水産研究本部

試験研究は今 No.470「石狩におけるワカサギ卵孵化管理事業の現状調査」(2002年3月25日)

石狩におけるワカサギ卵孵化管理事業の現状調査

はじめに

  平成12年、石狩漁業協同組合からワカサギ卵の孵化管理技術について、技術指導の依頼がありました。ワカサギ孵化場の管理担当者によると、「とにかく水が濁っていて生きているのか死んでいるのか良く分からない。ミズカビがひどく、綿をかぶったように団子状態になっている。」ということでした。現場を訪れると、言葉のとおり収容した卵にミズカビが繁茂しており、さらに死卵が増加する原因になっているようでした。これが事業の円滑な遂行が妨げている可能性があり、詳細な調査が必要と考えました。そこで、翌年度に孵化管理事業の現状を把握するとともに、改善点について提案することを目的とした調査を行うことになりました。今回報告するのはその内容です。

  ワカサギの人工孵化は古くから行われているように、人工授精させた卵をシュロ盆に付着させ、孵化槽に浮かせて流水下で孵化まで管理するという方法が一般的です。石狩漁協の孵化場では、網走から受精卵を輸送して同様の方法を行っていました(写真-1)。
    • 写真1

予想以上に低かった孵化率

  孵化槽の3つの区画毎に条件を変えて、3つの試験区を設定しました。試験区1および試験区2には孵化槽の底面に角材を3本および6本設置することで水流に上下動を起こさせて、水が下層だけを流れてしまわないようにし、水廻りの改善を図りました。また、試験区3では角材を設置せず、水位を低く調節することによって用水が池の全体を流れるように工夫しました。効果についてはシュロ枠から5箇所について5センチメートル角に切り出して生卵率およびふ化率を調べることで判断しました。生卵か死卵かの判定は実態顕微鏡下で卵を観察して行いました(写真-2)。

  その結果が図-1です。3つの試験区ともに受精卵収容直後は80-95パーセント程度の高い生卵率を示していたものの、4月下旬以降は50パーセント前後を推移しました。5月に算出した孵化率では、試験区とも45-50パーセント程度しかありませんでした。従って、今回設置した3つの条件設定については、大きな差は認められませんでした。つまり、水流の調整や循環率を高くしても生残率の向上には効果がなかった訳です。また同時に受精率を確認したところ、卵収容時点で65パーセント程度しかなかったことが分かりました。
    • 写真2
    • 図-1 ワカサビ卵の受精率、生卵率およびふ化率

孵化率が低い原因は孵化用水の濁りか?

  卵収容から孵化までの期間中における孵化槽内の14箇所について酸素飽和度、濁度(S.S.)および塩分濃度といった環境条件の測定を行いました。その結果酸素飽和度は孵化槽の上層で高く下層で低い傾向があり、4月16日から5月2日にかけ、卵の発生が進むに連れて低くなる傾向がみられました。しかし、最も低い数値でも70%以上を示したことから、酸素量は十分足りていたものと思われます。

  その一方で、濁度は最も低い地点でも14.4mg/l、最も高い地点では38.9mg/lを示し、取水槽内でも20mg/l以上ありました。熊丸(1984)は、S.S.が2mg/l以上で孵化率が低下すると報告しています。濁度の高さと孵化率の低下に関する因果関係については、濁度の増加が網地への付着物量を増加させ卵への酸素量不足につながり、孵化率の低下をもたらすと推測してています。塩分濃度について5月2日に測定したところ1-2(‰)でした。岩井・長間(1986)は海水7.5%(Cl1.4‰)以下で順調に孵化すると報告していることから、塩分濃度は孵化率に影響がないものと思われます。

  以上のことから、孵化率が低い原因は孵化槽内の水流や酸素量等に問題があるのではなく、濁度にあるようです。従って孵化率を向上させるには、孵化用水の濁度を何らかの方法で2mg/l以下に改善させる必要があるものと思われます。

シシャモで行っている自然産卵方式は応用できるか?

  シシャモの増殖事業では砂利を敷いた水槽内に親魚を収容して受精卵を産み付けさせる自然産卵方式による孵化管理を行っています。天然のワカサギは砂利にも卵を産み付けることが知られていることからシシャモと同じ方法を試みました。

  約9,000尾のワカサギ親魚を砂利を敷いたワカサギ孵化場へ輸送し、飼育密度は単位面積あたり1,700尾/m2という高い密度で収容しました。この時、雌雄比はおよそ雌:雄=1:2でした(写真-3)。5月15日に親魚を搬入した後、3日後以降に砂利に卵が付着しているのが確認できました。ところがその後、21日に親魚を放流するために水位を下げると、卵が大量に流失するのが見られたため、急遽卵を採集して着卵数や生卵状況を調査しました。すると産み付けられたワカサギ卵は、親魚を搬入した地点の下流付近に多い傾向を示していました。しかし、回収された卵はいずれも死卵であり、生卵は全く見られなかったのです。また、単位面積あたりでは0-0.43粒/m2ほどしかなく、極めて少ない卵数でした。

  このことから、飼育密度が高いと自然産卵を誘導することはできるものの、現在の環境では着卵数が少なく、また、生存は極めて難しいことが分かりました。

  シュロ盆による孵化管理方法については、孵化槽内の水流を改善させることは、孵化率の向上に効果はないようです。むしろ、孵化率の低下を抑えるためには、飼育水の濁度を何らかの方法で2mg/l以下に抑えることが改善策と思われます。また、受精率を向上させることも生卵率および孵化率を高く維持させるために必要な手段と言えます。

  自然産卵方式による孵化管理方法については、親魚の飼育密度を高くすることにより、産卵を誘導することが可能でした。しかし、着卵数は少なく、生卵は皆無でした。
    • 写真3

おわりに・新しい孵化管理方法の開発を

  ワカサギの人工増殖の歴史は古く、人工採卵が容易で、仔魚や幼魚は比較的強いと言われていることもあり、人工孵化技術は確立されているかのような印象が持たれています。しかし現実には、今回の調査結果のように現在の孵化管理方法は決して効果的とは言い難いように思われます。また、シュロ盆に受精卵を付着させる作業や、ひどく濁った水で卵を管理する様子は非常に大変な作業であり、担当している漁協職員や漁業者の苦労には頭が下がります。しかし、彼らの努力は報われていると言えるのでしょうか?

  かつて天然資源が豊富だった時代は、多少人工種苗を添加してもさほど資源全体に与える影響は小さかったのかも知れません。しかし近年自然環境の激変に伴って、自然産卵できる環境や生育できる環境も変わりつつあることに疑う余地はないでしょう。石狩川におけるワカサギの漁獲量は近年100-250トンの間を変動しています。産卵場や稚魚の生育場所を河川内にもつワカサギにとって、河川環境の変化はその資源量の増減に直接結びつく可能性が考えられます。そのため安定した漁獲量を維持するためには、産卵場の確保といった環境保護を講じると同時に、人工種苗の安定的添加という積極的な増殖策をとることも重要となるでしょう。

  最近ワカサギ増殖の先進地とも言える茨城県の研究機関で働く若い研究者と連絡を取る機会がありました。茨城県では近年ワカサギ資源がどんどん減っており、人工増殖技術の再検討の必要性を認識し、孵化管理方法についてシュロ盆に替わる方法を試験研究し始めているとのことでした。北海道では、シシャモ卵の粘着性を除去して大量孵化管理する技術が開発され、事業化に進んで来ています。このように既に得られている技術をワカサギにも応用して、効率の良い孵化管理方法について検討する時期に来ているのではないでしょうか。

参考文献

・熊丸敦朗(1984).ワカサギ卵の人工ふ化管理方法について.茨城内水試調査研究報告,21,11-30.
・岩井寿夫・長間弘宣(1986).ワカサギ人工受精卵の孵化ならびに孵化仔魚の生残に対する飼育水の塩分濃度の影響.水産増殖,34,85- 102.(水産孵化場養殖技術部養殖応用科長 佐々木義隆)

(水産孵化場養殖技術部養殖応用科長 佐々木義隆)