水産研究本部

試験研究は今 No.567「衛星データを用いたサケ稚魚放流時期の沿岸環境評価の試み」(2006年5月8日)

はじめに

  本道沿岸漁業における基幹魚種の一つであるサケは,ふ化放流事業によって支えられています。民間の増殖団体が主体となって放流事業を実施しており,北海道全体で毎年約10億尾のサケ稚魚が放流されています。最近の来遊数は北海道全体としては高水準で推移していますが,年変動や地域間の格差が大きいといった問題も見られ,今後の研究課題も少なくありません。
写真1
  孵化場から放流されるサケ稚魚では,自然界に放流され,降海した直後の沿岸域での死亡率が生活史を通じて最も高く,そこでの生き残りの良し悪しが数年後のサケの来遊数を大きく左右するものと考えられています。このため,沿岸環境の好適な時期に稚魚を放流すること,いわゆる「適期放流」が重要です。サケの放流時期に関する目安として,沿岸水温が5℃を超えた頃に放流を開始し,10度に達する頃までに放流を終えるのが妥当と考えられています。このような時期に放流すれば,サケにとっての適水温(8~13度)の時期に,稚魚は沿岸域で十分な成長を得られるものと考えられています。

研究の実施体制

  近年,衛星リモートセンシングによる海洋観測技術の発達と普及が進み,海洋研究および水産研究への応用が可能となっています。衛星リモートセンシングでは広い海域の海洋環境を同時に,かつ,長期間にわたって一定の周期で観測することが可能です。この技術はサケ稚魚の放流適期の評価にも有効ではないかと期待されます。そこで,水産孵化場では北海道大学大学院水産科学研究院(衛星資源計測学分野),北海道環境科学研究センターと共同で,衛星リモートセンシングを活用し,サケ稚魚滞泳時期の沿岸環境の評価に関する研究を実施してきました。本研究の衛星データの解析では,水産試験場および試験調査船,網走漁業協同組合,網走市水産科学センター,網走地区水産技術普及指導所の協力を得て,現場観測データを用い衛星データの精度評価も実施しました。

主な研究結果

  NOAA衛星によって観測された海面温度の衛星データ(9キロメートルメッシュ,8日間合成画像)を用いて,放流時期前後の沿岸水温を調べてみました。日本海南部から北部,さらにオホーツク海にかけて緯度,経度それぞれ0.5°の区域を設け,3~7月の衛星データから各区域の水温を抽出しました(図1)。

  最近では2001年に放流した稚魚の回帰が良好(2004年秋に4年魚として回帰しました)で,一方,1997年に放流した稚魚の回帰は比較的不調でしたので,この両年の沿岸水温を図示してみました(図2)。図2の横軸は時期,縦軸は図1に示した区域の番号を示しています。緑色の領域がサケにとっての適水温帯(8~13度)を示しています。図2をみると,適水温帯に達するのは日本海では南部で早く,北にゆくほど遅くなります。オホーツク海ではさらに遅いことがわかります。1997年と2001年を比較すると,オホーツク海の沿岸水温がサケの適水温帯に達する時期が両年では顕著に異なっていました。2001年には5月下旬に適水温帯に達したのに対して,1997年は6月になってからでした。一方,サケ稚魚の放流時期を比較すると,1997年のほうが全体的に若干早めに放流されていることがわかります。このことから,適水温の時期と放流時期の違いが両年に放流された稚魚の生き残りに影響したものと推測されます。また,放流開始日をみると,沿岸水温が著しく低い時期から放流が開始されている地区が多いこともわかります。

  このように衛星データを活用して沿岸水温を観測し,サケ稚魚の放流時期を評価できることわかりました。衛星データでは水温分布を画像としてわかりやすく表示できることも大きな特徴です。今回は水温データ活用の一例を紹介しましたが,衛星データを用いて一次生産量(クロロフィルa)を観測する技術も確立されています。今後は,サケ増殖事業を実施している関係機関の方々に,衛星データから得られた情報をわかりやすく示し,実際のサケの増殖事業に活用してゆく方法を検討してゆきたいと考えています。
(水産孵化場 さけます資源部 宮腰靖之)
    • 図1
    • 図2

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