水産研究本部

試験研究は今 No.302「噴火湾における麻痺性貝毒プランクトンのモニタリングについて」(1997年4月25日)

噴火湾における麻痺性貝毒プランクトンのモニタリングについて

はじめに

  道南の噴火湾沿岸で発生する貝毒には、麻痺性貝毒と下痢性貝毒がありますが(図1)、今回は麻痺性貝毒について紹介します。

  噴火湾では1978(昭和53)年早来、麻痺性貝毒が慢性的に発生し、基幹産業であるホタテガイ養殖漁業に被害を与えてきました。麻痺性貝毒はアレキサンドリウム・タマレンセ(以下A.t.と略称)という単細胞の植物プランクトンの一種を餌としてとり込むことにより、貝に蓄積されます。

  A.t.1寺、例年3~7月にかけ出現し、5~6月の天候のよい時期には、1リットルあたり10,000細胞にまで増えることがあります。このような状態が続くと、養殖ホタテガイはウロ(中腸腺)1グラムあたり1,000マウスユニットを超える毒を蓄積します。マウスユニットとは毒の量を表す単位で、1マウスユニットで体重約20グラムのマウスを1匹殺すことができます。ですから、60グラムのヒトの致死量は、単純に比例計算すると、3,000マウスユニットということになります。ホタテガイ1個には約10グラムのウロがありますから、約10,000マウスユニットの毒をもっている計算になります。つまりホタテガイ1個は、ヒト1人の致死量を超える毒を蓄積する場合があるということです。以上のことから、麻痺性貝毒がいかに厄介なものか、お分かり頂けると思います。
    • 図1

貝毒プランクトンの分布調査の意義

  麻痺性貝毒はA.t.が増えると発生するため、月に1~2回海水を汲んできてA.t.の数を調べれば、麻痺性貝毒の今後の動向をある程度予測することができます。しかし、いわゆる「赤潮」が12あたり10の6乗(百万)細胞くらいで被害が出はじめるのに対し、麻痺性貝毒の場合はA.t.が1リットルあたりわずか100細胞くらいでホタテガイは早くも規制値を超えて毒化してしまいます。このため、貝毒の出始めを予測することは実際問題として難しのが現状です。噴火湾では、例年3月ごろA.t.が発生し始め、5~6月にかけて最も多くなり、7月には急速に消滅します。この季節変化のパターンは、春から夏にかけての海洋環境(水温、塩分、潮流などの状況)により年ごとに著しく異なります。しかし、7月に入ってA.t.が分布のピークを過ぎ、ほとんど消滅すると、毒性値は下降し始めます。つまり、現状のプランクトン調査の主な意義は毒の下降期、すなわち出荷自主規制解除時期の予測ということになります。

  しかし、水産業界が真に求めている情報は、「今年はいつ毒が出始めて、いつどれくらいの最高値になって、いつ規制解除になるか」という、総合的な貝毒予報です。

最近の調査結果

  八雲町落部沖における最近11年間の調査結果を図2に示します。このグラフをみると1992(平成4)年以来麻痺性貝毒は低い水準で推移しており、小康状態となったかに見えます。しかし、噴火湾の海底の泥の中にはA.t.の種(シスト)がわずか1平方センチメートルあたりに100細胞ほども含まれていて、これらが一斉に発芽すると以前のような状態になりかねません。一方A.t.の増殖と海洋環境との関係をみると、A.t.の分布のピークは、5~6月、水温が急激に上昇して8~12度になり、かつ珪藻(植物プランクトンの代表群)が減少したときにみられることが明らかになりました。

  これに対し、1992年と1993年(平成4年と5年)のように、4~5月の水温の上昇が緩慢であると、A.t.はほとんど増殖しないことも明らかとなりました。この両年は、ホタテガイの採苗の不振(平成4,5年)や、米の大凶作(平成5年)など、低温に伴う特異な自然現象が見られたことでも記憶に新しいところです。
    • 図2

おわりに

  以上のような調査結果をもとに、今日の日付と水温や塩分の値などを入力すると、数日後、あるいは数ケ月後の毒性値が分かるような予測式を作るため、現在試行錯誤しているところです。なにぶん相手が海なので困難はつきものですが、地道な調査と分析を繰り返して、将来、水産業界の要望に応えられるような「貝毒予報」を提供できるよう、努力したいと考えています。

(函館水産試験場 資源増殖部 嶋田 宏)