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食4 木の飼料で乳牛の健康状態向上を

はじめに

①木の飼料とは
木は、実は牛のエサになります。ただし、木はそのままでは牛にとってあまり良い飼料ではありません。木を高温高圧の水蒸気で蒸す(以下、蒸煮)ことにより、甘酸っぱい香りがして牛が好む良い粗飼料※1になります(以下、木質粗飼料)。

道総研林産試験場は大学や民間企業2社と共同で、乳牛に先立って黒毛和牛向けの木質粗飼料の実用化研究を2017~2019年に行いました。

黒毛和牛には月齢30か月頃の出荷までに約20ヵ月間の肥育期という時期があります。その時期に使用される発酵バガスという高価な輸入粗飼料(慣行粗飼料)をシラカンバ(写真1)による粗飼料で代替する給与実証試験を実施しました。実際の黒毛和牛の農家でそれぞれの飼料を給与した50頭ずつの成績を比べたところ、木質粗飼料を給与すると肉質が同等以上で肉の重量が約20kg増加したという結果を得ました(表1)。木質粗飼料の適度な硬さが反芻(はんすう)を促し、反芻胃の調子を良くしていると考えています。シラカンバの粗飼料の製造は北見市にある共同研究企業で事業化され、肉牛農家100軒以上に販売されています。

※1 粗飼料:デンプンに富んだ濃厚飼料に対する言葉で、繊維質に富んだ飼料のこと

写真1 北海道のシラカンバ
写真1 北海道のシラカンバ
表1 黒毛和牛への木質粗飼料給与実証試験による肉の質と量
表1 黒毛和牛への木質粗飼料給与実証試験による 肉の質と量

②出産前の乳牛へ
この木質粗飼料が他にも活躍できる場面を探すため、次に着目したのが出産前の乳牛でした。乳牛は毎年のように妊娠・出産・搾乳を繰り返しますが、出産前に搾乳を休むデリケートな時期が2か月間程度あります。その期間は衛生環境や休息スペースの確保等に気を付けるとともに、「太らせたくないけど腹いっぱい食べさせたい」「カリウムの過剰摂取に気を付けたい」という留意点があり、飼料の成分とその食べさせ方に気を使うことが大変重要になります。これらがうまくいかないと牛は産前産後の体調不良すなわち周産期疾病になりやすい状態となり、牛乳の生産性が著しく下がり、場合によっては死亡することもあります。研究開始頃の道内の周産期疾病関連被害額は年間43億円以上と試算されました。

木質粗飼料は消化に時間がかかる繊維成分が豊富であるためエネルギーになりにくい特徴があり、飼料の指標としてよく用いられる可消化養分総量(TDN)は牧草より3~6割低くなっています(図1)。また、北海道の牧草サイレージはカリウム含量が2%以上のものが半分以上を占めており、出産前の乳牛への影響が懸念されるのですが(図2)、木質粗飼料のカリウム含量は0.05~0.1%であり、牧草の1/10以下となっています。これらのことから、木質粗飼料の給与により、出産前の乳牛を太らせないことおよびカリウムを抑制することができ、周産期疾病を減らしていけるのではないかと考えました。

そこで、道総研・林産試験場と酪農試験場は大学や民間企業3社にも参画していただきながら、出産前の乳牛向けの木質粗飼料の製法や給与法の開発、実際の牧場での給与実証試験等を実施しました(2020~2022年)。

図1 牧草と木質粗飼料の可消化養分総量(TDN)
図1 牧草と木質粗飼料の可消化養分総量(TDN)
図2 道内牧草サイレージのカリウム含量
図2 道内牧草サイレージのカリウム含量
・2014~2018年の道内粗飼料分析センターデータ
・1番草および2番草のサイレージ(データ数25,638点)

シラカンバとカラマツの粗飼料の給与方法

 肉牛の成牛は木質粗飼料をそのまま与えると大抵すぐに食いつきますが、出産前の乳牛の鼻先に木質粗飼料をそのまま与えてもあまり食べません。しかし、サイレージやTMR(混合飼料)に5~10%程度混ぜ込むと、もとのサイレージやTMRと同等以上に食べる様子が観察されました。この混合割合は、飼料の栄養面やコストの面でも良いと考えられました。

甘味が強い、新たなカラマツ粗飼料

カラマツの心材にはアラビノガラクタンという水溶性の多糖類が含まれており、適度な条件で蒸煮することにより可溶性単糖類が生成し、甘い粗飼料を作れることがわかりました(図3)。最適な条件で蒸煮したカラマツはシラカンバの3倍程度の可溶性単糖類が含まれています(図3)。これを共同研究企業の試験牛や民間の協力牧場の牛に、上述の混合割合で乾乳牛に与えるとよく食べてくれ、嗜好性が高いことがわかりました。つまり、甘味があっておいしいのに太りにくいという、人間でいうダイエットフードのようなものを作ることができました。

図3 木質粗飼料の可溶性単糖の含有量
図3 木質粗飼料の可溶性単糖の含有量

出産前の乳牛の変化

道東の牧場にご協力いただいて給与試験を実施しました。具体的には、根釧地域の3軒の牧場で2樹種の木質粗飼料について5つの給与実証試験を実施させていただき、出産前の乳牛には1日1頭あたり2kgの木質飼料を給与しました。その結果、食べ足りない牛は1つの試験で横ばいだったものの、4つの試験で減少しました(図4)。また、太った牛は1つの試験で増えてしまいましたが、1つの試験で横ばい、残り3つの試験で減少しました(図5)。つまり、概ね狙い通りに、食べ足りない牛が減少しているのに太った牛が減るという結果となりました。シラカンバとカラマツとの間では優劣は不明で、どちらの樹種も給与前より乳牛を良い状態に変化させていると考えられました。

図4 食べ足りない牛の割合の木質粗飼料給与直前月との比較
図4 食べ足りない牛の割合の木質粗飼料給与直前月との比較
食べ足りない牛:ルーメンフィルスコア2以下
調査対象牛頭数:左から15頭, 63頭, 51頭, 129頭, 
     124頭, 24頭, 119頭, 73頭
図5 太り過ぎの牛の割合の給与直前月との比較
図5 太り過ぎの牛の割合の給与直前月との比較
太り過ぎの牛:ボディコンディションスコア3.75以上
調査対象牛頭数:左から15頭, 63頭, 51頭, 129頭, 
     124頭, 24頭, 119頭, 73頭

出産後の乳牛の変化

上記の3牧場による5つの試験について、どの試験でも乳房炎が大幅に減少する結果となりました(図6)。乳量は、統計的有意差は検出されなかったものの増加の可能性が考えられました(図7)。なお、木質粗飼料を給与した牧場の牛乳を分けていただき試飲をしましたが、特に問題はなくおいしい牛乳でした。

図6 出産後の乳房炎治療率の前年同時期との比較
図6 出産後の乳房炎治療率の前年同時期との比較
調査対象牛頭数:左から43頭, 50頭, 72頭, 51頭, 70頭, 
      81頭, 121頭, 122頭, 54頭, 58頭
図7 木質粗飼料給与後の乳量の前年同時期との比較
図7 木質粗飼料給与後の乳量の前年同時期との比較
調査対象牛頭数:左から43頭, 50頭, 72頭, 51頭, 70頭, 
      81頭, 121頭, 122頭, 54頭, 58頭

3つの牧場のうち、B牧場とC牧場は元から出産前の乳牛に対して工夫した飼料を給与し、対策がある程度上手くいっていたので木質粗飼料の給与効果は劇的とまでは言えない程度でした。しかし、A牧場は出産前の乳牛の管理方法を模索していて、食べ足りない牛が多く(図4)しかも太った牛も多い状態(図5)でしたが、それらが改善され、疾病の減少や死亡・廃用の減少が見られ、さらに繁殖成績の向上も見られました(表2)。

表2 A牧場の周産期疾病および繁殖成績の木質飼料給与実証による変化
表2  A牧場の周産期疾病および繁殖成績の木質飼料給与実証による変化
*分娩後200日以内の受胎率

これから

この研究により、出産前の乳牛の管理方法があまりうまく行っていない牧場では大幅に改善できる可能性、出産前の乳牛の管理方法がある程度うまく行っている牧場でも牛の健康状態をさらに改善できる可能性が示されました。より詳しい情報は道総研HP内の研究成果普及資料をご覧ください(https://www.hro.or.jp/upload/13138/nyugyu.pdf)。

現在、20軒程度の酪農家で木質粗飼料が導入され、広がり始めています。木質粗飼料が北海道の多くの牧場で試され、周産期疾病被害額が減少すること、そして、健康状態が向上した牛からおいしい牛乳がたくさん生産されることを期待しています。

(檜山 亮 森林研究本部 林産試験場 企業支援部)

補足情報

●林産試験場 マニュアル・特集
 https://www.hro.or.jp/forest/research/fpri/koho/default/default.html
●「乾乳牛に向けた木質粗飼料の適用と開発」(PDF 5.5MB)
 https://www.hro.or.jp/upload/13138/nyugyu.pdf