北海道 地質由来有害物質情報システム GRIP

H23-25 重点研究 報告書「北海道内における自然由来有害物質の分布状況」

有害物質の濃集・拡散過程

内陸域から海域への自然由来有害物質の移動

海水の影響

自然由来有害物質の溶出/含有リスクが海水の影響によって変化する地質体としては,以下のものが挙げられる.

沿岸域の堆積物では,「氾濫原堆積物」,「旧河道堆積物」,「汽水湖堆積物」,「塩性湿地堆積物」「炭質物層およびその周辺層」が該当し,海域堆積物では「海底細粒堆積物(泥岩・頁岩・粘板岩)」が該当する.

「海水の影響」には,2つの要因が認められる.1つは淡水と海水が接し,水質が急変することによる凝集沈殿の影響,もう1つは海水成分の堆積物への付加である.陸域の堆積物のうち,このような海水の影響が現れる「沿岸域堆積物」と海水の影響を受けない「内陸域堆積物」の分布境界を道内全域にわたって正確に知ることは困難であった.このため,本研究では,便宜上,標高20mを両者の閾値とした.このため,「沿岸域堆積物」の区域であっても内陸域の特性を示す場合があること,また,この逆のことがあることに留意されたい.

図6に内陸域堆積物および沿岸域堆積物の砒素全岩含有量・溶出量を示す.沿岸域は内陸域に比べ砒素全岩含有量が高く,溶出基準を超過するものが多数認められる.

河川により細粒懸濁粒子が沿岸域へと運搬されると,河口域において河川水が海水と接触し,細粒懸濁粒子が凝集沈殿する(三村ほか,1986;山崎ほか,2003など).砒素はコロイド等の懸濁粒子に選択的に収着することが知られている.このため,河川上流に比べ河口域には砒素をより多く含む河床堆積物が形成されやすい.また,河口域では海水と淡水の密度差により海水が河川水の下に楔状に入り込み,海水が河川に沿って遡上する「塩水遡上現象」が起こることがある.河口域の河床堆積物は,塩水遡上に伴い高濁度水塊となって河川上流側に運搬される(横山・宇野,2001).さらに,塩水遡上現象により,凝集沈殿の場がより上流側に移動し,内陸側においても砒素を含む細粒懸濁物質が凝集沈殿することも考えられる.したがって,沿岸域では,凝集沈殿と高濁度水塊の影響により,内陸域に比べより多くの砒素が堆積物中に固定され,砒素溶出量/全岩含有量が高くなるものと考えられる.

次に,海水成分の堆積物への付加による溶出/含有リスクについて記述する.内陸域および沿岸域の堆積物におけるホウ素およびフッ素の溶出量は,溶出試験の検液の電気伝導度と正の相関が認められる(図7).現地調査によると,電気伝導度が高い値を示すものは,ときおり海水・汽水等の塩水に冠水する環境にある堆積物であった.このような環境では,水分の蒸発と塩水による浸漬が繰り返されるため,堆積物中に多量の塩類が濃集するものと思われる.これらの塩類が溶出試験により再度溶解し,高い電気伝導度を示すものと考えられる.

海水には塩類とともにホウ素とフッ素が豊富に含まれる.したがって,海水にたびたび浸漬する環境では,塩類の付加と同時に,塩水中のホウ素とフッ素が堆積物に濃縮され,やや高い溶出量を示すものと考えることができる.さらに,同様の堆積環境の堆積物ではセレンが溶出基準値をわずかに超過することがあり,これも海水起源のセレンが堆積物に集積している可能性がある.また,セレンは海域堆積物において溶出基準を超過するものが認められるが(図8),これは,海水中のセレンを起源とした生物濃縮によるものと考えられる(寺島ほか,2005).

図9に汽水湖堆積物における鉛溶出量と検液pHとの関係を示す.検液pHはすべて酸性化しており,pHが4以下になると,一定程度の鉛溶出が認められる.汽水湖では低酸素水塊が形成されることにより還元的環境になりやすく,海水中の硫酸を起源とする硫化物が堆積物中に生成されやすい(原田・吉田,2003).還元環境で生成した硫化物が溶出試験で酸化され検液pHを大きく低下させ,それに伴って鉛が溶出したものと考えられる.

以上のように,塩淡境界における凝集沈殿や海水成分の堆積物への付加など,堆積物の形成に海水が関与していると考えられる場合,砒素・ホウ素・フッ素・セレン・鉛の溶出/含有リスクが高くなる.