網走湖

Lake Abashiri

所在地 (Location) 網走市・大空町 (Abashiri City / Ozora Town)
成因 (Origin) 海跡湖 (lagoon lake)
湖面標高 (Elevation) 0 m
湖面積 (Surface area) 32.37 km2
最大水深 (Max. depth) 16.3 m
容積 (Volume) 230000 ×103 m3
集水域面積 (Watershed area) 1366.58 km2

湖北東部から南西方向を撮影。写真中央に呼人半島があり、半島の左側が呼人浦、半島の右側に奥まで網走湖が続いている。写真左端が流出河川の網走川で、その奥に鉄塔の立つ天都山が見える。(2023年7月20日撮影)

網走湖(アバシリコ)は、網走市の市街地の南西側に位置している海跡湖である。この湖は、一級河川の網走川の下流部に位置する。

網走湖は、湖面標高0 m、最大水深16.3 m、湖面積 32.37 km2、集水域面積1366.58 km2の汽水湖である。

流入河川は、網走川、女満別(メマンベツ)川、呼人川などである。最大流入河川である、網走川は、阿寒カルデラの外輪山に位置する釧北峠に源を発し、津別町、美幌町、女満別町を貫流して、網走湖に流入する。集水域の土地利用は、森林が約70%を占めるほか、畑地などの農業地の割合も約21%と大きい。

網走湖では、水産業も盛んであり、特にシジミとワカサギは有名である。ワカサギは、多くの地域への人工孵化用の卵を供給しているほどである。

網走湖は最深部から流出口に向かって浅くなっている。このような形状のため、満潮時に逆流してきた海水が、湖内の下層部に入り込み、干潮時にもその海水が排出されないといったことがおこるため、下層部に海水がとどまってしまう。そのため、一年を通して、網走湖は、塩分による強固な密度成層をなしている。すなわち、下層部は、塩分濃度が高く、上層部は塩分濃度が低く、両層は、大きく混合することはない。上層部だけが、気象条件などによって鉛直的に混合するため、 部分循環湖と呼ばれている。同様なタイプの湖沼の例として、北海道では春採湖が挙げられる。

2023年7月の水質は、Chl-a濃度が92 μg/Lと非常に高く、TNは過富栄養湖レベル、TPは富栄養湖レベルだった。

2023年7月の水質鉛直プロファイルは、水深4〜5mを境に下層で塩分濃度が高く、強固な密度成層をなしている。そのため、大気からの酸素供給のある上層部と異なり、下層部は無酸素の環境である。このことから、網走湖の上層部を好気層、下層部を嫌気層と呼ぶことがある。

ところで、この好気層と嫌気層の境目(境界層)の深さは、流域からの淡水の流入量や海水の逆流量などによって決められると思われる。 かつて、 1920年代は、この境界層が存在しなく、今とは異なり、淡水湖であった。その後、次第に海水の進入に伴って境界層が出現し、現在に至っていると思われる。

網走湖の嫌気層には、リン酸態リン(PO4-P)とアンモニア態窒素(NH4-N)が大量に含まれているのが特徴であり、これらが、少しずつ好気層に負荷を与えている。また、特にこれら嫌気層の栄養塩類はN/P比が低く存在しているため、好気層にはリンの方に特に強く影響を及ぼしていく。また、この嫌気層には海水から豊富に供給される硫酸イオンと強い還元環境のため、硫化水素も大量に蓄積している。

一方、網走湖の流域は農業活動が盛んである。そのため、流域河川からの栄養塩類負荷は少なくない。また、その特徴として、N/P比が高いことであり、流域河川からの栄養塩供給は、網走湖へ窒素の供給に大きく影響を及ぼすと思われる。

網走湖は、COD、TN、TP ともに環境基準値(COD: 3mg/L 以下, TN: 0.6mg/L 以下, TP: 0.05mg/L 以下)を達成していない状況が続いている。それは、流域からの負荷に加えて、嫌気層からの供給の影響と思われる。このため、北海道では、河川を管理している北海道開発局と地元関係機関が協力し、底泥の浚渫や流域河川の浄化対策などを実施している。

ところで、網走湖は、1980年代後半に、網走湖表面を強風が吹くことにより、風上側で嫌気層水が上部まで湧昇し、好気層水と混合する、「青潮」(嫌気層に含まれる硫化水素が、好気層にて運ばれ、酸化され硫黄コロイドが生成し、青色を呈することから、こう呼ばれる)が頻発した。青潮が起こると、好気層生物が酸欠になり、 魚やシジミ貝などがへい死する被害が出る。この青潮は、境界層の深度が5 mより浅くなるとおこりやすくなると言われている。

網走湖では、昔から、Anabaena(河川水辺の国勢調査(H26年度版)による)によるアオコの発生も大きな環境問題となっている。しかしながら、青潮が頻発した1980年代後半から、それが発生しない年もあった。青潮が起こると、好気層に塩分とともに、大量の栄養塩類が供給される。当所(旧北海道環境科学研究センター)で様々な調査研究を実施した結果、塩化物イオン濃度が高くなりすぎると、Anabaenaのアオコが発生しなくなることがわかった [1]。一方で、小さな青潮が起きたり、流入河川の流入量が減少したときなど、網走湖好気層への栄養塩類供給のN/P比が低くなり、窒素固定型のAnabaenaが大発生しやすくなることがわかった。

また、網走湖のような部分循環湖には、時折、嫌気層上端に光りが届くとき、硫化水素を使った光合成をする光合成細菌が増殖するときがある。1991年には、嫌気層上端に、この細菌が特有にもつ光合成色素の一つである、バクテリオクロロフィルd(Bchl-d)のピークが観測されており、光合成細菌が増殖していたことがわかった。さらに、この細菌は、嫌気層の栄養塩類が好気層へ拡散する途中で利用するため、好気層への負荷を軽減していたことがわかった。しかしながら、この光合成細菌は、硫化水素を含む嫌気層の上部に光が到達しなくては増殖できない。網走湖では、時によって増殖したり、消滅したりしている。以上のように、 網走湖の性状は、 非常に複雑である。しかしながら、水産業的にも、観光やレクレーションの場としても、非常に重要な湖沼であるが故に、今後も注目して環境保全対策を心がける必要がある [2]

水質データ(表層)
調査日 地点 全水深
[m]
透明度
[m]
pH Cl-
[mg/L]
アルカリ度
[meq/L]
DO
[mg/L]
COD
[mg/L]
TOC
[mg/L]
TN
[mg/L]
TP
[mg/L]
Chl-a
[μg/L]
1979-09-06 St-2 3.0 7.5 7.2 2.7
1985-08-07 St-2 1.8 8.2 2350 8.6 6.6 0.42 0.067 16
1991-09-24 St-2 15.5 1.4 8.6 1820 0.834 11.1 5.9 4.0 0.43 0.050 18
2016-06-07 [3] St-2 16.9 2.0 8.5 11.1 5.8 0.70 0.091 20
2016-07-20 [3] St-2 16.3 1.0 8.8 10.5 7.5 0.80 0.091 58
2016-09-13 [3] St-2 17.4 0.4 7.8 9.9 9.2 1.79 0.167 77
2017-06-06 [3] St-2 16.6 0.9 8.7 10.8 5.5 1.29 0.069 24
2017-07-05 [3] St-2 16.4 1.4 9.2 10.9 5.8 1.04 0.049 33
2017-09-13 [3] St-2 16.5 1.3 9.0 8.6 5.6 0.53 0.075 32
2018-06-13 [3] St-2 16.9 1.4 9.7 620 9.9 6.2 0.41 0.043 46
2018-07-10 [3] St-2 17.0 0.5 8.7 447 10.3 6.8 1.11 0.096 23
2018-11-06 [3] St-2 16.5 1.5 9.0 383 12.7 6.1 0.64 0.068 25
2023-07-20 St-2 16.3 0.7 8.8 1350 0.450 10.8 8.2 1.31 0.083 92
調査地点図
集水域の土地利用
栄養度の推移(表層)
水質鉛直プロファイル
水質の経年変化

[1] 日野修次, 1992, アオコ及び淡水赤潮研究の現状と課題, 産業公害, 28: 585-591.

[2] 三上英敏, 2000, 網走湖の陸水学的特徴と長期的環境変化, 国立環境研究所研究報告 NO.153, 湖沼環境の変遷と保全に向けた展望, p.5-33

[3] 北海道立総合研究機構 環境科学研究センター, 2019, 平成30年度網走湖環境基準未達成原因究明調査報告書, 地方独立行政法人北海道立総合研究機構 環境・地質研究本部 環境科学研究センター, 札幌, 59p.