水産研究本部

試験研究は今 No.469「ニシン種苗の標識法」(2002年3月8日)

ニシン種苗の標識法

  平成8年から行われてきた「日本海ニシン資源増大プロジェクト」は、13年度をもって第1期を終了します。今回は6年間の成果の中から、人工種苗に対する標識技術開発について紹介します。

  日本海沿岸で現在放流されているニシン人工種苗にはアリザリンコンプレクソン(以下ALC)浸漬による耳石染色標識が施されています。ALC浸漬標識はハンドリングに弱い仔稚魚期に大量の標識処理ができるという点で画期的でしたが、耳石を摘出し蛍光顕微鏡下で紫外線照射するまでその有無が確認できません。すなわち外観から判別できないため、回遊範囲の特定など漁業者からの再捕報告に依存する調査には向きません。また、染色日齢(仔魚の大きさ)を変えることで数種類のバリエーションが得られますが、他海域との調整上すべてを一度に使えるわけではありません。以上のことから、稚内水試では体外標識など従来の標識法の見直しとALC浸漬標識を補完するような新しい標識法の試験に取り組んできました。

  標識方法ごとの特徴とこれまでの試験で得られた結果を表1に示しました。
    • 表1 ニシン人工種苗に試みられた標識法(日本栽培漁業協会及び栽培漁業振興公社羽幌事業所による成果を含む)
  体外標識については、日本栽培漁業協会(以下、日栽協)において従来のタグ類と鰭切除がすでに試験されていましたので、それらの再確認が主眼になりました。

  結果として、ニシンでは体外標識の保持性はやはり非常に悪く、装着後1年間で50%以上の保持率が期待できるものはありませんでした。

  特にダートタグについては先端部を市販のものよりシャープな矢じり型に整形し、装着用の金属パイプを非常に細いものに変えて試験しましたが、結果は同様でした。日栽協の報告(2000年)にもあるように、ニシンの皮膚は非常に薄くて筋肉も柔らかいため、標識が刺さっている限り傷が拡がり続けることが脱落の原因であると考えられます。

  鰭切除については、これも日栽協の報告のとおり、半年程度で大半が再生し、区別ができなくなりました。

  体内標識では、近年欧米で盛んに用いられているバイナリーコーディッドワイヤータグ(以下CWT)、サケ類で行われている温度刺激による耳石標識、そしてALCとテトラサイクリン(以下TC)による耳石染色標識について試験しました。

  CWTはバーコードが刻印された直径0.25ミリメートル長さ1ミリメートル程度の針金片を魚体内に挿入し、金属探知器で検出するというものですが、全長110ミリメートルの稚魚について挿入部位別に試験したところ、吻を除く眼の周辺の透明組織内や体筋肉中、各鰭の基部では保持率が非常に高いことがわかりました。サケ類では吻が標準的な挿入部位ですが、ニシンの吻は軟骨組織が発達せず、「骨組みに皮を張っただけ」のようなものなのでCWTには向かないようです。

  次に、温度刺激による耳石標識は、サケ類の発眼卵や孵化仔魚を短時間の急激な水温変化にさらすことで、耳石日周輪の形成間隔を乱し、障害輪として耳石に記録させる方法です。平成11年に行った試験では、平均全長15ミリメートルのニシン仔魚に±4度、24時間の温度刺激を2回与えたところ大半が斃死してしまい、生き残った仔魚の耳石を観察しても、水温変化に対応すると思われる日周輪間隔の乱れは見られませんでした。しかし、他の条件設定、例えばもっと大きなサイズの仔稚魚や、温度以外による刺激、例えば明暗周期、餌料、塩分濃度、薬品などには可能性が残されています。

  最後に耳石染色標識では、ALCとTCともに、飼育水中に溶かして耳石に取り込ませる方法(浸漬法)と配合飼料に混ぜ込んで消化系から取り込ませる方法(経口投与法)が知られています。そのうち、ALC浸漬法とTC経口投与法についてはすでに日栽協や栽培漁業振興公社羽幌事業所において実績がありますので、ALC経口投与法とTC浸漬法について試験しました。

 ALCの経口投与試験では、重量で0.01~5%のALCを含ませた配合飼料を全長70~90ミリメートルの稚魚に5~15日間与えましたが、耳石への染色は観察されませんでした。ニシンに対するALCの経口投与は他機関でも何度か試験されていますが、成功例はないようです。

  また、TC浸漬法は全長17~18ミリメートルの仔魚に200ppm、24時間の浸漬を行ったところ、耳石に明瞭な染色が確認されましたので、今後は最も安全で効率的な浸漬濃度や時間を明らかにする必要があります。

  これまでの結果をまとめると、体外標識は脱落が多く放流効果など再捕数が問題になる調査には使えませんが、外部からの再捕報告が期待できるという利点は捨てがたいものがあり、目的を絞った活用と標識の改良等を継続していく必要があると思います。CWTは保持性が良く個体識別が可能であることが大きな魅力ですが、装着時にハンドリングが必要で、なおかつ外観からは判別できないため、放流調査では使い方が限られ、むしろ飼育実験などで活用できると思います。耳石温度標識は今回の試験ではうまくいきませんでしたが、移槽や運搬などの飼育履歴が耳石日周輪間隔の乱れとして記録されることを示唆する事例があることから、今後はそれら条件を解明することで応用への道が開かれると思われます。耳石染色標識については、ALC経口投与がうまくいかない原因を探るのは簡単なことではありませんが、経口投与は汎用性、経費面で利点があり、今後の研究の進展が望まれます。また、TCはALCに比べてはるかに安価ではありますが、耳石摘出後の蛍光の減衰が早く、蛍光像もやや暗いなど扱いが難しい面があるため、ALCの補助的な用法が主体になると思われます。

  今後、ニシンの放流技術開発を進めるに当たっては、これらの標識法それぞれの長所、短所をよく把握し、用途を明確にした使い方をする必要があります。
(稚内水産試験場資源増殖部 吉村圭三)