水産研究本部

試験研究は今 No.287「さけます受精卵の防黴とマラカイトグリーン代替品」(1996年12月6日)

さけます受精卵の防黴とマラカイトグリーン代替品

  秋、3年から5年海の生活を終えて、生まれ故郷の川に子孫を残そうと、さけが回帰してくる。自然に産卵できる川がすっかり少なくなり、いまでは、ヒトが手を貸さなければ資源の再生回転が不可能になってしまった。経済優先、利便優先、効率優先のごみを水に流し過ぎたためかもしれない。そのつけを払うのに、採卵、人工受精、発眼・艀化、そして稚魚放流と、ヒトはさけますに責任を負わねばならなくなった。少なくみても30年間、艀化飼育技術を磨きながら艀化場は責任を果たしてきたと思っている。艀化放流技術の成果がさけの安値となって還ってきた矛盾は、さておき、半世紀以上、解決されず置き去りになっている問題もある。

  そのひとつがマラカイトグリーンである。マラカイト(malachite)とは孔雀(くじゃく)石ことである。ギリシャ時代から光沢のある新緑色の装飾輝石として、また、その粉を岩絵の具として壁画や日本画に使われてきた。この鮮やかな緑色をマラカイトグリーンという。

  さけますの受精卵を2~3か月の間、艀化まで培養する。この間、ミズカビが発生して卵の表面から内部に侵入し、卵を殺し、さらに周囲の卵へと拡がって被害を大きくする。このミズカビは、パンや果物に生えるカビとは異なり、稲やゴルフ場のグリーンの芝の根を腐らせるカビの仲間(サブロレダニア属など)で、鞭毛を持って運動する胞子を作り、ときには、この胞子が魚の体表面に付着し、綿のように繁殖して、いわゆる、ミズカビ病をおこす。卵や体表面のミズカビを防ぐために、マラカイトグリーンという深緑色の色素を水に溶かして使う。この色素を使わなければ、さけますの人工増殖は成り立たないといえ、この色があまりに孔雀石のマラカイトに似ているのでこの色素に、マラカイトグリーンと名が付けられた。19世紀末、ドイツのことである。

  マラカイトグリーン(malachitegreen
=N-[4-[[4-(Dimethylamino)phenyl]-pheny1methy1ene]-2,5-cyc1ohexadien-1-y1idene]-N-

  methy1methanaminuimch1oride)は、ウール、木綿、麻の染料として需要が大きい。昔、蚊帳(かや)を染めた色素で、防虫性があり、ぺンゼン核3個が炭素に結合する比較的簡単な化学構造を持っている(図1)。核酸塩基と親和性を持つ構造から、発がん性が予想され、昭和56年、米国食品医薬品局は、マラカイトグリーンの発がん性を確認し、食品関連の使用を禁止した。それにならって、日本の水産庁は次のような長官通達を出した。
(1)食品として使用する魚(養殖魚)のミズカビ予防・治療にマラカイトグリーンを使わないこと。
(2)代替品が開発されるまで、魚卵(受精卵)のミズカビ防止にマラカイトグリーンを使用する際には、使用後の溶液を亜硫酸ソーダで中和処理を行い、河川への汚染を防ぐこと。さけます受精卵に使用するマラカイトグリーンの使用量を推定すると次のようになる。一シーズン、1000万粒の卵に約1キログラム。全道で12億粒。推定使用量は120キログラムとなる。飼育用水に対して2~5ppm濃度で1時間薬浴する。全国レベルでは200キログラムを越えることになる。

  通達を発してから15年経つが代替品の開発は未だなされていない。医薬品の代替物であれば、ヒトヘの影響、環境への汚染が再燃し、再び問題になりかねない。

  そこで、問題を起こしそうもないもの、天然物に着目し、平成4年に試験を始めた。きっかけは単純であった。お茶のだしがらにはカビが生えにくい、腐らない、ということ。抗菌性成分がお茶に含まれているかもしれない。お茶の主成分がカテキン(図2.catechin=trans-2-(3,4-Dihydroxypheny1)-3,4-dihydro-2H-1- enzopyran-3,5,7-trio1)ということは誰でも知っている。

  カテキン溶液に受精卵を1時間、1週間ごとに漬ける方法で有効濃度を調べた。試験条件は実際の受精卵管理方法と同じとし、用水も使用されている艀化用水を用いた。3年間予算のやりくりをしながら、孵化化棟の中てさけ卵やさくらます卵を用いた試験を行いました。1リットルあたりカテキン0.5グラム溶液(500ppm)に漬ければ、発眼・艀化に異常なく、ミズカビ発生を防ぐことが分かった。艀化した稚魚にも奇形などはまったく見られなかった。

  マラカイトグリーンと同じように用水の掛け流し方式でカテキンを使うと、受精卵1000万粒あたり200万円以上かかることになる。したがって、受精卵に衝撃を与えず、カテキン溶液に漬ける方法へと艀化管理方式を変更しなければならなくなるだろう。費用は十分の一以下で済み、実際に応用するために技術的な細かい詰めが必要である。

  ここ1年、カテキンマスク、カテキンフィルター付き空気清浄機やエアコンなど次々と発売され、先を越された感がある。抗菌物質カテキンの応用とすれば、うなずけるが。カテキンはガムやお菓子に虫歯予防のための食品添加物として使用されている。(水産艀化場 坂井勝信・小林美樹)
    • 図1
    • 図2