水産研究本部

試験研究は今 No.130「ホタテガイ漁場における冬期間を通しての水温変動」(1992年12月18日)

ホタテガイ漁場における冬季間を通しての水温変動

  回遊性の魚類と違って移動の少ない底生性のホタテガイは、それぞれが住んでいる環境変動の影響を直接受けやすい生物の一例でしょう。ホタテガイは一般に春季と秋季に成長し、夏季と冬季には成長が停滞します。ホタテガイにとって周囲の水温変動は代謝活動に大きな影響を与える要素の一つで、夏季の高水温期と冬季の低水温期には代謝機能の低下により成長が停滞し、貝殻に成長輸が形成されます。

  冬季におけるホタテガイは体の中では栄養を貯(たくわ)え春季の産卵にそなえて成熟していきますが、貝殻の成長はほとんどなくなります。これには餌となるプランクトンなどが少ないこともあるでしょうが、もともと冷水性の生物といえども冬季の低水温は大きな要因になるであろうと考えられます。また、日本海に比べると水温の低いオホーツク海沿岸域でも、夏季は宗谷暖流の影響を受けてかなり高水温となり、それがホタテガイの成長にも影響します。特にサロマ湖などでは外海より高水温になるため、明りょうな成長輪が形成されます。

  ところで、高(低)水温の影響といっても、一時的に起こる急激な変化によるのか、あるいは長期にわたる高(低)水温の持続が作用するのかまだわからないところもありますが、水温変化が連続的に、地域的にどれくらい変動するのかを知っておく必要はあります。夏季では観測のし易さもあって、連続観測資料が得られています。それによると比較的安定しているとみられていた底層でも夏季は、短期的あるいは周期的に大きな変動がみられることもわかってきました。

  冬季の場合はどうでしょうか。特に流氷が到来するオホーツク海では、観測自体に物理的困難さもありました。ホタテガイは、水温が0℃ぐらいになると代謝機能は著しく低下しますが、氷点下になっても死亡することはないようです。しかし、その水温の流氷期における長期の連続観測例は過去に紋別沖の中層でありますが、ホタテガイが生息する付近での観測報告はありませんでした。

  今回、水産技術普及指導所等の協力により日本海~オホーツク海の3地点(小平、頓別、網走)において、冬季間をはさむ1991年10月~1992年4月にかけての測定データを得ることができました。図に日平均値の推移を示しました。各地点の特徴を示すと次のとおりです。
    • 図 日平均水温変動の推移
  1. 小平では大きな変化はなく比較的直線的に降温し、1月に入って5℃前後まで低下していました。しかし、最低でも3℃台までしか低下していません。しかも、2月は一時的に昇温の兆しがみられます。
  2. 頓別では12月下旬に大きな降温がみられ4℃以下まで降温しています。3月下旬からは昇温の兆しがみられます。その間、変動を繰り返していますが、最低では1℃位まで低下したもののマイナス水温までには低下していません。
  3. 網走では11月下旬に降温が大きくなっています。1月に入って氷点下となり、2月からはほとんど結氷温度に近い水温でほぼ安定し、3月半ばまで続いていることが特徴的です。しかし、4月に入ると、急速に昇温しています。
  これら3地点間の水温変動を比較しますと、全般的に小平では高く、網走では低く、頓別ではその中間で変動していることがわかります。

  また、頓別と網走では5℃以下に急降下する時期に、ちょうど1か月くらいのずれがあります。これには、宗谷暖流の消長もあらわれていると考えられます。

  オホーツク海沿岸域では、冬季に表層の水塊が交替しますが、宗谷暖流は潜流として存在することが指摘されています。頓別と網走での推移を見ると、頓別ではそれがあらわれていると思われます。しかし、網走湾では水深が浅いこともあって、その影響にあらわれていないと考えられます。

  サロマ湖では12月中旬~2月下旬の成長休止期に成長輪(冬輪)が形成されることが指摘されています。網走において11月ころに水温が急降下する例は、冬輪の形成に関連する前兆の現象とも考えられる結果でした。また、網走では4月に入ると急速な水温の上昇がみられるのが特徴でした。この時期は宗谷暖流の勢力が回復し始め、ホタテガイが産卵準備に入る時期でもあります。従って、この時期の年々の水温変動を把握しておくことの重要さも理解されるでしょう。

  このように、海域特性が違う地点での水温変動を比較しておくことは、ホタテガイをはじめ沿岸域に生息している有用貝類の増養殖上、非常に有意義なことと考えます。(網走水試増殖部 大槻知寛)