水産研究本部

試験研究は今 No.707「噴火湾の「ザラボヤ」の正体 ~外来種ヨーロッパザラボヤ~」(2012年2月17日)

試験研究は今 No.707「噴火湾の「ザラボヤ」の正体 —外来種ヨーロッパザラボヤ—」(2012年2月17日)

はじめに

  2008年9月,噴火湾の耳吊りホタテガイに,見慣れないホヤが大量に付着していました。このホヤは,成長が非常に早く,翌年2月にはホタテガイを覆い尽くし,ホタテガイがどこにあるのかさえ分からない状態となりました。あまりの付着量の多さに,漁業者は水揚げ作業もままならず,噴火湾のホタテガイ養殖漁業にとって,深刻な問題となりました。このホヤは翌年以降も,ホタテガイに大量付着を繰り返し,今も噴火湾の漁業者を困らせています(図1)。
 
  函館水産試験場は,当初,問題のホヤを「ザラボヤ」として発表しました(「耳吊りホタテにザラボヤが大量付着!」北水試だより78)。ザラボヤは日本全国の沿岸域に分布しているホヤで,北海道でも養殖施設に付着することが知られていました。しかし、これまで国内で,ザラボヤやその仲間が,これほどの漁業被害をもたらした例はありませんでした。また,ザラボヤは大きくても体長4~5センチメートル程度ですが,噴火湾の「ザラボヤ」は,成長すると体長が10センチメートルを超えました。噴火湾の「ザラボヤ」は,これまで知られていたザラボヤとは全く別のホヤである可能性が出てきました。
    • 図1
      図1.噴火湾の養殖ホタテガイに付着する「ザラボヤ」
A. 秋にホタテガイに付着する「ザラホヤ」 (八雲町沖合,2010年9月撮影)。
B, C. 冬にホタテガイと養殖ロープを覆い尽くした「ザラホヤ」 (八雲町沖合,2011年2月撮影)。

噴火湾の「ザラボヤ」の正体

  2009年12月, ホヤ分類の専門家である西川輝昭教授(東邦大学理学部)の助力を得ることで,遂に「ザラボヤ」の正体が判明しました。噴火湾の「ザラボヤ」の鰓嚢(さいのう)の内部構造と卵の形態が,北大西洋ヨーロッパ沿岸に分布するAscidiella aspersa(アスキジエラ・アスペルサ)というホヤと一致したのです(図2)。その後,独立行政法人水産総合研究センター中央水産研究所が行ったリボソームDNAとミトコンドリアDNAの解析も,これを支持する結果でした。一連の研究から,噴火湾の「ザラボヤ」は,Ascidiella aspersa(アスキジエラ・アスペルサ)と断定され,2010年3月,「ザラボヤに似たヨーロッパ産のホヤ」として,「ヨーロッパザラボヤ」と和名がつけられました(「北海道の養殖ホタテを汚損する外来種ヨーロッパザラボヤ(新称)」日本動物学会関東支部第62回大会要旨集)。噴火湾の「ザラボヤ」問題は,海外から侵入した外来性のホヤが,養殖ホタテガイ上に大量発生した,いわゆる「外来種問題」だったのです。
    • 図2
      図2. 噴火湾周辺で見られる「ザラボヤ」とヨーロッパ産のAscidiella aspersaの特徴
A.「ザラボヤ」(八雲産)の鰓嚢内縦走血管(ヘマトキシリン染色)。
B.「Ascidiella aspersa」(イギリス・プリマス産)」の鰓嚢内縦走血管スケッチ。
C.「ザラボヤ」(南茅部産)の卵。
D.「Ascidiella aspersa」(イギリス・アイラ島産)の卵スケッチ。

  噴火湾周辺で見られる「ザラボヤ」は,縦走血管に二次突起という構造を欠き,卵は大型の濾胞細胞で囲まれています。これらの特徴は,ヨーロッパ原産のAscidiella aspersaで知られている特徴です。AとB, CとDを比較すると,よく似ていることが分かります。写真のスケールは200μm,B, Dは,Lindsay S.T.&Thompson H.が1930年に発表した論文(J. Mar. Biol. Ass.U.K. 1930; 17: 1-52)より引用。

二枚貝養殖漁業と外来性付着生物

  二枚貝養殖漁業において,施設や二枚貝に付着する生物は,避けることのできない厄介者です。付着生物は,養殖施設を沈降させ,水揚げ後は産業廃棄物となります。付着生物の増加は,施設管理費や処分費の増大として,漁家経営に影響を与えます。さらに,付着生物の大量付着は,養殖二枚貝の成長に悪影響を与える場合もあります。そのため,養殖漁業者は,海域ごとの特性に応じて,付着生物が問題となりにくい養殖工程,あるいは付着生物の除去作業を組み込んだ養殖工程を発展させてきました。しかし,これらの養殖工程において,突然,海外から侵入してくる外来性の付着生物は想定されていません。噴火湾の養殖ホタテガイの場合,春に耳吊りを行い,冬に出荷する2年貝と呼ばれる貝が中心です。この養殖工程では,耳吊り期間が半年~1年と短期間であり,在来の付着生物がホタテガイの収穫を困難にするほど深刻な問題となることはありませんでした。しかし、(1)初夏~秋に大量に付着して群生する,(2)成長が非常に早い,(3)体長10センチメートルを超える大型のホヤ、という特徴を持つ外来種ヨーロッパザラボヤは,短い期間でもホタテガイを覆い尽くし,ホタテガイの収穫ができなくなるほどの重量になります。ヨーロッパザラボヤは,噴火湾の従来のホタテガイ養殖工程において想定されていない特徴をもった外来性の付着生物であったため,甚大な漁業被害をもたらしたのです。

  近年,外来種は世界的な問題となり,マスコミでも取り上げられるようになりました。しかし,海産の外来生物は,非意図的に導入される場合が多く,対策が難しいのが現状です。今後,二枚貝養殖漁業に大きな被害をもたらす新たな外来性付着生物が,国内に侵入してくる可能性も十分に考えられます。二枚貝養殖漁業が盛んな海域では,外来種の侵入に対して,常に警戒が必要だと言えます。

( 函館水産試験場 調査研究部 金森 誠 )

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