスの漁獲も大きく落込みました。その後、排水の中和処理が行なわれ、湖水も中性に戻ったもののヒメマスの漁獲は回復していません。
    • 図1
  北海道の代表的な湖で明治の終りころから延々と続けられてきたヒメマス漁業も、この十年来低迷したままにあります。図1は洞爺湖漁業組合の取扱尾数と道さげ・ます孵化場が採卵のために支笏湖で捕獲した尾数を比較したものです。

  公害が社会問題となって以来、湖や河川は「汚染」という文字をとおしてみられがちです。たしかに、排水が湖を浄化場所のようにして投込まれていましたが、支笏湖に下水道が完備されてから十年以上になりますし、温泉街のある湖では下水処理がされるようになりました。外部からの影響が少なくなったこのような時期にこそ、湖を科学的にかつ多角的な目でとらえ、生き物の仕組から考えられる資源管理の技術を見つけることが必要です。このような要求から、支笏湖と洞爺湖を舞台にし、目に見えない小さな生き物から魚までの生物生産と湖の環境との関係について研究を始めました。

  北海道のきれいな湖(貧栄養湖)では、従来基礎生産力(一次生産)の測定は困難でしたが、新しい測定機器や測定技術の進歩で可能になってきました。研究を始めたばかりですが、興味深いことがわかってきましたので、その例をいくつかご紹介し、湖に対する理解を深めていただけたらと思います。紙面の都合で詳しい図や表は入れられませんが、ご了承ください。

  植物プランクトンは光と炭酸ガスを使って光合成をして生きています。その光合成をする色素をクロロフィルと呼び、クロロフィル量は植物ブランクトンの量の指標となります。支笏湖と洞爺湖の過去数年間の調査結果を、季節ごとの平均値で表すと(0.3-0.5マイクログラム/リットル)、秋になると春や夏の値の2倍くらいに高くなる傾向がありますが、二つの湖の差はほとんどみられません。このように植物プランクトンをクロロフィル量としてみると大きな逢いはでてきません。ところが、光合成の強さを特殊な薬品を使って測ってみると、差がでました。5月から12月までの結果をまとめて比較しますと、洞爺湖の植物プランクトンの方が支笏湖の植物プランクトンよりも2倍から数倍も高い光合成能力を持っていることが分りました。これは洞爺湖の植物プランクトンの方が元気なことを表しています。同じクロロフィル量であっても、活性に違いがあるのです。このような違いが起こる原因究明もこれからの研究テーマの一つです。活性が高ければ植物プランクトンの増殖が早く、動物プランクトンの餌も途切れないため、漁獲尾数にも差が生じてくると考えることもできます。

  クロロフィルはいろいろな大きさの植物プランクトンの集りの値です。これらを大きさごとに分けて計ってみました。支笏湖や洞爺湖でみられるミジンコの大部分は体長が0.6ミリメートルくらいですが、大型のものは1ミリメートルぐらいになります。1ミリメートルのミジンコを170センチメートルの人間の大きさに伸して比較してみます。0.6-2ミクロンといえば0.1-0.34センチメートル、10ミクロンでは1.7センチメートルとなります。0.6から10ミクロンまでの植物プランクトンは、米粒からウインナーソーセージの太さぐらいの大きさです。この大きさのブランクトンがもつクロロフィル量が全体の80-90パーセントもあるのです。なんと都合が 良く出来ているかと驚かされます。

  プランクトンネットで採集される植物プランクトンは、35-75ミクロン以上のもの をみていました。支笏湖や洞爺湖では、もっと小さく、プランクトンネットには入らないような植物ブランクトン(微小ブランクトン)が、元気でしかも沢山いることが湖の生産力を高め、ひいてはヒメマスの増加につながると予測されます。

  今後、微小プランクトンと動物プランクトンの関係や、微小プランクトンが繁殖するための原因などの解明に取組んでゆく予定です。

  支笏湖や洞爺湖のような貧栄養湖を正しく評価できる研究を重ねてゆくことが北海道の湖全体を考えるうえでも大事なことと考えられます。
(水産孵化場 今田和史)