水産研究本部

試験研究は今 No.147「サケ稚魚の海水馴致放流は回帰率を向上させる」(1993年6月11日)

サケ稚魚の海水馴致放流は回帰率を向上させる

  皆さんご存知のように、サケの仲間は淡水と海水の両方を生活の場としています。多くの魚が淡水あるいは海水でしか生きられないことから、なぜサケの仲間は淡水と海水の両方で生きられるのかについて、多くの研究者により調べられてぎました。大平洋のサケの仲間(サケ属)はカットスロートトラウト、ニジマス、サクラマス、ギンザケ、マスノスケ、ベニザケ、サケおよびカラフトマスの8種類いますが、カットスロートトラウトからべニザケまでは、一部例外を除き一年以上淡水で生活してから海洋生活を始めるのに対して、サケとカラフトマスは河川の産卵床で生まれ、卵黄嚢と呼ばれる袋の中の栄養分を吸収し、川の流れの中に泳ぎだしてくるとすぐに海に降ります。北海道の河川で産卵し、海洋生活を行うサケの仲間はサクラマス、サケおよびカラフトマスの3種類いますが、サクラマス(河川ではヤマメあるいはヤマベと呼ばれる)は一年以上淡水で生活した後、春に海水で生きられるように変態(外見はイワシのように銀白化し、スモルトと呼ばれる)して海に降ります。変態前には海水では生きられないのです。しかし、残りのサケとカラフトマスは浮上生活を始める時にはすでに海水で生きる能力を持っています。そのためなのかサケとカラフトマスは、海水にどのように適応するのかの研究対象から外れることが多かったようです。

  ある研究者らは、このように海水にすぐに適応するサケでも、飼育した大型の稚魚は小型の稚魚より海水への適応能力が劣ることを示しました。しかしながら、大型稚魚は淡水から海水へ直ちに進入するのではなく、河口汽水域(1/3海水域)に滞泳して海水適応能を回復させることを野外調査と室内実験から明らかにしました。ところが、北海道には十分な大きさの河口汽水域のない放流河川も数多くあり、さらに近年は大型のサケ稚魚を放流する傾向にあります。海水適応に多くのエネルギーを浪費すると、緩慢な行動のために敵に食べられたり、成長不良から北洋への回遊コースに乗り遅れる危険性もあり、これらのことは回帰量の低下となって我々をがっかりさせることになります。そこで、我々は大型に育てたサケ稚魚に対して1/3海水による海水馴致が回帰にどのような影響を与えるかについて、室内実験と放流実験を行うことにより調べてみることにしました。

  室内実験では、大型の稚魚は小型の稚魚より海水適応能が劣り、1/3海水馴致により大型サケ稚魚の能力は回復することが再確認されました。さらに、馴致した稚魚を淡水に戻しても海水適応能を維持し、かつ淡水適応能力も維持していることが明らかになりました。このことは海水馴致を施したサケ稚魚を直接海洋に放流するのではなく、河川に放流してもなんら問題ないことを示しています。つまり、母なる河川に回帰するサケを放流できることになるのです。この点が最近よく行われる海中放流とは異なるのです。

  事業規模での放流実験は、えりも町の歌別川河口から300メートル上流のサケ飼育池で行われました。ポンプにより海水を送って、河川水と混合することにより1/3海水の池を設け、朝から夕方までの8時間その飼育池で馴致を行いました。馴致中のサケは異常行動を示すことなく、旺盛な摂餌活動さえ示しました。馴致後直ちにサケ稚魚は放流され、海までの降河行動にも異常のみられないことを確認し、数年後の回帰を待ちました。太平洋を回遊して回帰したサケ親魚を調べた結果、回帰数は馴致したことにより増加し(図1と図2)、馴致群の親魚の大きさも普通に放流した群(対照群)となんら変わらず、小型化などの悪い影響もないことが明らかになりました。また、回帰時期に関しても特別な変化はみられないことなどが明らかになりました。

  馴致処理による回帰増は30-40パーセントであり、最近の回帰率4%を適用すれば1000万尾の稚魚放流で12-17万尾多く漁獲できることになります。馴致経費は環境条件にもよりますが、数十万円あれば1000万尾の放流ができるでしょうから、かなりの収入増を期待できると思われます。また、最近は放流数を増加させることはいろいろな面で大変困難な状況にあり、回帰率の向上をめざすことが重要課題となっています。今後、このような馴致放流を行うことができる環境(海水と淡水を混合できる池)の所では、是非とも試してみる放流方法と思われます。
(北海道立水産孵化場調査研究部 小島 博)
    • 図1,図2