噴火湾の養殖ホタテガイ採苗安定化試験から
噴火湾では1990~2000年の間に4回の採苗不良にみまわれ,ホタテガイ養殖漁業者は他海域から種苗を購入するなどの措置が必要になり,経済的にも大きな負担となりました。このため,採苗の早期予測および安定化のための方策に対する要望が強く,それを受け,前年度から函館水産試験場を中心として採苗の安定化を目的とした試験を行っています。 栽培漁業総合センターでは,この小課題である「養殖現場における産卵促進手法の検討」に合わせ,産卵誘発手法を用いて,(1)ホタテガイが実際に産出した卵を観察し,その発生状態から,産卵促進を行うための最適な時期を推測する。(2)産卵や放精の刺激としての昇温条件を明らかにすることを目的とした室内試験を行っています。本年3月から5月末にかけて試験した結果の一部を紹介します。
試験項目と方法
八雲町地先で垂下養成されたホタテガイ(2年貝と3年貝,耳吊り)および天然(底棲)ホタテガイ(2,3年貝混在)を用いて3月1回,4月,5月各2回,個体別に産卵誘発しました。方法は,30個体のホタテガイをそれぞれ個別に20 L角形スチロール水槽に収容し,現場水温より4~5度加温した海水に紫外線を照射し,各水槽に注入しました。誘発刺激により得られた卵を受精させ,一部を幼生観察用に100ミリリットル腰高シャーレに移し,8度で飼育しました。観察項目は,(1)誘発応答率:誘発刺激に応答した個体の割合,(2)産卵数と卵径:卵の数と大きさ,(3)受精率:受精した卵の割合,(4)D型幼生移行率:受精卵がふ化し,D型ベリジャー幼生になった割合(5)D型幼生生残率:D型幼生移行1週間後の無給餌での生残率,としました。これらの中から今回は(1)と(4)(5)の結果を紹介します。
誘発応答率
図1に産卵期前後のホタテガイの誘発応答率の変化を示しました。誘発応答率は貝の産卵準備ができているかどうかの指標となります。養殖貝では3月に2年貝,3年貝とも雄1個体のみが,雌は4月上旬に40パーセント,下旬には50パーセント前後が誘発に応答しました。雄は4月以降,高い割合で誘発に応答していました。雌は5月上旬には2年貝,3年貝とも80パーセント以上が応答し,産卵盛期に入ったことを裏付けていました。5月下旬の3年貝では高い割合を維持していましたが,2年貝は既に13パーセントに減少しており,産卵期がまもなく終わることを示していました。応答率の推移は,水産技術普及指導所と漁業協同組合で実施している現場の成熟度調査での生殖巣指数の変化と良く対応していました。底棲貝は試験回数が少なかったのですが,4月中旬に90パーセント以上が応答し,5月下旬まで高い割合を維持しました。これらのことから,底棲貝は少なくとも同じ場所に生息する個体群の成熟時期は同調していましたが,養殖貝は多少ばらつきがあること,2年貝は3年貝より早く産卵が終了する傾向があることなどがわかりました。これは,貝が育つ場所の水温等の環境条件によるものか,貝自身の特質であるのかなど,今後検討する必要があります。
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図1-1 八雲産ホタテガイ♀の誘発応答率の推移(2001年)
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図1-2 八雲産ホタテガイ♂の誘発応答率の推移
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D型幼生移行率,生残率
幼生移行率の変化は,4月中には養殖貝,底棲貝とも20~30パーセント前後で推移していましたが,本年の産卵盛期となる5月以降は40パーセント以上がD型幼生に移行しています(図2)。無給餌飼育1週間後の生残率は4月中では5パーセント以下でしたが,5月に微増し,産卵後期の5月下旬に10パーセント以上になりました(図3)。これらのことから産出された卵が高い割合で幼生に移行できる時期は比較的短い期間であり,それより早い時期は,たとえ生殖巣指数は高く,産卵は可能だとしても,まだ未成熟な卵が多いようです。
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図2 D型幼生移行率の推移
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図3 D型幼生生残率の推移
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今回の試験では生殖巣の測定・観察だけではわからない(卵の)成熟度を,受精後の発生を追うことにより実際に確かてみました。当センターは種苗生産技術開発を主な課題とした試験研究をする機関ですが,生物飼育の技術,施設を有効に利用した試験もまた可能な場です。
(栽培漁業総合センター 貝類部 多田 匡秀)